Tear
村を襲った業火は、大雨によって鎮火された。
怪我人は居たが、幸い死者はなかった。
シャルは大魔法で雨を降らせたことから魔力を使い果たし、休息を取ることにし
イリスは怪我を負った人々の手当てに邁進し
手の空いた他の皆は村人と共に片付けを手伝った。
Tear
「イリス、本当にありがとう。」
そんな各々の役割も終わりかけ、久々に揃った全員は広場で集まっていた。
話の口火を切ったのはリーナだ。
「あの火の中に、真っ先に走っていった時に、僕は自分が何をすべきか解ったんだ。」
「ま、あのときはかなり焦ったけどな…。」
クレインの言葉にイリスは申し訳なさそうに下を向いて、小さくごめんなさい、と言った。
「…ライトなら、きっとそうすると、思ったの。」
そう呟くと、イリスは立ち上がって輪を離れた。
残された皆は、一斉にライトを見る。
「…まだ、役目は終わってないだろ?ライト。」
とクレイン
「イリスさんは、ちゃんと選んで、向き合いました。」
とシャル
「ここに来たのだって、イリスが行きたいっていったからだしな~」
とリン
「僕のせいってのは解ってるけど、ここでヨリ戻しとかないと、ね?」
とリーナ
「彼女の存在は、お前の力の全てだ。
行け、シオン。」
ヤマトにそう締め括られて、ライトは立ち上がってイリスの向かった方を向く。
「悪かった、皆。
…ありがとう。」
そう言ってイリスを追うライトを見て、クレインは小さくため息をついた。それを見たのは、小さな魔法使いだけだ。
「で、あんたはまた何で現れた?」
クレインの言葉の矛先は、ヤマトに向いていた。ヤマトはここまでの経緯を淡々と述べる。ライトが本当の力を手に入れたこと、これからセリアに向かうつもりであること、その為に全員に同行してほしいこと。
「なんで、僕達が必要なんですか?」
「シオンの力の根底は、思いの力だ。誰かを守りたい、誰かのために力を使いたい、そんな思いがあいつを強くする。だが…」
淡々と冷静な態度を崩さなかったヤマトが、初めて表情を変えた。
「んで、気になってんだけど、ヤマトはなんでそんなにあの騎士さんのことを気にかけてんだ?」
リンは興味深そうにそう訪ねる。横ではリーナも頷いている。
「…守るのが、俺の使命だからだ。」
「ライトさんが、英雄だから?」
「…そうとも、言うな」
「あいつを守るのは、俺の役目だって初めて会ったときから決めてんだ。お呼びじゃねーんだよ。」
熱のこもった、クレインの声だった。立ち上がって今にもヤマトに掴みかかりそうな勢いがある。
「あれの力に怯えたお前に何ができる。
想像以上にあれは強く、そして…脆い。」
なにも言い返せなかった。
悔しかった。
イリスも守れなかったし、ライトも…。
自分の未熟さを痛く感じ、目の前の男に反発することでしか、その鬱憤は晴らせなかった。
後にクレインは、そう語っている。
周りには人気が無く、まるで世界に二人だけしかいないのではないかと錯覚させられるような静寂。
強い風には、戦いの後の臭いが混じって少しの気味悪さすらある。
「…私は今まで、沢山の人に守られてきた。」
口を開いたのは、背を向けたまま語るイリス。
「姫様…。」
「お城に居る時は、お父様、お母様そしてお兄様。」
仲睦まじい家族だった。誰もが羨み、そして理想の家族として見ていた。
「今までも、こんなことになって、お城を抜けてからもずっと…ライト、あなたに。」
ライトは何を言おうか、まだ言葉はまとまらない。
「いつも私の前に立つあなたは、とても頼りになった。どんな時でも私を守ってくれる、そしてずっと私の傍に居てくれる。
…その安心感の尊さは、あなたが居なくなってから解った。」
きっと誰が見ても今のライトは情けない顔をしている。
答えるべき言葉も、成せるべきこともない。
彼女はようやく振り返り、目を合わせた。
「大好きよ。
…大好きな、家族。」
もしも、ライトが男であったなら、また違う展開になっていたのだろう。
この腕に彼女を抱いて、愛の言葉でも囁いただろう。
だが、ライトは女だ。強くあるために、男らしく自然と振る舞ったが、女だ。
望んだ彼女を手に入れることはできない。ジークの言う通りである。
それでも、なんと心地のいい響きなのだろう。
応えなければ、と思った。
「俺は…貴女を愛しています。」
彼女の顔がハッとする。
「世界で一番大切で、世界で一番…守りたい。だから俺は躊躇うことなく騎士になりました。その気持ちは…今も変わりません。
長年騙していた俺を家族と呼んでくれた。家族の居ない俺を、そんな風に思ってくれた貴女の側に、これからも…居てもいいですか?家族として貴女を…これからも愛し続けることは、許されますか?」
静寂が二人を包む。
夜の風は穏やかに二人の間を通り抜けて行く。
「ライト・シオン・カーウェイ!」
「はっ。」
イリスの透き通る張りのある声にライトは跪く。
「主、イリス・サクラ・レイティアの名の元に、汝を騎士として、仲間として…家族として側に遣え続けることを命じます。」
「主の…御心のままに…!」
顔をあげると、そこには優しい笑顔があった。
この頬を伝うのは
シャルの降らせた…雨かな。




