Training
「…ねぇ、その時の騎士様は…どうしてたの?」
「皆と離れた英雄は、一人で戦っていたんだ。セリアを目指して、暗い森の中を、一人で…。」
「寂しくなかったのかなぁ…?」
子供の問いに、老人は空を見上げた。
寂しいと思っていたのかどうか、その時の感情は解らない。
「必死だったんだよ。石を全部持っているのはそれだけ身体に負担がかかったし、
あの力を制御する為に無理もしていた。」
「大丈夫だったの?」
「あのお方を…守る人が居たからね。」
Training
「はぁ…はぁ…。」
辺りの敵を蹴散らして、近くの川辺に自分の姿を映す。
この赤い髪も見慣れてきた。
「大分制御出来てきたな。」
横に立つのは対照的な黒い髪。
大量の魔物に囲まれ、ピンチの時に助けられ、今は力の制御のための訓練をさせられていた。
「ヤマト…俺は早く、世界を何とかしないと…。」
「そのためには、まだ力が足りんのは解ってるだろう。」
「せめて、セリアに早く…!」
「まだ、連れては行けない。それに、行くならば全員のほうがいいと思うがな。」
「姫様に…会わせる顔なんて…もう、無い。」
「ならば、強くなるんだな。お前にはまだまだ可能性がある。」
闇を恐れるな。
お前には光がついている。
ヤマトはひたすらその言葉を繰り返した。
その度にライトは剣を握り、向かってくる敵に立ち向かった。
暴走する強い力を、無理やり抑えている感覚。今にも自我を失いそうな大きな力。
制御するだけでも必死だった。
「守りたいものがあるんだろう?」
「守りたい。彼女を、イリスを…!」
敵を斬る
「それは何故だ?」
「愛しているからだ!俺を救ってくれた!」
一撃が魔物にとっては致命傷だ
「お前は女だ。」
「解ってる!だから彼女が幸せになるために、彼女と世界を守る。それが俺に出来る、ただ一つの恩返しだ!」
そしてまた襲いかかってくる大きな魔物
「その大事な彼女が危険な目にあっているとしたら?」
「この身に変えても、守る!!!」
奥底に眠っていた力。
無理やり引き出していた赤い力。
その瞬間に、そのすべてが自然になった。
力の流れが、安定した。
大きな魔物相手に、綺麗なまでの斬撃を見せつけた。
「それが、思いの力だ。」
その一撃のあと、ライトの身体から力が抜け、普段通りの黒に戻る。
繰り返し続けてきた訓練の疲労だった。
倒れかけた身体を、ヤマトが支える。
「ありがと、う。ヤマト…」
「レイでいい。お前にだけは…そう呼ばれたい。」
「レイ…少し、休みたい。」
ライトはそう呟いて、意識を失った。
そんなライトの髪を撫でるヤマト。その仕草や表情には紛れもない優しさが込められていた。
なぜヤマトがここまでライトに肩入れするのか、この時は誰にも解らなかった。
初めて吐いた弱音。
今まで、休みたいと思ったこと等無かった。
城の親衛隊長になるまで繰り返した激しい訓練のときでさえ、
何度も何度もジークに打ちのめされた訓練のときでさえ、
誰にも弱音など吐かなかった。
何故だろうか、
レイの傍が落ち着くと思うのは。
まるで昔からの知り合いのようだ。
「…やっと、出会えたな。シオン。」
暖かい光を感じた。
身体に降り注ぐ暖かい光。
その光の正体を確かめようとゆっくり目を開ける。
眩しい
心地よい
こんなにゆっくりと休んだのはいつぶりだろうか
「具合はどうだ?シオン」
「…っ、ヤマト?!」
眩しい光の後に目に写ったのは、ヤマトの顔。
どうやらヤマトの膝の上でそのまま寝てしまったらしく、ライトは大層驚いたそうだ。
「レイと呼んでくれと、言っただろう?」
「そ…そうだった、レイ。」
顔色一つ変えないヤマト。なぜだが負けた気分になる。
何か話題をそらしたい、ライトがそう思った時だった。
「…あっちの方は、荒れてるみたいだ。」
ヤマトの呟きに一瞬疑問符を浮かべるライトだったが、その表情から何か起きたのだと察した。
「…姫様に、何かあったのか?」
ヤマトから以前に聞いた話だったが、彼らはテレポートを使えるという。
そのテレポート先を選ぶには、魔力が大きく関係している。
魔力の多いものほど″見えやすい″のだそうだ。
特に英雄たちは、生まれつき魔力総量も多く、特殊な存在であり、英雄たちのところであれば簡単に探してテレポートできるのだ、と。
ライトはその時ふと尋ねた。
魔力を殆ど持たない自分を今までどうやって探していたのか?と。
答えは簡潔だった。
ラグナガンとその英雄は魔力など関係なしに輝いているからすぐ見つかる、と。
「彼女らは今石を持ってない。故にはっきりはしないが…。赤い、炎が見える。」
「ッ、今すぐ、俺を姫の所へ連れて行ってくれ!」
ライトはヤマトの胸ぐらを掴む勢いだ。
落ち着け、と窘めた後、ヤマトはライトの身体を抱き込む。一つ頭大きいヤマトの腕の中にライトは収まってしまった。
「触れていれば、俺の望む場所へ共に連れていける。…離すなよ。」
「…了解した、兎に角急いでくれ。」
「安心しろ、一瞬だ。」
世界に吸い込まれる。
不思議な感覚がした。
「チッ…キリがねぇ…!!」
ある場所では
クレインは炎と魔物に囲まれる中銃を四方に構え、悪態をつく。
「…アンタの魔法に期待してんだから!しっかりやってよね?!」
「解ってるよ!…もう少しだけ…!!時間を!」
「いやーこの村は美人が多い!失うのは惜しいからな…ッと!!ウォーターアロー!!」
またある場所では
炎と魔物に囲まれる中、大型魔法詠唱中のシャルを守るように、リーナとリンが居た。
「…大丈夫、安心して。この中に居れば…炎も、魔物も、寄ってこないから。」
村の最奥では
逃げ遅れた子供達をシールドで守るイリスがいた。
皆がぎりぎりの戦いを強いられている。
時を少し遡ると、隠密の村シェーリンに一行が着いた時、丁度襲撃を受けているところだった。
ジークを隊長とした魔族の部隊は容赦なく火を放つ。
幾ら隠密活動を仕事とする人間たちの集まりであっても、四方八方を炎と魔物に囲まれれば逃げ場などない。
最初に村へ飛び込んでいったのは、呆然と立ち尽くすリーナではなく、イリスであった。
その背中を追いかけ炎の中へ飛び込んでいったのはクレイン。
村の入り口付近で、リーナとリンを止め、大型の水魔法で炎を消す為に守ってくれとシャルは言った。
イリスは村の最奥で、逃げ遅れた子供たちを見つけた。
クレインはイリスを追う途中で炎と魔物に阻まれ進路と退路を失った。
シャルは魔法の詠唱に集中する為無防備だったため、リーナとリンはひたすら戦い続けることを余儀なくされた。
この時誰しもが思っていたという。
「ライトが
いてくれたら…」
「シャル…魔法の詠唱まであとどのくらいかかる?」
真っ赤な炎ですら飲みこんでしまいそうな輝かしいまでの赤。
「魔力が後少し…あと少し足りないんです…!」
「リンの…英雄の力を分けて貰うと良い。」
辺りの敵が一瞬にして殲滅される。
だが、一時の時間稼ぎでしかないことは解っていた。
「おう、俺の石の力があれば坊主に力を分けてやれる。
リーナ!ここはてめぇの村だ!しばらく耐えてくれ!!」
「わかったよ、リン!その代り…絶対成功させてよね!」
赤いその人は、青い石をリンに渡す。
リンはその石を片手に持ち、もう片方の手をシャルの胸に添える。
英雄の魔力は瞬く間にシャルの魔力を増幅させ、シェーリンにいつぶりかの大雨を降らせ始めた。
「クレインとイリスがもっと奥まで行ってる!僕たちはまだここで魔物を防ぐから…!」
「あぁ、解ってるリーナ。」
未だ消えぬ炎の中に英雄は突き進んでいった。
「雨…?シャルの奴やってくれたみたいだな。…けど、だからって全部解決したわけじゃねーか。」
炎の威力は収まった。
だが、まだ消えたわけじゃない。
魔力も体力も尽き掛けていたその時、素早く近づく光を見た。
「…ったく、ヒーローはいつも遅れてくるんだな!」
少し離れた位置から投げ渡された緑色の石。
受け取った瞬間にクレインは武器に変え、辺りの敵を蹴散らした。
「久々に…やろうか?」
真紅の光の言葉に合わせて彼らは背中を合わせる。
互いの背中を預け、振り返ることなく彼らは周囲の敵を殲滅した。
「…イリスがもっと奥にいる!逃げ遅れた人たちもそこにいるはずだ。
…助けてやってくれ、あいつを守れんのは…お前だけだ。」
「いや…約束を守ってくれてありがとう、クレイン。
…レイ、ここの守りをクレインと一緒に任せていいか?」
赤い光の横に立つ黒い光。
黒い光は頷いて、クレインの横に並んだ。
「あんたと共闘すんのは初めてなんだが…?」
「安心しろ、お前に合わせよう。」
「…チッ、任せたかんな!!」
火と魔物に包まれるイリスと逃げ遅れた子供たち。最大限の魔力を持って作ったシールドも崩壊寸前。
光が見えた
真っ赤の炎を断ち切り、現れた深紅の光
「ライト…!」
「遅れてすみません。」
「どうして…ここに…」
「貴女を守る…騎士だからです!」
横薙ぎの太刀は魔物ごと火をも切り裂く
「…守られてばかりは嫌!守らせて、背中を!」
背中に触れる桜色の光。
この時、ライトはこの窮地にして安心して、戦えたそうだ。
戦いが、終わった。




