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Story Teller  作者: 冬耶心
第二幕
13/34

Choice

「おい、待て!イリス!」


すたすたと里の出口に向かうイリスの右手を後ろから掴んで引き留めるクレイン。


「離して。」


いつものような天真爛漫な感情がまったく伺えない、冷徹な声。

だがクレインは怯まなかった。


「どこに向かうんだ。アテはあんのか?」

「…。」


目を伏せるイリス。

そうだ、解るはずなどないのだ。

石に導かれてきた彼らたちが、石を失って向かう場所などない。


「ライトの…所へ…。」


か細く絞り出されたその声。

ライトに裏切られたと思っている、だがそれでもライトを思っていたそうだ。



「セリアだ。あの黒髪はそこへ向かってる。」



アカギがそう皆に伝えた。

詳しい理由を聞いても、「行けばわかる」としか教えてくれなかった。


「まぁ、石は取り返さないといけないし、行くしかねーな。」

「ライトには殴られた分返さないといけないから、僕も行くけどいーよね?!」


こうしてリンとリーナという二人を加えて一行はライトのあとを追うこととなった。


「サクラ。」


出発の直前、アイリスは娘の名を呼んだ。愛する母の言葉にも彼女は振り返らない。


「あなた達は、間違いを犯すことがないように。」


イリスは答えなかったが、この先言葉の意味についてはずっと考え続けることとなる。



Choice



エルフの里を出た一行の戦闘は困難を極めた。石を失った彼らの武器は、エルフの里にあった物で自分達に合うものを使用していた。

中でも最も戦いなれていないイリスのことを頻りにクレインは気にかけていたが、イリスもここまで戦ってきた力があるため、素直にはその好意を受け取らない。それでもクレインが気にかけ続けたのはライトとの約束の体現であった。


「ところでリーナ、君はどうして付いてくることにしたの?」

「俺らのことを陥れようとしたらタダじゃおかねぇからな。」


シャルの素朴な疑問に、クレインは憎まれ口を叩く。誰一人この時リーナを歓迎したものはいなかったし、勝手にリーナが付いてきているといってもいい。

だが、彼女の戦闘能力については申し分なかった。


「折角手伝ったのに、ライトが僕を殴ったから単純にやり返さないと気がすまないんだ。…裏切るつもりなんかないから、安心してよ。」

「あなたのせいで、ライトは…!」

「決心させたのはお姫様だよ!なにいってんの。」


その一言にイリスは押し黙る。そう言われては返す言葉もない。あの時は、冷静では居られなかったのだと、後に語っている。


「こんなときに喧嘩は辞めようよ。僕は…リーナが付いてきてくれて楽しいし、ライトさんのことはイリスさんのせいじゃないよ!」


シャルはあわててフォローする。きっと、ライトは最初からそのつもりだったんだとなんとなく思う。


「ライトの奴…最初からそのつもりだったんだ。…多分な。」


クレインも同じ考えだったようで、少しの怒りを含ませて言った。

クレインはライトの事をよく知っている。幼い頃から共に鍛錬してきたからだ。

勿論ライトが女性であり、それでいてイリスに恋心のようなものを抱いていたこともずっと知っている。そしてそれを知っていながらも、自分がそんな彼女を守らねばならないと思っていた。

つまり…この状況を誰よりも快く思っていない人間だった。



「…石を集め、力を解放した英雄は、その力にてその身を滅ぼす。

英雄の死と代償に得られる、仮初めの平和。

仮初めの平和を穿つ魔王の復活。

輪廻する英雄の宿命―――か。」



リンはふと呟いた。

エルフの里で語られてきた英雄の歴史。


「子孫を残さずして死する英雄。

…次代の英雄はどうなるんだろうな。」


緑の長髪を揺らして呟くリンの言葉は、どことない美しさがあった。

エルフとはこうまで美しい種族か。


「急いで英雄を止めないと、未来が大変なことになる。」

「…俺は、未来より今のアイツが心配だ。」

「ふーん、そうか…そういうことね、クレイン。」


先ほどまでの真面目で美麗な表情は姿を変え、飄々としてつかみどころのない笑みを浮かべるリン。

里に居る時は真面目な顔をしていたことが多いように感じていたのに、急に雰囲気が和らいだように感じる。


「なんだ?素っ頓狂な顔してんなー、おチビちゃん。…えっと、シャルロットだっけ?」


じぃ、と見上げていたのに気付いていたのか、リンがシャルを覗き込む。


「あ、え、えと…リン、さんはこっちが…素なんですか?」

「ん?あぁ、素だな。里にいると親とか長老がうっせーから大人しくしてるだけだ。

…エルフってのは外に一歩でりゃ狙われる存在だからな、このぐらいの方が生き易いってもんだ。」

「なーんか、ただのちゃらんぽらんに見えるけどー?」

「お、言ったなリーナ。…お前さんは逆に…そう見せかけてるだけのように見えるけどな。」


リンがリーナにそういうと、リーナは押し黙って進む道を見た。

先頭を歩くのはイリス。

その横に並ぶように歩くのがクレイン。

シャルとリーナが続き、殿はリンだった。



一行は森を抜け、平野に出た。

ここはセリアに向かう方向と、来た道、そしてそれ以外の道を選択する分岐点、サバナ平野。



「英雄が一人消え…一人増えているな。」



そこに待ち構えていたのは、ジークだった。

剣を腰に据え、両手を組んで立っていた。

周りには数え切れないほどの魔物が居る。


「…兄さん!!」

「へぇ、これがあんたの兄貴?…姫さんにしては随分ガラの悪い兄貴だな。」


リンは一行の中でいち早く弓を構える。

シャルも同じくいつでも魔法が詠唱出来る様に構えていた。


イリスとクレインは苦々しい顔で武器を構える。


「…ほう、石がないな。…英雄が全て持っているのか。

ならば貴様らが束で掛かったところで、俺には敵うまい。」


ごくりと息をのむ一行。

唯一微動だにしなかったのはリーナだった。


「してそこの女。…やるべき使命は果たしたようだな。」


その言葉に初めてリーナは肩を震わせる。

クレインは、やはりあちら側の人間だったのか、と内心毒づいたそうだ。


「…そうさ、だから…もういいだろう?僕らの事は。」


固い声だった。

初めて出会った時の溌剌さも、謁見室に連れてこられたときの快活さも、どこにもない。

まるで、誰かを統率するリーダーのような、真剣な声だった。


一番後方に居たリーナが、誰よりも前に出てジークと対面した。

距離としては、ジークの剣2本分程度の距離しかない。

短剣使いでスピード重視の戦い方をするリーナだからこそ、攻撃を避けられると思っての距離だった。



「さてな、カルヴァス様は気まぐれなお方…。英雄を潰す為に、世界を手に入れるために、必要とあらば小さな村の一つや二つ…」

「き…きっさまぁぁぁぁぁぁ!!」


怒りを露わにするリーナを初めて見た。

目に見えないスピードで両手短剣を抜き、ジークとの間合いを詰める。

だがジークは物ともしない涼しい顔で、リーナの一撃を止め、一瞬後にはリーナを吹き飛ばしていた。


「せいぜい手遅れになる前に足掻くがいい。特別な力を持ち、カルヴァス様に目をつけられた不運を呪え。」


さて…

と、ジークは剣をこちらに構え直した。

一行の後ろにリーナは倒れている。


「石を持たぬお前たちに用はないが…、芽は潰しておこう。」


ジークが最初に標的にしたのはクレインだった。

石を持たないとはいえ、一国の騎士団長。一撃を何とか受け止める。


「くっ…。」


重い。


そこにすかさずリンが一矢入れるが、かわされてしまう。

その一瞬を狙ってシャルが魔法で炎弾を放つが、まるで効いている様子もない。


今この場で、ジークに対抗出来るものが居なかった。


「キュアシールド!!」


イリスが咄嗟に味方の周囲に回復用のシールドを張る。

上級魔法であり、石の力を使うためライトには使うことを控える様に言われた技だ。

だがジークには有効であり、光の力を最大限に高めた技により、闇の彼を寄せ付けなかった。


「ふ…張合いにもならんな。次の目的の為、シェーリンに向かうとしよう。」


ジークはあからさまに、倒れたリーナに吐き捨てる様に言った。

イリスの魔法のお陰で目を覚まし、立ち上がろうとした彼女をシャルが制した。

そして、ジークが去るのと呼応するように、大量の魔物たちが襲い掛かってくる。


「イリス…!シールドを解除してくれ、蹴散らす!!」


クレインの号令で、魔物退治が始まった。



どのくらい戦ったかは解らない。

だが、全員が息を上げたところで、辺りの魔物は一掃されていた。


「…っ、はぁ…皆、無事か…?」

「…ひっさびさにこんなの経験したわー…。なんとか無事だ。姫さんの回復のおかげでな」

「ぼ、僕も…魔力は、殆ど使い切ったけど…。」

「わ…私も、魔力はないけれど…大丈夫。」

「…無事。」


リーナだけが心ここに非ずと言った顔で答えた。

一息ついて、全員の体力が回復したところで、クレインはリーナに尋ねる。


「ジークとは…知り合いか?」


「…。」


「答えろ、お前は何のためにここにいる。シェーリンとは何処だ。お前に何の関係がある?」


「…僕は、シェーリン村の村長の孫だ。

シェーリンでは元々村を上げて隠密活動を古くから行ってきた。

雇われれば、スパイでも、盗みでもなんでもやり遂げる。

…英雄たちから石を盗むように、ライトを孤立させるように僕は…雇われた。」


「…村を、押さえられているのか…?」


クレインのその問いに、リーナはしぶしぶ頷いた。


「僕は、次期村長で、村一番の力を持っている。

…だから、守らなきゃいけないんだ。

皆とはここで別れる。…急いでシェーリンに向かわないと、僕らの村は…。


ごめんね、皆。


こんな形じゃなくて、普通に出会えていたら君らの仲間になりたかったよ。」


初めて出会った時は、おちゃらけた、ふざけたやつだと思った。

ライトの秘密を暴いた時は、殺してやりたいほど憎かった。

だが、今は、凛とした表情で、銀の髪を揺らす彼女は、戦士に見えた。


クレインは、そう感じていた。


そして、できれば力になってやりたいと思った。

何せここまでの戦闘で助けられて来たのは事実。

そして、今までの行動が本人の意思に基づいた物でないのも明白。


だが、ライトをこのまま一人にしておくのも危険だ。

いつジークに襲われてもおかしくない、

石の力を最大限に使って、知らない間に消えてしまっても可笑しくない、


俺の使命はなんだ。


決まっている

イリスを守り通すことだ。


ライトが居ない今、彼女を守れるのは俺だけだ。


「特にお姫様。

…沢山傷つけてごめんね。」

「…イリス、そう呼んで。

姫、と呼ばれるのは最近…好きじゃないの。」


イリスはそういって、リーナとリンを見た。

リーナは狐に抓まれた様な顔で、リンは肩をすくめて同意とした。



「僕は…リーナを助けたい。」


ぽつりと呟いたのはシャルだった。


「ライトさんなら、絶対にそうすると思うんだ。」


自分でも何故助けたいと思ったのか解らない。

でも、今のリーナを見ていられなかった。


「…クレイン、行き先を変えよう。」

「は、イリス…?!何を言って…!」

「シェーリンに行く。」

「イリスさん…!!」


一番驚いていたのはリーナだった。


「でも…イリスさん、ライトさんはどうするの?」

「…ライトは、大丈夫。…きっと、大丈夫。私たちが居なくても…何とかしている。

だけど、リーナ。

貴女には今、必要なんじゃないかな?…仲間が。」


どんな心境の変化なのだろうか…。

クレインはその選択に戸惑ったそうだ。だが、イリスがそこに行くというなら、行かなければならない。


「私たちに今、石の力はないから…どれだけ助けになれるか解らないけれど。」

「…ううん、百人力だよ!」


リーナがそういって見回すと、困惑しながらも諦めた様子のクレインと、小さく拳を握り、笑みを浮かべたシャルと、やれやれ、という表情のリンがいた。


「ありがとう…イリス。

ありがとう…皆。」



イリスが初めて、自ら選択をした。


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