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Story Teller  作者: 冬耶心
序曲
1/34

Prologue


「逃げるぞ。」


突然家臣のライト・シオン・カーウェイが放った言葉。

小声で発せられたその言葉には、今まで聞いたどんな言葉よりも重みがあったと感じたそうだ。


「ど、どういうことなのです…?」


イリス・サクラ・レイティアは全く状況が掴めないまま、右手を引くライトに付き従って城を走った。一つに結った漆黒の長髪が揺れる。

そのまま向かったのは武器庫。


「…使えますか?」

「はい…久しぶりですが。」


武器庫からライトは父の形見である武器を取り出した。

それは片手半剣で、刀身は赤とオレンジのグラデーションのとても鮮やかな色をしていた。

対してイリスの武器はフルートで、音で魔力を増幅させることが出来た。


「どういうことなの…?何が起きているの?!」

「落ち着いて聞いて下さい、姫。今この城の中に、味方はいない。乗っ取られたんです、10年前の…奴に。」


イリスは言葉を返すことができなかった。平和だと思っていたこの日常が、10年前の恐怖の時代に戻ってしまうとは…。


「輪廻するのです、奴は…」


10年前の災厄を打ち滅ぼしたのはライトの父親で、平和の対価としてその命を散らした。

それを知るイリスは、ライトの固く握られた右手をそっとその手で覆う。

ライトはイリスを見て小さく微笑んだ。


「貴女のことは、俺が守ります。」

「…とても、心強いです、ライト。」




Prologue




あれは穏やかな風が吹く、昼下がりだった。

ここ、首都レイティア王国の象徴である巨大な城の姫、イリスが行方を眩ましていた。それに気付き焦った様子の兵士は、第一親衛隊隊長のライトの部屋のドアを叩く。


「カーウェイ隊長!」

「…姫のことか?」


用件を告げる前に核心を突かれた兵士は申し訳なさそうに「…はっ。」と頷いた。


「第二親衛隊のジーク隊長への連絡は?」

「済ませてあります。」

「了解、下がっていい。」


一礼してその兵士は部屋をあとにした。ライトは面倒くさそうに立ち上がり、迷うことなく屋上へ向かう。

長い螺旋階段の先の屋上に近づくにつれ微かに透き通る歌声が聞こえてきた。ライトが間違えるはずもなく、それはイリスの物であった。

その歌声に、しばらく耳を澄ませたのち一気に階段をかけ上がる。


「…ライト?」


屋上から城下を見ていた姫は振り返り笑顔をライトに向けた。次期女王である彼女は、日の光も味方してとても美しい。少女の頃から共に育ったライトは、大人びたその姿に目を奪われた。


「全く、また抜け出してこんなところへ…。」

「ここはいつ来てもとても美しいの。花と緑に囲まれた庭園、そして…民が賑やかに暮らす石造りの美しい城下町が一望できます。」

「確かに…。街へ、外へ憧れますか?」


姫の生活は籠の中の鳥だった。城の中で自由はあるが、街へ出ることは滅多なことでは許可されない。

それは10年前の騒乱の火種が今もどこに潜んでいるか解らず、彼女の身の安全を守る目的であった。その上この国を継ぐのが、嫡男であるジーク・イアン・レイティアではなく、イリスだ。

風に、彼女の淡いピンク色のゆるやかなウェーブかかった髪がふわりと揺れた。


「…えぇ、外を知らなければ、民のために働くことなんて出来ない。この国をもっと住みやすい街にするために、外を知りたい!」

「そんなお前だから、この国のトップにたつに相応しい。」


耳障りのいい低めの声がライトの後ろのから響く。振り返るまでもなく、ライトと同じ騎士服に身を包んだイリスの兄、ジークだった。


「兄さん!」


第二親衛隊隊長のジークは、姫の護衛を担当する部隊であり、妹のイリスを守護する姿は仲睦まじい兄妹の姿そのものである。そしてまたライトも、彼を兄のように慕っていた。


「もう少し我慢してくれ、サクラ。いつか…本当の平和が訪れる。」

「民が本当の笑顔で暮らせる、世の中ですか…?」


ジークはその時曖昧な笑顔で頷いたようにライトは見えたと言う。だがイリスは満足したのかそのまま城の中へ戻った。


「迷惑をかけたな、ライト。女王陛下をお守りする第一親衛隊の隊長であるお前に、イリスのことを任せてしまっている。」

「…いや、そんなことは。」

「…最近、急に大人びたと思わないか?」


ジークとライトは、共に鍛錬してきた仲間だった。この城でいつもどちらが強いかを競い、切磋琢磨しながらトップに上り詰めていった。その大きな要因となったのは10年前の騒乱で大量の人手が失われたことである。


「周辺国からの謁見要請も多い…いつか、この国を継ぐためにあれも結婚するのだろうな…。」

「兄としては、心穏やかではない、と?」


からかうような笑みを浮かべるライトに、ばつの悪い顔でジークは応えた。


「お前はどうだ?」

「俺は…」


ライトは答えられない。確かに姫は目を見張るほど美しくなった。物心付いた時から共に育ち、長年守り続けてきて、きっとこの先もそうだと思っている、しかし…。


「ふっ…触れるべきではない質問であったな、許せ。」


その言葉を発した直後にジークはライトの右腕を掴み、その体を引き寄せた。突然のことに反応することの出来なかったライトは、少し背の高いジークをほとんど距離のない位置で見上げることとなった。


「サクラもそうだが、お前もまた美麗さが増したな。世の…女が放っておかないだろう?現にこの城の中でもその漆黒の長髪と赤い瞳に憧れるものは少なくない。」

「…ジーク、冗談は止してくれ…。それはジークだって同じことだ。」


戸惑う様子は見せないライト。軽く手でジークを払う。

金色に輝く短髪も、城内の女性から高く支持されているのは周知の事実であった。


「明日はあれから丁度10年…。偽りの平和が始まって10年だ。」

「偽りでも…人々が幸せそうに暮らせているなら、いいじゃないか。」

「いつ、またあの暗黒の時代が来るかもわからないと言うのに?」

「そのときのために俺たちが居るんだろ?…どうした、今日のジークは、何か変だ。」


「そうか?」とジークはとぼけて見せると、踵を返して螺旋階段へと向かっていった。残されたライトは1人、捕まれた右腕を擦った。わずかにジークの手の跡が残るほど強く捕まれていた。


思えばこの時から、歯車は狂い始めていたのだろう。

ライトは、イリスが見ていた景色を見る。

頭のなかではぼんやりと、いずれイリスが誰かと結婚するだろうというジークの言葉が反芻されていた。


「誰かのものになったって…俺は…。」


この叶わぬ思いは、なにも身分のせいではない。隊長という立場にいるというのはそれ相応の身分が保証されているのだから。


「この10年は…偽りでも幸せだった。」


これからもきっとそうなのだ。そしていつか、笑顔で彼女の幸せを願うことができる日が来るはず…。

そんな明るい未来を夢想して、ライトは屋上庭園を後にした。


もう日は暮れ掛かっていた。


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