諦めた 華
桜が咲く 少し前の季節 新たな出会いをする為の別れの儀式が、行われようとしていた。
行きかう人々は、別れを惜しんでいる。
そんな中 早川 留美は、桜の蕾を見上げながら 小さく 溜息をついていた。
「とうとう 今日で 卒業………か」
留美の目には、新たな門出に対する 希望など 一切 湧いていない。
「こことも………見納め。本当は、もう一度 会いたかったなぁ」
留美は、その桜の木を見上げて 涙を流していた。
おそらく もう 会うことは叶わないだろう。
そんな彼女を見つめて 友人達は、心配そうに 顔を見合わせている。
「留美………本当にいいの?別に 協力したって いいんだよ?」
「いいの。もう 決めたことだから。結納で 初めて会ったけど いい人達だったし」
留美の悲しげな言葉に 友人達は、何も言わない。
「けど 結婚してから………豹変するかもしれないのよ?」
「そうそう………家庭内暴力の傾向もあるかもしれないんだからね?前の奥さんも、結婚してすぐに 事故で亡くなっちゃったんでしょう?」
その言葉に 留美は、苦笑するしかない。
「確かに 前の奥さんは、亡くなっちゃったけど それは、単なる 事故なんだから」
留美の説明に 友人は、納得がいっていないらしい。
留美は、明日 結婚する。
相手の『山瀬 真咲』ことは、人から聞いたことしか知らない。
どうやら 日本舞踊の家元の息子らしく いつの間にか 見初められ 結婚相手として 選ばれてしまったそうだ。
そして 何よりの理由が、留美の両親が営む 呉服店の経営不振。借金を肩代わりしてくれることを条件に 結婚するのだ。
留美にしてみれば 家族を守る為 自分の身を差し出すしかない。
弟も妹も、まだ 幼いのだから。
友人達は、その話を聞いて 憤慨していた。
でも もう 留美は、決断してしまったのだから 後戻りができない。
「留美………この事 融先輩には、伝えていないんでしょう?先輩なら………きっと 力になってくれるはずだよ」
友人の言葉に 留美は、ビクリと 体を震わせる。
『融先輩』とは、留美が片思いをしている相手。
2つ上の先輩で 今は、大学院に進んでいる。
サークル活動で知り合った時から 2年もの間 片思いが続いているが 彼に その気持ちは知られていない。
周囲の人々には、バレバレだったかもしれないが。
「融先輩のことは、もう いいの。だって 元々 あたしには、身分違いだった」留美は、自嘲気味に 呟く。
「けど 気持ちを伝えるだけでも した方がいいんじゃないの?」
「けど 最近 融先輩………院の方にも 顔を出していないみたいだけど?西条先輩の話だと 融先輩だけじゃなくて………橘先輩も、家の事情で 休んでいるみたいだけど」
友人の言葉に 留美は、いいのと 首を振った。
「実はねぇ?手紙を送ったの。人生初めてのラブレターを」
留美の言葉に 友人2人は、驚いたように顔を見合わせている。
奥手で 人見知りの激しい 留美が、自分でそういう行動を起こしたのだから。
「先輩の気持ちが、あたしにないことぐらい 知っているわ。でも 気持ちだけでも 知ってほしかったの。でも 面と向かって 言う勇気がなかっただけ。だって 差出人の名前も、書いていないんだから」留美は、唇をかみしめるように 言う。
「けど 留美の性格を考えたら………上出来よ。融先輩も、後悔すればいいんだわ」
「そうよ………留美。絶対 幸せになんなさいよ。相手は、どんな奴なのか 知らない。けど 味方を作るの。何かあれば 絶対 助けにいくからね?」
留美は、友人達の言葉に ありがとうと 微笑んだ。
その後 迎えの車が来た。
結婚するのは、明日だが 留美は、今日から 相手の家で暮らすことになっている。
結婚披露宴に 友人達を呼ぶことはできない。
夫側の考えで 相応しくないと 切り捨てられてしまったから。
おそらく 結婚すれば 家族とも、簡単に会うこともできないだろう。
自分は、もう 他家に嫁ぐ者なのだから。
「さようなら………あたしの初恋」留美は、車の窓から 外を見つめながら 小さく 呟いた。
留美は、諦めたのだ。
相手の気持ちを確かめることなく。