第5話 ワン・モア・セルフ
現在、儀也が居るのは、逆茂木高校のオカルト研究会の部室。
この場所で部員達は、今自分達が居るこの世界について、冷静に話し合っていた。
「つまり…私達は、この大規模な並列世界の干渉に巻き込まれたの。
推定干渉範囲は、この簓川市中央区内まるごと…というところかしら?」
部室内に置かれたホワイトボードに図を書きながら、ひよりは現在の状況を部員達に伝える。
部員の一人である忍は、それを聞いて驚きの声を上げる。
「うわー、今回の干渉範囲は大きいね…」
「ええ、すごく…
また、新たな行方不明者が増えそうね」
ひよりの説明に因ると、並列世界が現実世界に出現する事を干渉と呼んでいて、せいぜいその範囲は、ある地点を中心に半径5Km程度らしい。
しかし、今回の干渉は半径5Kmでは留まらず、総面積約20Kmの中央区内全域に及んでいるというのだ。
「とりあえず、今は化け物を殲滅する事に集中しましょう。
この辺りの化け物は冴祓君が何とかしてくれたから…
逆茂木高校を中心に東方面を冴祓君、西方面を忍、北方面を私…」
そう言い終えたひよりが、じっと儀也を見詰めた。
儀也は、何だか嫌な予感がした。
(ま、まさかね…)
儀也はそう思いつつも、恐る恐るひよりに聞いた。
「…ええと、南方面はどうするんですか?」
「…南方面は呉原君にお任せするわ」
「やっぱり…じゃなくて!!
…ぼ、僕一人ですか!?」
「そうよ」
「そんな…!!」
予想通りの答えに、儀也は落胆の声を漏らす。
そんな儀也に対して、渚は見るに見兼ねたように口を挟んだ。
「おいおい、何言ってんだよ。
お前、前に1匹殺せたんだろ?
何匹増えようが、変わり無いだろうがよ」
「あ、あの時は生きるのに必死でしたから…」
「じゃあ、今は必死じゃないのか?」
「それは…必死ですよ!
あの時ほどじゃないですけど…」
「はぁ、『家事場の馬鹿力』ってか?
そんな力があるなら、いつでも使えるようにしとけ」
渚に吐き捨てるように言われて、儀也は反論出来ずに唸っていた。
ひよりはそのやり取りを見届けた後、部員全員に向かって言った。
「それじゃあ、決まりね。
全員、これから指定する場所に向かって…」
こうして、オカルト研究会の化け物の殲滅作戦が始まった。
◇
「フン、干渉か…
一体、今回の原因はなんなんだか…」
毎日の日課である散歩…もとい、パトロールをしていたゼータは、並列世界の干渉に気が付いた。
元々人間だったゼータは、並列世界が再び現実世界に干渉を始めた時から、ずっと現実世界が気掛かりだった。
「まあ、今はそんな事気にしてはいられないな…
奴らを始末する方が先………ん?」
10mほど離れた場所を見て、思わず立ち止まる。
そこには、見覚えがある顔があった。
「おい、呉原!
こんな所で…何し…てるん……だ…?」
儀也に近付くにつれ、ゼータは異変に気付いた。
その横顔は、紛れも無く儀也そのものなのだが…
同じなのは顔だけ…
つまり、その身体は別物…例の化け物にそっくりなのだ。
その身体はマリオネットに類似しており、腕や足に継ぎ接ぎのような跡がある。
儀也の顔を持った化け物が、ゼータに向かって振り向いた。
その顔はいつもの弱気な表情ではなく、殺意に満ちた邪悪な顔だった。
「まさか、お前…
オッド化…
いや、死んだのか?」
ゼータの言うオッドというのは、並列世界で強い負の感情を抱いて死んだ人間が、化け物と化した姿の総称だ。
容姿は人間にそこそこ近く、死ぬ直前までの記憶は持ち合わせ、人間の言葉を話せるのが特徴だ。
何故並列世界で死んだ人間が、化け物になるかは分からない。
「…?」
ゼータの問い掛けに対し、その儀也の顔を持った化け物は、不思議そうな表情をした。
何の事を言っているのかわからない…そんな表情だ。
「ボく…死んデなイ。
だイ体、キみ誰?」
「なっ…」
予想外の反応に、ゼータはたじろぐ。
(…俺の事を忘れたというのか?
そんな馬鹿な、俺と会ったのはついさっきだぞ!?
それとも、こいつは呉原儀也ではない何かなのか…!?)
一人思い詰めているゼータを横目に、儀也と同じ顔をした何かは何処かに向かって歩き出していた。
「お、おい…待て!!
お前はなんなんだ!?」
その何かは、振り向いたかと思うと、ニヤリと笑って言った。
「…ソんな事、きミに言ッて分カるカい?」
「分かるもなにも…お前は呉原だろ?」
「やッぱリ分カっテなイ。
ボくは、救世主ダよ」
「…はぁ?
呉原、何の冗談だよ?」
「………」
その儀也に似た何かは、いかにも不愉快そうな表情で、ゼータを睨みつけてきた。
「ボく、キみ嫌イ…
だカら、今すグ殺スね」
「…!!?」
異様な殺意に押され、ゼータは後退った。
それは、目の前に居る何かが人間ではないという事を十分な程感じさせた。
「来い、『フリー・シフト・カッター』…」
身の危険を感じたゼータは、自分の武器の名前を呼んだ。
すると、ゼータの両手に二つの刃物が出現した。
「俺と顔が同じ狂者の次は、呉原の偽物かよ…
最近の並列世界は、何がどうなってやがるんだ!?」
「ボくが偽もノ…?
違ウよ、ソっちが偽もノで、ボくが本もノダよ?
こノ世界ト、あノ世界を束ねル事を許さレるのハ、ボくダけ…ダっッ!!」
そう言うなり、その何かは、ゼータに飛び掛かって来た。
そして、その両手には一対の悍ましい武器が握られている。
「ぎ、ギロチンだと…!?」
ゼータは慌てて防御の体勢に入ろうとしたが、敵の攻撃は意外にも速く、ギロチンは容赦無くゼータの身体に入り込んだ。
「ぐあああああぁぁぁぁぁああああっ!!」
かなり痛い。
いや、痛いを通り越してむしろ清々しいように感じる。
まるで、切られた部位だけが火照るような…焼けるような感触だ。
明らかに、普通の傷では無い。
「くぅっ…!
こいつは、応急処置でもしないとヤバいかもな!!」
ゼータは、傷口を確認しようと腕に視界を向ける。
しかし、肝心の腕が無い。
「…は?」
何かの見間違いだと思い、一度視線を反らして再び確認するが…
完全に、腕が消え失せていた…
「な…な、なんだよこれ…
なんで…腕が無いんだよォォォォォォォォォォ!!?」
「腕なラ、アるよ」
ゼータは、声の方にゆっくりと振り返った。
そこには、ゼータの腕を美味しそうに食べている何かが居た…
◆
−簓川市中央区南方面−
オカルト研究会の呉原儀也は、挙動不審になりながら歩いていた。
その手には、渚から渡された釘バットが握られていた。
「うぅ…なんで僕一人でこんな所に…」
現在の時刻は、午後11時。
時刻が時刻なので、彼の周りを歩いている人間は居ない。
もっとも、並列世界が干渉しているせいかも知れないが…
ふと、儀也は思い出したように、ポケットから携帯電話を取り出した。
新着メールは無し。
つまり、作戦の進展は無いという事だろう。
並列世界で携帯電話の使用が可能な理由は不明だが、使えるに越した事は無い。
カラン…
「…?」
無意識に何かを蹴飛ばした儀也は、自分が蹴ったそれを手に取って、不思議そうに眺めた。
「…ナイフ?」
それも見覚えがあるナイフだ。
そう、確かこれは…
儀也が思い出すより先に、その人物が目に映った。
「あれ…ゼータさん?」
「…あぁ?」
乱暴な口調で返事を返され、儀也は後ずさる。
「このナイフ…ゼータさんですよね?」
「ああ、確かにな…
それはゼータのだ」
「じゃあ、これ…」
「だから、俺の物じゃねぇよ。
ゼータの物だって言ってるだろ?」
「いや、言ってる意味が…」
「分からないか?
まあ、いいさ…」
次の瞬間、|ゼータと同じ顔をした男の顔が悪魔の様な笑顔に変わった。
「お前、救世主為に死んでくれよ?」
「えっ…?」
儀也が反応するよりも速く、その男の拳が儀也の腹部に沈んでいた。
「ぐうぁッ!!」
その男の顔は、この上ない喜びを噛み締める様に言った。
「ああ、そうそう…
俺はゼータじゃない、イルネスだ。
イルネス・ナイトメア…覚えといてくれよ?」