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第1話 スウィープ・アゲイン

入学式を終えて三日目の朝、逆茂木高校では一年生だけで転校生が160人転校してくるという異例の事態に陥っていた。


さらに一年生は、その日のホームルームの時間は、二度目の入学式をするという。

もちろん、逆茂木高校の歴史上でもこれが初めてである。



「ふう…

この異常事態は、何なのかしら…?」



顔見知りのクラスメートがあまり居ない三年生の教室で、川村(かわむら)ひよりは、自分の髪をいじりながら呟いた。


オカルト研究会部長という肩書を持っている為か、美少女なのに男子が寄って来ない。

…というよりも、彼女は話すのが苦手で、他人をあまり寄せ付けないタイプなのだ。



「まあまあ、ひよりちゃん。

生徒が何人か増えた所で、別に困る事は無いでしょ?」



そんな彼女に気軽に話し掛けている女子が居た。


少し長めの黒髪に、白いリボンをアクセントに付けている。

彼女は、同じオカルト研究会の部員の三波忍(みなみしのぶ)だ。



「私は、人が多いのは苦手なの…

何故か、話し掛けられる事も多いから…」


「ああー、そっか。

ひよりちゃん、話すの苦手なんだっけ?」



二人が会話していると、教室に新しい担任が入って来た。



「はい、皆さん。

とりあえず、席に付いて下さいね?」


「なんだ、黒松先生か…」


「誰かと思えば、松ちゃんかよ…」


「み、三日連続これですか!?

入学式から卒業式までずっとこのやり取りする気ですか!?

酷すぎませんか!!?」



生徒に弄られて涙目な女性教師は、数学担当の黒松城子(くろまつしろこ)だ。


無理に結んだポニーテールに、眼鏡をしている。

数学講師なのに、何故か白衣を着ている。

これは、逆茂木高校の講師に纏わる七不思議の一つだ。


彼女は弄ると楽しい教師として、逆茂木高校でもなかなか有名…らしい。


そんな担任を見て、ひよりは安堵の表情を見せる。



「まあ、悪い人ではなさそうね…」


「そうだねー、黒松先生は優しいよ。

そうだっ、話す練習相手になってもらえばいいんじゃないかな?」


「そうね…

考えておくわ…」



二人が話していると、いつの間に立ち直ったのか、先生は教卓の前に立って話し始めた。



「えーと、入学式が終わったばかりなんですが…

今日は、転校生を紹介しますよ!」




ガタタッ!!




その瞬間、クラス中の女子生徒が過剰反応を起こした。


それもそのはず、ひよりのクラスは、男子よりも圧倒的に女子が多い。


今のクラスの男子は、数が少ない上に、そうそうなイケメンは精々二人ぐらいだからだ。


女子は愚かにも、イケメン転校生が来ると期待しているのだ。



「先生っ、転校生は男子ですか!?」


「ええと、そうですが…」


「ええ、本当ですか!

じゃあ、先生が見た感じイケメンですか!?」


「…え?

え、ええーと…

そ、そうですねぇ…」



そんなやり取りを、ひよりは冷めた目で見ていた。



「ふぅ、くだらないわ…

大体、そんな都合良くイケメン転校生が来る訳がないじゃないの…」


「まあまあ、ひよりちゃん。

普通の女子は、そんな感じだよ」



そうこう言ってる内に、先生が廊下に向かって声をかけた。



「では、入って来て下さい」



教室の扉が開き、教室に転校生が入って来た。



「「…!?」」



ひよりと忍は、同時に息を呑む。


髪の色は茶髪。

外見はアクセサリーなどを多々付けていて、若干不良に見える。


…間違いなく、よく知っている男子だ。



「城谷高校から来ました、冴祓渚(さえはらなぎさ)です」



渚の自己紹介を一通り聞いたひよりは、机に突っ伏していた。



「はぁ…

やっぱり異常よ…」







それと同じ頃、急遽用意された一年生の特設クラスでは、何処か暗い雰囲気を醸し出していた。


彼らの大半は、本当は滝川高校の生徒になるはずだった(・・・・・)高校生達だ。


転入して来た彼らに、笑顔というものは無い。




一体、何故か?




その理由となった出来事がある。

それは、三日前の滝川高校の入学式まで遡る。


入学式当日、新入生は総勢320人、それに加えて在校生が640人程度の高校生達が体育館に集結していた。


未知なる高校生活に希望を抱く新入生、後輩という存在を待ち侘びていた在校生、その他様々な幸福な感情が満ちていた事だろう。




しかし、そんな幸福を打ち壊すような事件が起こった。




式の最中、体育館から在校生含む400人近くの生徒が、忽然と姿を消したのだ。




一切の原因は不明。

全てが一瞬だった…




そのせいで、滝川高校は学校として機能するには難があると、残った生徒は、この逆茂木高校の特設クラスに仮編入させられたのである。


友人を無くした生徒も少なくなく、今もなお、滝川高校の生徒達の心は、深く沈んでいた。



その友人を失った生徒の一人である呉原儀也(くれはらよしや)は、窓の外を覗いて途方に暮れていた。



「はあ、苗子(なえこ)

何処に行ったんだろう?」



彼が言う苗子というのは、石倉苗子(いしくらなえこ)という幼なじみの事である。


彼女もまた、行方不明になった滝川高校の生徒の一人だ。



ちなみに、今はホームルームの時間で、教科書等の配布物を配っている。


担任になった先生が、明るく振る舞おうと必死であったが、クラス内の空気は、相変わらず微妙な感じだった。



「はい、これで一通りの説明を終わります。

では、これから部活動紹介を見に行きます。

皆さん、目一杯楽しんでくださいね!」



軽く返事をした生徒達は、ぞろぞろと廊下に出ていく。


儀也はため息を付いてから、ゆっくりとその後に続いた。



「こんな時に、部活動紹介か…

あんまり気が向かないなぁ…」







部活動紹介は、体育館にて行われる。


ありとあらゆる部が、入部希望者を求めて接戦を繰り広げる。


しかも、部員獲得の為なら、在校生は手段を選ばない。



「書道部の部員募集中です!

墨で絵が描きたい人でも構いませんよ!!」


「野球に入りませんか?

経験は問いませんよ?

あと、嫌な奴の頭部をスイングしたい人でもOKですよ?」


「パソコン部です。

今なら、最新のノートパソコン一台丸々差し上げます!」


「水泳部に来て下さい!

今なら、私の着用済み水着を…」



…と、こんな具合である。



「うわぁ、荒れてるなぁ…」



儀也はその場の気迫に押されっぱなしで、流されるままに進んでいた。


気になる部は、特にない。


このまま何もせずに終わるのかとぼんやりしていると、誰かに肩を叩かれた。



「…ちょっといいかしら?」



振り向くと、黒髪の女子生徒が立っていた。

ネクタイの色から判断すると、三年生のようだ。


余計な情報かも知れないが、何処か冷たい雰囲気を持つ美少女だった。



「ぼ、僕ですか…?」


「そう、あなた…

主な用件は…部活動よ。

私達は…あなたみたいな部員が必要なの」



ここで「結構です」とでも言えば、その話は終わりだったのだが…


儀也の性格上、それはできなかった。

困っている人や、自分を必要としている人を見過ごす事が出来ないのだ。

自分でも、嫌になるぐらいに。


それに…

何故かは分からないが、ここで無視してはいけない…そんな予感(・・)がしたのだ。



「えーと、何をする部なんですか?

それが分からないと、決めようが無いんですが…」


「……………あっ、言ってなかったわね」



少し間があって、その女子生徒は慌てるように言った。



「行方不明になった人…助けたいと思わない?」


「えっ…」



予想外過ぎる言葉に、儀也は硬直する。



「そ、それって…」


「そう…

あなた達、滝川高校の生徒の事よ。

協力してあげる、オカルト研究会に入ってくれるなら…」


「………」



本当に、本当に、本当なのだろうか?


そのオカルト研究会に入れば、苗子を見付けられるのだろうか?


このぽっかりと穴が空いた心を、埋める事ができるのだろうか?



あらゆる疑問が、儀也の頭を駆け巡った。



「もし、入る気があるなら…

三階の部室に居る私まで…来てくれないかしら?

じゃあ、失礼するわね…」



それから、その女子生徒は、儀也に背を向けて歩き出した。


儀也は、それを慌てて引き止めた。


来てと言われても、肝心の名前を聞いていない。



「あ、あの…!

先輩の名前は…!?」



それを聞いた女子生徒は足を止め、儀也に振り返り、こう言った。



「私は…川村ひより。

オカルト研究会の部長よ…」



そう言ったきり、ひよりは人混みの中に紛れて行った。



「オカルト研究会部長、川村先輩か…」



それから儀也は、他の部活の勧誘を振り切り、体育館を後にした。







そして、放課後。


儀也の足は、自然と三階に向かっていた。



「オカルト研究会の部室…

うーん、何処だろう?」



転校したての儀也にとって、逆茂木高校はちょっとした迷宮だった。


一年生が居る四階ならともかく、主に二年の本拠地である三階はお手上げだ。


手元にある生徒手帳に印刷されている校内の地図を参考にして、一つ一つ教室を探してはいるものの、まるで見当たらない。



「はぁ、全然見付からないよ…」



儀也は、壁に寄り掛かってがっくりとしていると、何者かが声を掛けて来た。



「おい、そこの一年生。

そこで何してるんだよ?」


「うわあぁっ!?」



驚き半分で振り向くと、二年生の青いネクタイを絞めた、女子生徒が立っていた。



「おいおい…先輩に向かって、そんな態度は無いんじゃないか?」


「す、すいません…

急に話し掛けられて、すっかり驚いて…」


「まあ、俺も鬼じゃないし。

謝ったし、見逃してやるよ」


「ど、どうも…」



随分荒い口調だと思いながら、儀也は謝っていた。



「で、今まで何をしてたんだ?」


「いや、オカルト研究会の部室を探してまして…」


「へぇ、オカルト研究会な…」



その二年生は、ニマニマしながら儀也の言葉を繰り返した。



「それなら、第一校舎にあるぞ。

この第二校舎じゃなくて、第一校舎の三階だ」


「だ、第一校舎…?」



儀也は、思わず首を傾げる。


逆茂木高校の校舎に、第一や第二の校舎なんてあっただろうか?



「あ、一年生は知らないか…

この逆茂木高校は、一度大規模な改装工事があったんだ。

その時、今俺達が居る校舎が付け足されたのさ」


「え、でも生徒手帳には三階は…」



儀也は、生徒手帳を見直して目を見張る。


地図の横に、『第二校舎』と書かれている。


そして、一つページをめくると、三階から一階までの『第一校舎』の地図が印刷されていた。



「ぜ、全然気付かなかった…」


「まあ、四階に居るなら仕方ないよな。

四階は、新しい第二校舎にしかないんだからさ」


「なるほど、助かりました!

では、オカルト研究会の部室に行って来ます!!」



儀也が走り出そうとした時、その女子生徒が引き止めた。



「待て、言いたい事がある…」


「…へ?

な、なんですか?」


「一つ忠告だけ…しておきたい。

お前が行こうとしてる第一校舎は、あまり一年生が立ち入る場所じゃない。

人に寄っては、一見違和感だらけの場所かも知れない…

だけどな、明らかにおかしいと思ったら全力で逃げろ。

考えるな、本能に従え」


「…?」


「要するに、身の危険を感じたら逃げろって事さ。

この世の中、何が起こるか分からないからね」


「は、はい…

分かりました、気をつけます…」



お礼を言って、儀也は生徒手帳の地図を頼りに、第一校舎に向かった。



「この学校、変わった先輩多いなぁ…」



儀也は一人、ため息混じりでそう呟いた。




それから儀也が見えなくなって、一人取り残された女子生徒はため息を付いていた。



「はあ、俺に出来るのはこれぐらいか…

直接言えないのがむず痒いが…

ルール違反は、出来ないし。

あとは、今の助言をどう捉えるか、本人次第だな…」



そう行った女子生徒の身体は、足から砂のように宙に消えていく。



「頑張りなよ、未来の同士さんよ…」



その言葉が発された時には、女子生徒の身体は完全に消えていた。







「第一校舎って、…ここでいいのかな?」



儀也は、第一校舎に当たる校舎の東側に来ていた。


今まで第二校舎ばかり行き来していた儀也にとって、第一校舎は新鮮であった。


今まで居た第二校舎とは違い、この区域は古めかしい雰囲気を醸し出している。



「同じ学校なのに、違う場所みたいだ。

逆茂木高校って、こんな広いんだ…」



それから儀也は、手元の生徒手帳の地図に目を落とす。


第一校舎の地図によると、部室らしい部屋が幾つもあった。

どうやら、この三階は部活動の為の部室が多く存在するフロアらしい。


その内の一つに、小さく『オカルト研究会』の文字。



「よし、すぐ近くだ!」



地図によれば、オカルト研究会は、今居る場所から少し進んで、その先の曲がり角を右に曲がった先のようだ。


儀也は期待を胸に、早歩きで廊下を進む。




そして、曲がり角を右に曲がった先に、不気味な静けさの中に、オカルト研究会の部室は存在していた。


あたかも、儀也に気付かれないようにしていたようにも思えた。



「よし、入るぞ…」



中に入ろうと扉を開きかけた時、儀也は異様な臭いがしている事に気が付いた。



「な、なんだろう…?」



違和感を感じながらも、儀也は扉を開く。


その瞬間、鼻をつんざくような悪臭が吹き出して来た。



「うっ…!

なんだよ、この臭い!?」



思わず顔を覆いながら、開け放たれた扉の中を見る。


悪臭の原因は、すぐに分かった。



「な、な、なんで…」




…部室は、赤かった。

部室内の至る所が、赤い液体をぶちまけたように赤い。



異常なまでに、赤い。



残酷なまでに、赤い。



暴力的なまでに、赤い。




儀也は、恐る恐るその液体に触れてみる。


粘つきがあり、生暖かい…

そして、例の悪臭を放っている…




「……ち、ち、血だ…

な、なんで、こんなとこに血が…!?」




恐ろしくなって、ティッシュで何度も手に付いた血を拭き取る。


しかし、いくら拭いても血の跡は消えない。



「なっ、な、な、なんだよこれ…!?

き、気持ち悪っ…!!」



儀也は、血で染まったティッシュを投げ捨てる。




ベチャッ…




そのティッシュは地面に落ちず、何かにぶつかる音がした。



「…?」



ティッシュを投げた方向に目をやると、そこには血だらけのスカートと足が見えた。



「う、うわ…!

しっ、し、死んでる…!?」



スカートを履いているので、女子生徒なのだろう。


その女子生徒の脚にはいくつもの傷口があり、血がドクドクと流れ出している。



「と、という事は…これは…この人の血?」



儀也は死体をよく見ようと、部室に足を踏み入れた時…




ギィ…ギギギギ…ギギギギギギ…




嫌な金属音のような音が、部室の中から聞こえてきた。



「なっ、何の音…?」



…音がする方に振り向くと、継ぎ接ぎだらけの人形のようなものが立っていた。


両手に当たる部分に、猟奇的な刃物が付いて、無機質な殺意を発していた。



「な、なんだよ、こいつ…」



儀也は、思わず後ずさる。



ザシュ…



すると、その化け物は女子生徒の死体を刃物で突き刺した。


それから、儀也に向かってその死体を投げ飛ばして来た。



「………!!?」



その死体の容姿を見て、儀也はその場に凍り付いた。


そこには、居ないはずの人間の顔があった。



「ど、どういう事…?

そ、そんな…そんなはずは………」




その死体は、儀也に第一校舎の事を教えてくれた女子生徒の死体だった…


見間違いでは無い…

目に生気は無いが、間違いなくあの女子だ…



さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに。さっきまで、生きていたのに…




…ドウシテ死ンデイルノカ?




「ゆ、夢だよ…

こんなの夢に決まってるよ…

さっきのも、全部…」



儀也が自分に言い聞かせるてと、いつの間にか近付いて来たのか、例の化け物が刃物を振りかざしてきた。



「うわっ…!!」



奇跡的に直撃はしなかったが、頬に刃物が掠った。


一筋の赤い線が、頬に刻まれた。

その隙間から、鮮血が流れているのが、儀也には分かった。



「い、いっ、痛い…

これは、ゆ、夢じゃないんだ…

だ、だとしたら、今までのは…今までのは…!」



信じたくなかった…

だが、それ以上に…


その痛みは…

残酷なまでに、現実である事を告げていた。



「嘘だ…こんなの嘘だ…

嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」




儀也は、狂ったように絶叫し、その場から逃げ出した…







「ん…?」



部室に向かおうと帰り支度をしていたひよりは、何とも言えない悪寒を感じた。


背中に無数の虫が這い上がってくるような、ザワザワとした感じだ。



「何だか、嫌な感じ…」



どうしようもなく不安になったひよりは、いつも部室に一番に来ている柳川瑞穂(やなぎかわみずほ)に電話をかけた。


しかし、通じない…


圏外か電源を切っているようだった。



「いや…おかしいわ。

いつもなら、彼女はこの時間は電源を切ってないはず…

仮に電波が悪い場所に居るとしても、部室は電波も悪いという訳でも無い…」




続いて、ひよりは忍に電話をした。


やはり、通じない。


今日転校して来た渚の携帯も試したが、結果は同じだった。



「これは、本当にマズイかもしれないわね…」



ひよりは、急いで教室から飛び出した。



「こ、これは…!?」



廊下を出て、最初に目に飛び込んで来たのは…




返り血だらけの廊下…


切り傷だらけの死体…


全体的に、殺意を孕んだ校舎だった…




「まさか、これは…」




目の前の状況は、ひよりに一年前の出来事をを連想させた。


ひよりの脳内に激しく残る、あの惨劇の記憶を…




「ここは、並列世界…?」




それに答えるように、廊下の影から化け物が現れた。


儀也を襲った、あの人形のような化け物である。



「並列世界…なのね…

並列世界は、もう現実世界に干渉出来ないはずだったけれど…」



ひよりは表情を壊さず化け物を睨みつけ、懐に手を突っ込んだ。


金属的な冷たさが、手の平に広がるのが分かった。



「まさか、これ(・・)を再び使う事になるなんてね…」



ひよりは、懐からその冷たさを発するモノを一気に引っ張り出した。




それは、錘が付いた鎖だった。


鎖の所々付いている赤い斑点は、血なのか、赤錆なのか…

ひより自身にも、分からなかった。


どちらにせよ、その鎖が使い込まれた事を示していた。




ひよりが鎖を手に取ると、化け物が勢いよく近付いて来た。


そして、ひよりの頭を目掛けて、刃物を振りかざした。



「させないわ…」



ひよりは鎖を回転させて、鎖を化け物に投げ付けた。


鎖は化け物の腕に巻き付き、化け物の体勢を崩した。


その隙に化け物の足元に潜り込み、化け物の脚を払った。




…ガタァン!!




バランスを失った化け物が、勢いよく倒れる。


ひよりは、すかさず頭を思いっ切り踏み潰した。




…バギン!!




枝を無理矢理折ったような派手な音が、ひよりの足元で聞こえた。



「見たことが無い化け物だったけど…

割と普通に倒せたわね…」



化け物から足を退かしたひよりは、ストッキングに付いた木の破片を面倒そうに払うと、化け物を見詰めた。



「見る限りでは、ダミー系ね…

しかも、新種…」



ひよりは、化け物について何やら独り言を言っている。



「まあ、いいわ…

とりあえずは、部室の皆の無事を確認しないと…」



そう言ったひよりは、化け物の死体の腕の部分を踏み潰す。


木でできた腕が潰れ、刃物が外れる。


ひよりはその刃物を手に取ると、部室に向かって歩き出した…







一階の正面玄関前、儀也はその場で崩れ落ち、目の前の光景を無表情で眺めていた。



「…駄目だ………

もう……助からない……………」



儀也の視線先では、無数の化け物が群がって、出入口を塞いでいる。


戦う事も出来ず、逃げる手段さえ封じられた…




「………死ぬしか…ないのかな…?」




儀也は、不意にそんな言葉を発していた。


儀也の精神は、もう限界を迎えているのは明らかだった。




「じゃあ、死ぬか?」


「………え?」




振り返ると、見慣れない男子が立っていた。


見た目は儀也と同じぐらいだが、不思議な恰好をしていた。


緑がかった黒髪に、膝まで隠れそうな黒いコートを羽織り、ボロボロの制服のズボンに、ワイシャツを着ていた。



「死にたいなら、死ねば良い。

生きたいと思うなら、生きればいい。

どうするかは、お前次第だ」


「あ、あなたは…?」


「俺は、ゼータ・バニッシュ。

この並列世界で、化け物を狩っている管理人の一人だ」


「…???」



聞き慣れない言葉に、儀也は困惑していた。




並列世界、管理人…


そして、何より名前がカタカナなのが怪し過ぎる。


この人も自分と同じように、精神的におかしくなって、妄想に閉じこもっているだけではないのかと、儀也は思い始めた。


そんな様子を見て、ゼータは不愉快そうに言った。



「まあ、今は無理に理解しようとしなくてもいい…

嫌でも、分かる日がくるさ」


「は、はぁ…」


「それで、お前は死にたいのか?

差し支え無いなら、俺が一思いに殺してやれるが…」


「…いやいやいや!?

物騒な事言うの、止めて下さい!!」


「物騒もなにも、お前が死ぬしか無いとか抜かしただろ?」


「うっ…」



思わず、言葉を詰まらす。

実際、儀也は回りに聞こえる声で、そう言ってしまったのだから…


儀也が返答に困っていると、ゼータは薄笑いを浮かべた。



「まあ、これでお前が根っから死にたいと思ってる奴じゃないのが分かったしな…

少しだけだが、手助けしてやるよ」


「…!!」



それを聞いた儀也は、わずかな期待を抱いた。


この怪しい青年が、自分を死の恐怖から救ってくれるかも知れない…そんな淡い期待だ。



「僕を…助けてくれるんですか!?」


「あー、そうだよ…

手助けと言っても、少しだ、少し。

その後は、お前の自己責任だ」


「あ、ありがとうございます…!!」



儀也は、ゼータに何度も頭を下げた。


ゼータは少しうんざりしている様子だったが、気にせず続けた。




「それで、具体的には何をしてくれるですか?」


「ああ、そうだな…

化け物の掃討を踏まえて、お前に化け物との戦い方を教えてやる」


「えぇっ!?

化け物って、まさか…」


「そう、あいつらだ」



ゼータは、正面玄関前で群がっている人ならざる者を指差して言った。



「む、む、むっ、むっ、む、無理ですッ!

あんな化け物に、人間が勝てる訳無いですよ!」


「やりもしないで、決め付けるなよ…」



ゼータに呆れた表情で見られたので、儀也は小さい声ですいませんと言った。



「…まあ、いいや。

とりあえずは手本を見せるから、ここで見てろ」



そう言ったゼータは、化け物にある程度近付くと、何処からかナイフのような刃物を出現させた。


そして、その刃物を化け物の群れに向けて投げ付けた。




ザクッ…




刃物は、化け物の頭に突き刺さり、その化け物は力無く倒れ込んだ。



「まずは、奇襲で一匹…」



残った化け物達は、攻撃してきたゼータの方に一斉に振り返る。


そして、ゆっくりとゼータに近付いて来た。




だが、それよりも先に、ゼータは化け物に向かって走っていた。


新たに出現させた刃物を手に、しっかりと化け物達を目に捕らえていた。



「まずは、脚だ!」



そう言いながら、ゼータは刃物で化け物達の足元に潜り込む。


そして、一体の化け物の脚に思いっ切りスライディングを喰らわせる。




ドサッ!




その化け物は、バランスを無くし仰向けに倒れる。



「そして、頭!!」



ゼータは、倒れた化け物の頭部にある空洞に、容赦無く刃物を突き立てる。




ズドッ!!




刺された化け物は、一度大きくのけ反り、それから動かなくなる。



「これで、二匹目!」



余裕の表情で、ゼータは刃物を化け物死体から引き抜く。


しかし、その背後では、残った化け物がゼータの背中を狙っていた。



「おっと、危ない!」



ゼータは前に飛び出し、背後からの攻撃を避けた。


そして、再び化け物達に向き直り、両手で刃物を構えた。



「そろそろ、決めるか…」



ゼータがそう言うと、彼が持っている刃物が小刻みに震え出した。


すると、刃物が形を歪めてと伸び始めた。


ナイフ程の刃渡りだった刃物が、ゼータの身長ぐらいの長さの巨大な剣と化していた。



「うおらぁっっ!!」



ゼータは、それを力任せに横に振った。


すると、その刃物の先から衝撃波のようなものが現れ、化け物に向かって一直線に進んで行った。




…ズバババッ!!




衝撃波は、その場に居た化け物の頭を残さず切り落とし、壁に当たって消滅した。


頭を失った化け物の身体が、次々に倒れる。



「さてと…こんなもんだな」



ゼータは刃物を消滅させ、儀也に向き直った。



「さあ、どうだった?

これで戦い方は、大体分かっただろ?」







「ハァ…ハァ…」



それと同じ頃、三波忍は階段を駆け上がっていた。



「ひ、ひとまず屋上に…

屋上に逃げよう…!」



幸い階段近くには、化け物はおらず、比較的安全だった。


忍は階段を駆け上がりながら、一年前の事を思い出していた。



「こんな時…

光輝(こうき)だったら、また私を助けてくれるのかな?」




寺岡光輝(てらおかこうき)


彼は忍の幼なじみであり、最後には仲間達の為に自分の命を投げ出した…




それを思い出す度に、忍は切なかった。


あの時、自分に力があれば、光輝は管理人にならずに済んだかもしれない…



「…光輝、どうしてるかな?」



そんな事を考えている内に、屋上にたどり着いた。



「まあ、今考えてもどうにもならないよね…」



忍は、屋上の出入口の扉を開いた。



「…っ!」



屋上の扉を開けてすぐに、忍は首に何かが当たった感触がした。


それは恐ろしく冷たく、思わず鳥肌が立つ。




その何かは、日本刀だった。


日本刀が、忍の首を撥させようとしているかのように、首筋に突き付けられていた。


そして、その刀の如く冷たい態度の男子が、視界に映った。



「お前は、誰だ?

十秒以内に身分証明しないと、お前の首を撥ねる」


「さっ、冴祓君…

わ、私だよ…」


「何だ、三波か…」



その男子は、今日転校してきた冴祓渚だった。


渚は刀を降ろし、鞘に収める。


日本刀は、渚の武器であり、渚の特徴みたいなものである。



「冴祓君、いきなり酷いよぉ…」


「いやー、悪いな。

辺りを警戒してたもんでな」


「やっぱり、冴祓君も見たんだね…

あの…並列世界に居た化け物みたいな生き物を」


「ああ…

ほぼ間違い無く、あれは並列世界に居た化け物だ」



渚の言葉を聞き、忍はため息を付く。



「ハァ…

何がどうなってるんだろう?」


「そんなの、知るか。

ただ、俺達はまた(・・)面倒な事に巻き込まれてるのは確かだな…」



その時、忍の携帯がけたたましく鳴った。



「あ、ひよりちゃんだ!」



忍は、すぐに通話ボタンを押した。



「もしもし、ひよりちゃん?

今、何処にいるの?」



忍が会話を始める一方、渚は怠そうに屋上の手摺りに寄り掛かって、グランドを眺めた。



「やれやれ、これからどうしたもんかね…」



ふと、渚はグランドで何かがうごめいているのに気が付いた。



「…ん?

なんだ、あれ?」



一人の男子生徒と、一体の例の化け物だ。


男子生徒の方は、手に何か棒のようなものを持っており、化け物に向かって必死に振り回している。


化け物の方は、何回かその男子に殴られたのか、よろよろとしていた。



「…あいつ、大丈夫なのか?」



そう言った後すぐに、男子生徒が後ろに転ぶのが見えた。


それから、化け物に襲われそうになり、慌てて立ち上がっては、先程と同じ事を繰り返していた。



「うわー、見てられねぇ…

仕方ない、助けに行くか…」



渚は後ろに振り返ると、すたすたと屋上の出口に向かう。



「あれ、冴祓君?

何処に行くの?」



ちょうど電話を終えた忍が、不思議そうに渚に言った。



「あそこで、化け物と戦ってる生徒を助けて来る。

終わったら、此処に戻って来る」


「生存者の救助だね、了解。

あと、ひよりちゃんも此処に来るって」


「ああ、分かった。

川村には、よろしく伝えてくれ」



そう言った渚は、出口の扉を開き、勢い良く階段を駆け降り始めた。







その頃のグランドでは…


外に出た儀也が、化け物と戦っていた。



「うわぁぁぁぁぁぁっ!」



おっかなびっくりで、儀也は鉄パイプを振り回していた。



「おい、しっかりしろ。

さっきの何発かで、化け物は弱ってるぞ!」


「ひぃぃぃぃっ、そんな事言われても…!!」



その様子を少し離れた所で見ているゼータは、手を貸そうとしない。


「説明だけは一通りしたので、少しは自力で戦ってみろ」というゼータ一言で、今に至っている。




ただ、儀也の戦いは見ていて危なかっしい。


勢い余って二回も転んだし、何より化け物を殺す事を躊躇している。




そんな事では、この世界で生き残れない。




「儀也、遠慮するな。

奴らは化け物だ、容赦無く殺せ」


「で、でも…

殺すのはちょっと…」


「じゃあ、お前が死ね」


「し、死ね!?」



いきなりのストレートな言葉に、儀也は思わず攻撃の手を緩める。



「ほら、手は止めない。

俺のジョークを、真に受けてる場合じゃないぞ?」


「…ジョークだったんですか!?」


「ツッコミもいいから。

とりあえず、そいつを何とかしろ」


「そ、そんな事言われても…!

攻撃する暇も無いですよ!?」



化け物は、あまり隙を見せてくれない。


鉄パイプを振り回しているおかけで、一定の距離は保ててはいるが、攻撃する暇はなさそうだった。


何発か殴ったというのは、偶然化け物の身体に鉄パイプが当たっただけの事なのだ。


そんな偶然を待っていては、化け物を倒すよりも先に、儀也の体力が尽きてしまうだろう。



「隙が無いなら、作れ。

ほら、俺がやって見せただろ?」


「いやいや、あんな高度な事は出来ませんよ!?」


「誰も同じ事をすれとは言ってないだろ。

自分に出来るやつでいいから」


「そ、そんな…!!」



確かに、今のままでは一方的に押されている。


どうにかして、反撃しなければならない。




しかも、自分で…




(考えろ、考えるんだ…)



鉄パイプを振るいながら、儀也はグランドを見渡す。



(何か役に立つものは…)



ふと、サッカーボールが入っている車輪付きの籠が目に留まった。



(…!

あれなら、使えるかも知れない!)



儀也は走ってその籠に近付き、その中からサッカーボールを一つ取り出すと、足元にボールを置いた。


そして、少し離れた化け物に向かって、ボールを思いっ切り蹴った。



「そりゃあ、これでも喰らえ!」



ボールは、化け物の頭部らしき部分に激突。


化け物は一瞬怯んだが、すぐに儀也に向かって歩き出す。



「ぐわあぁ、駄目だった!!」



儀也は頭を抱えて、盛大に叫んだ。



「…他は!?

他に使えるものは!?」



儀也は再び辺りを見回すが、とても見付りそうにない。


精々、このサッカーが入った籠ぐらいだ。



「僕、落ち着くんだ!

何か手があるはず…」



こうしている間にも、化け物がどんどん近付いて来ている。



「に、逃げないと…」



儀也は逃げようとしたが、サッカーボールが入った籠を見て、一度踏み留まった。



(これ、持って行くかな?何かに使えるかも知れないし…)



そう思い、儀也は籠を押しながら逃げていた。



「うっ、意外に重い…」



儀也は籠を持って逃げた事を、既に後悔し始めた。


逃げるには、この籠は明らかに嵩張り過ぎる。



「あーあ、何でこれ持って逃げようと…」




ガッシャーン!!




「…ぐほっ!?」



あまり前を見ていなかった儀也は、サッカーのゴールに籠ごとぶつかった。


ぶつかった衝撃で、身体が後ろに吹き飛ばされる。



「イタタ…

ぶつかっただけで、こんな吹き飛ばされるんだ」



その時、儀也の頭にある考えが浮かぶ。



「…!

これならイケるかも…」



儀也はガバッと起き上がると、倒れた籠を立て直すと、化け物に向かって全力で押し始めた。



「うおぉぉぉっ!!」




ドガッ!!




「くっ…!」



勢い良くぶつかった儀也は、再び後ろに吹き飛ばされる。


同様に、ぶつかられた化け物も後ろに倒れ込む。



「…今だっ!!」



儀也は倒れてすぐに立ち上がると、倒れた化け物に向かって走り出す。


片手にしっかりと鉄パイプを握りしめて。




倒れた化け物が身体を起こそうとしたとしたと同時に、化け物の前までたどり着いた儀也は、化け物の頭に鉄パイプを振り下ろした。



「おりゃあああああああああああああっ!!」




グシャ!!




スイカが潰れるような音が辺りに響き、化け物の身体に電流が走ったようにビクンと動く。


そして、しばらく痙攣したようにピクピクと動いていたが、やがて動かなくなった。




とうとう、化け物を殺したのだ…




「っはぁ…っはぁ…っはぁ…」



儀也は息を切らしながら、鉄パイプを握りしめ呆然としていた。


めまいがして、冷や汗が止まらなかった。



「お疲れ、儀也。

初めてにしては、上出来だ」



ゼータは軽く拍手をしながら、儀也に近付いて来た。



「ゼータさん…

この化け物は…本当に死んでるんですか?」


「ああ、バッチリな。

正真正銘、お前が最初に浄化した化け物だ」


「じょ…浄化…?」


「簡単に言えば、退治したってことさ。

まあ、詳しい事はお前の先輩に聞いてみろよ」


「………はい」



聞いた事が無い用語に、さらに頭がくらくらしてきた。



「聞きたい事は…沢山ありますが…

一つ…これは…直接ゼータさんに聞きたいんですが…聞いていいですか?」


「ああ、一つぐらいいだろう。

…何が聞きたい?」



儀也は、今まで一番疑問に思っていた事を口に出した。



「この場所の事…並列世界って…最初に言ってましたよね…?

並列世界って…何なんですか?」



その質問を聞いたゼータの顔が、一瞬だけ強張った。


だが、その後真面目な顔で話を始めた。



「簡単に言うと…

現実世界と同じ外見をしていながら、全く違う性質を持っている、現実世界と平行して存在している、もう一つの世界さ」


「いわゆる…パラレルワールドですか…?」


「まあ、そんな感じだ」



このやり取りをしている間にも、謎のめまいは止まらない。


まだ、化け物を殺した罪悪感があるのだろうか?




ゼータは、儀也の顔色が悪いのに気が付いたのか、気遣うように声をかけてきた。



「おい、何だか具合悪そうだな。

大丈夫なのか?」


「あははっ…いや…

大丈夫…です……よ………」



無理にそう言った儀也だったが、もう限界だった。


儀也は力無く、その場に倒れた。




ドサッ…




「おい、儀也!?

何があったんだ、しっかりしろ!」




段々とゼータの声が遠くなっていく…


視界が霞み、身体に力が入らない…


もう何も考えられない…



「僕は………まだ………ゼータさんに…聞きたい事が……聞き…たい事………が…………」



儀也は気力で自我を保っていたが、めまいに堪えられなくなり…


とうとう、気を失った…


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