新語・流行語全部入り小説2026
太陽があらゆる生物から水分をスクイーズする酷暑日の昼下がり、ネットの影響によりすっかりNISA貧乏に陥っていた小山田乾二郞は、自身のスマホ農場の畦道に座り込んでプラスチック製の弁当箱を開いた。中には妻の潤子が毎朝作ってくれるウインナーオンリーの、ギルティなドパガキ仕様の「だけ弁当」が待っている。事実彼のsetlogには、毎日欠かさず褐色の畜肉弾丸に埋め尽くされた物騒な動画が並んでいた。
ところが乾二郞がいざ蓋を開けてみると、真っ白いナフサの底がその目に飛び込んできた。どうやら我が家の家計は、本当に火の車であるらしい。あるいは同じくウインナー好きの妻が作っている最中につまみ食いを繰り返し、好きすぎて滅!してしまったということなのか。乾二郞はせめて後者であれと願った。
そもそもスマホ農場の経営がここまで追い込まれてしまったのは、隣の空き地に突如として出現した巨大なデータセンターのせいであった。川の上流にあるかの施設が大量の水を消費するおかげで、川下に位置する周辺の農場はたちまち水不足に陥り、スマホが育成不良に陥ってしまったのだ。乾二郞の農場では、文字どおり農作物と同様にスマホに水を遣って育てているため(むろん本体はすべて防水仕様となっている)、水不足による被害は深刻であった。
そのせいで例年はみずみずしいボンボンドロップシールを盛り上がらせて実るスマホたちの背面が、まったく立体感のない平面シールを剥がしそこねたようなみっともない状態になってしまっている。スマホとデータセンターといえばいまや切っても切れない関係であるはずだが、これがいわゆるフレネミーというやつなのか。乾二郞は自らの空きっ腹をさすりながら、スマホたちにも再びたらふく水を飲ませてやりたいと思った。
とにかくデータセンターをなんとかしなければならない。しかし巨大な敵を前にしてはなすすべもなく、日夜「なんとかなれーッ」と叫ぶくらいが関の山であり、乾二郞にはその願いをそれ以上細かく言語化するほどの能力はなかった。
だが実際に発せられた声というものは、必ずどこかには届いているものだ。その夜、飲んだくれた乾二郞が畦道を通ってふらふらと帰路についていると、派手な浴衣を着た若い女がスマホ農場の真ん中で優雅に踊っているのが見えた。
祭りの夜でもないのになぜそんなことをしているのか。だいいち、他人の農場に勝手に入り込んで踊るなど、許されるはずがない。乾二郞はそう思いながらも、踊りに見とれて徐々にそちらの方向へと引き寄せられてゆくのだった。
「あの声の主は、あなただったのですね。わたしは声の権利を守らなければならない立場にあるので、それが誰の声かはすぐにわかります」
女の全身が点滅しているように見えるのは、果たして酔いのせいだろうか。
「あなたの願いはごもっともです。まずは名モナキ夜の踊り子であるわたしに、名前をつけてはいただけないでしょうか?」
乾二郞は不法侵入を叱りつけて追い払ってやるつもりが、すっかり相手のペースに飲まれてしまっていた。
「では『あかり』という名前はどうでしょう」
彼は考える間もなしに、その名を口にしていた。実際に彼女が暗闇の中で光っているように見えたからだ。
「あかり……素敵な名前ですね。では名づけのお礼に、これを差し上げます」
そう言うとあかりは乾二郞に、表面にQRコードが印刷された青切符を手渡した。
「それをあなたが育てたスマホに、読み込ませてみてください。きっと願いが叶うはずです」
乾二郞があかりの放つ光を頼りにその青切符をためつすがめつしていると、あたりは一瞬にして暗闇に包まれた。ふと顔を上げてみれば、あかりはすでに姿を消していた。
乾二郞はポケットから自作のスマホを取り出すとライトをつけ、青切符のQRコードを読み取らせてみた。すると飛んだ先の画面上には、「パンチくん」と名乗るちいかわなパンチパーマ猿のキャラクターが、オレンジ色のボールをひとつ大事そうに抱えているのが見えた。
「ピックルボールを全部で7個集めると、願いごとがなんでも叶うよ! ピックルボールは、ボクのホビ垢に張ってあるリンク先でも売ってるよ! 君のピックルボールは、現在1個だよ!」
パンチくんの下には、そんな明らかに課金誘導目的の、妙に説明的な文章が並んでいた。乾二郞はこれを警戒レベル5相当の案件とは思いつつ、酔った勢いに先ほど目にした踊り子の奇跡も重なって、パンチくんの指示通りにリンクを踏んだ。そしてたどり着いたサイトに並ぶピックルボールを計6個購入した。1個100円であったが、なぜか消費税1%の計算になっているようで、計606円をスマホ決済で支払った。
もとの画面に戻ると、パンチくんが画面中を激しく飛びまわり、真ん中に出現した赤いボタンを押せとしきりに指さしている。乾二郞は「あかり、信じてるからな」と呟きながら、思い切ってその中央をタップした。
徐々に周辺の風が強くなり、方向を見失って渦巻きはじめる。空に幾筋もの稲妻が走ると同時に大地を揺るがすほどの雷鳴が轟くと、どこからともなく巨大な竜が現れた。
その竜はやはり暗闇の中で頻繁に点滅を繰り返しており、実体のないCGであるようにも見えた。あるいは先ほどのあかりもこの竜も、AIであるのかもしれない。乾二郞は自らの目を疑いながらも、一方ではそれがデータセンターの隣にあるスマホ農場に現れるというのは、いかにもありがちな話であるような気がしはじめた。
「我が名はりくりゅう。我が輩とのキオクシアイに勝ったならば、貴様の願いをなんでも叶えてしんぜよう!」
パンチくんに聴いていた話と半分は合っているが、半分は話が違う。竜に勝つ必要があるとは聴いていない。そう思った乾二郞は率直に尋ねた。
「そのなんとか試合ってのはなんですか?」
「キオクシアイ、つまり記憶力の勝負をおこなうのだ。我が輩はこの世のことはなんでも知っている。さあ、問題を出せ!」
もし相手がAIであるならば、記憶力の勝負で勝てるわけがないだろう。しかしAIが時にミスや見逃しをやらかすことも、スマホ農場の主である乾二郞は知っていた。とはいえ記憶力にそもそも自信のない彼は、自らの直近の記憶について出題するしかなかった。
「では今日の昼ご飯に、わたしは何を食べたでしょう?」
しばしリサーチしているようなタイムラグがあったのちに、りくりゅうは堂々と答えた。
「貴様が毎日更新しているsetlogは把握している。貴様の弁当箱を毎日欠かさず埋め尽くしているもの……それはウインナーの一択だ!」
するとりくりゅうの身体にノイズのような亀裂が走り、のたうちまわるように農場のあちこちを這いずりまわりはじめた。
「き……貴様の勝ちだ! は、早く願いごとを言え!」
やがてりくりゅうが地響きのようにそう要求しているのが聞こえたが、乾二郞はなぜ自分が勝てたのかを理解するまでに時間がかかった。しかしおそらくは今日の弁当が空っぽであったがゆえにその動画をsetlogに上げていなかったおかげで、AIが前日までの行動パターンから推測して回答したためであると推測された。こればかりは空っぽの弁当箱を渡してきた妻に感謝しなければならない。
そうして自らの勝利をようやく受け容れることができた乾二郞は慌てて、
「あのデータセンターをなんとかしてください!」
と叫んだのだった。「なんとかして」というのは彼の本音であって、破壊してくれとか、ぶっつぶしてくれとまでは言えなかった。やはりスマホ農場主である彼にとってデータセンターは、エネミーではなくあくまでもフレネミーであるということなのか。
「その願い、叶えてしんぜよう!」
農場じゅうを這いまわりながらジャンプしてくるくる回ったりもしていたりくりゅうは、そう野太い声を轟かせると、今度は隣に聳え立つデータセンターに向かって一直線に突き進んでいった。そしてそのまま頭から突っ込んで頑健なデータセンターのど真ん中に巨大な穴を空けて通過すると、りくりゅうはたちまち雲散霧消してしまった。
指示どおりと言えば指示どおりではあるのだが、これはさすがにやりすぎだと乾二郞は感じていた。翌朝農場に出て川上のほうを眺めると、そこに立ちはだかっていたはずのデータセンターはあとかたもなくなっていた。
と同時にりくりゅうがさんざん這いずりまわったスマホ農場のほうもメタメタにやられていて、乾二郞が手塩にかけて育てたスマホたちはすっかり全滅していた。そういえば竜のくせに妙に低いところばかり這っていると思ったら、「陸の竜」だからりくりゅうなのかといまさら思い当たって乾二郞は愕然とした。
これでは願いごと云々ではなく単なるAI暴走なのでは?とも彼は思ったが、つまりはこれこそがフィジカルAIということなのかと、自作のスマホを取り出してさっそくAIに尋ねるほかなかった。
《新語・流行語大賞2026 候補語一覧》
1. 青切符
2. あかり、信じてるからな
3. AI暴走
4. キオクシア
5. ギルティ
6. 警戒レベル5
7. 言語化
8. 声の権利
9. 酷暑日
10. 消費税1%
11. 好きすぎて滅!
12. スクイーズ
13. スマホ農場
14. setlog
15. だけ弁当
16. ちいかわ(現象)
17. データセンター
18. ドパガキ
19. ナフサ
20. なんとかなれーッ
21. NISA貧乏
22. パンチくん
23. ピックルボール
24. フィジカルAI
25. フレネミー
26. ホビ垢
27. ボンボンドロップシール(ボンドロ)
28. モナキ
29. 夜の踊り子
30. りくりゅう
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機のみで書かれたフィクションです。
※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。正しい用語知識に関しては、各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。




