006 楽園を目指す巫女
薄暗い洞窟の中を地下へ地下へと進んだ二人。
足を痛めたシーニャをかばいながら降りて行ったため、町の入口に着くころには結構な時間が経っていた。
外の光が入り込んでくる終着点。
すなわち洞窟の出口であり、町の入口だ。
「わぁ」
急に開けた様子にシーニャは声をあげた。
「ここがホラの町だよ」
ここまで来る道中が狭い穴だったため、その先にこのような大きな場所があるとは思わないだろう。
まるで大きなホールのようにくりぬかれた広大な空間。すり鉢状になっていて中央部分はへこんでおり、そこから段々畑のようにいくつもの段が広がって斜面になっている。その斜面の段の上に、建物であったり畑であったりが作られている。
今は昼の時間帯。天井部分に開いたいくつかの隙間から陽光が漏れこんできている。
そのため地上と同じとまではいかないものの、光のある生活を送ることが出来ているのだ。
「ふぁ……すごいね。イングレッソは大樹の中にあるから、ここと様子が全然ちがうの」
「へぇ。さ、こっちだよ」
マナにとっては見慣れた光景。
特に景色に興味を持っていないため、そんなことよりもと先を急ぐ。
再び肩をかして、ゆっくりと進んで行く。
農作業をする人を横目に畑のそばを抜けていく。
その畑には光が当たっていないが、虹の雫を使った土壌に作物を植えているので、光が無くても作物が育っている。おかげで洞窟の中でも自給自足が可能なのだ。
シーニャの姿はマナが神様と見間違えるくらいだ。横を通り抜けるたびに物珍しさから視線を集めていたが、みんな農作業に忙しい身でもあるため、それだけのために声をかけられるというようなことはなかった。
キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すシーニャを抱えたまま、中央の一番くぼんだ部分を超えて、再び上り坂へと差し掛かる。
そんな中をしばらく進むとボロボロの平屋建ての建物が見えてきた。
そこがマナが住んでいる家。厳密には叔父が借りている家にマナが居候している。
「入って」
土壁で作られた家の中。
決して広いとも裕福ともいえない家の中。あるのは叔父の部屋だけ。マナはいつも物置に使っている狭い場所で寝ている。
床に草で編んだゴザだけしかない部屋に通すわけには行かないと思い、ベッドのある叔父の部屋へとシーニャを通した。
「ここがマナの部屋……」
「ここは叔父さんの部屋。こっちのほうが綺麗だから」
そう言いながらタンスを開けて棚の中のものを取り出す。
それは叔父から言われて井戸水で洗濯した布。
布を手に取ったマナはベッドに座らせたシーニャの前に膝まづくと――
「自分で脱げる?」
足首を覆う白いタイツを脱ぐように促した。
脱がせてあげてもいいのだが、マナには足の痛みの具合がわからないので下手に力を入れて痛がらせてしまうのも悪く、それに加えて人にタイツを脱がせられるのは恥ずかしいのではないかという配慮からだ。
「うん……」
人前でタイツを脱ぐのは恥ずかしいのか、ゆっくりと手をかけて、それでいて痛むのか、小さく声を漏らして……そしてスラリとした足がお目見えした。
マナは早速、足の状態を観察する。
「やっぱり腫れてるね。悪いけど薬なんていう高価なものは無いから、布で固定するだけだけど」
「んーん、ありがとう。嬉しい」
ニコニコニコニコと笑顔を浮かべるシーニャ。
マナがじっくりと彼女の顔を見たのはこれが初めて。
(やっぱり綺麗な顔。それに、なんだろう……。笑顔が可愛いから見てるとこっちまで幸せな気分になってくる)
「どうしたのマナ?」
じっとシーニャの顔を見つめて動かないマナに疑問を持つ。
「な、なんでもないよ」
そう言って視線を下ろし、赤くはれてしまったシーニャの足首を布で巻いて固定していく。
「んっ」
シーニャが小さくうめき声をもらす。
「痛い? ごめんね。でもしっかり固定しておかないとだから、我慢してね」
「うん」
ぎゅっぎゅっと布を巻いていき、巻き終えたら先端をくくって完成。
「さあできた」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ次」
「次?」
「そう。おなかのあたり、どこかにぶつけたんでしょ。見せて?」
「えっ! そ、そんなことないよ」
「嘘。かばってる動きをしてたのは分かってるの。さ、はやく」
「だ、大丈夫だから。そんなに痛くないし。ね。足だけでいいから」
「ダメ。ほら、恥ずかしがらないで。女の子同士なんだから」
そう言うと有無を言わさずシーニャの着ている服のボタンに手をかける。
自ら脱ぐならいいが、脱がないというなら話は別だ。
怪我を我慢して悪化させるようなことがあってはいけない。
実力行使もやむを得ないとマナは思っているため行動に移したのだ。
「んー、ボタンが多い服だね。よっと」
「ダメだよマナ、駄目」
ブレザーのような上着のボタンをはずし終わると、前を開き、中のブラウスのようなものが見えてくる。
スカートはセパレートになっており、その中にブラウスが入っているため、引っ張り上げてシーニャの腹を露出させようと企むマナ。
そんなマナの蛮行をイヤイヤと拒むシーニャだが、それほどの抵抗ではないため、緊急時だからとマナはそのまま行為を続ける。
「駄々をこねない。子供じゃないんだから」
「こっ、子供だよ!」
「ハイハイ、子供子供」
そう言うとブラウスを捲り上げて、シーニャの腹を露出させた。
「これ……」
「みちゃだめぇ」
そこにはあざがあった。
左のわき腹に浮かぶ青い薔薇のような模様。明らかに打ち身でできたものとは違う。
「シーニャって……神様なの?」
不思議な模様。
薔薇を見たことの無いマナだが、その機械的な直線によって作られた複雑な形のあざを見て、当初疑っていた疑問を口にした。
「変だって思わないの?」
「ん、変わってるけど、綺麗」
「綺麗……」
「うん」
「ひゃあっ!」
「あっ、ごめん、つい」
マナの指が伸び、シーニャの腹にあるその模様をなぞったのだ。
初対面の子にする行為ではない。
今だって緊急事態だからと服を剥いたはずなのに、その魅力に負けて手を伸ばしてしまったのだ。
もう! 触るんだったら先に言ってよね、とシーニャからお小言をもらったマナは反省する。触らないでと言われる可能性があったことをすっぽり頭から抜け落ちさせて。
そんなマナに、シーニャは言葉を続けた。
「これはね、巫女の印なの」
「巫女の印?」
薔薇のようなあざから視線をシーニャの目に移し、見上げる形でオウム返しするマナ。
「そう。楽園を目指す巫女。巫女にはこのあざが浮かび上がってくるの。私は当代の巫女なの。だから楽園を探すためにイングレッソを出て、ガーヴァルに追いかけられていたの……」
「楽園を目指す巫女……」
「うん。この世界のどこかにあるガーヴァルのいない場所。そこが楽園」
「そんな場所、本当にあるの?」
「幸せになりたいのなら楽園を目指しなさい。昔の昔にね、神様がそう言ったんだって。すごく昔の話で、それだけだったらみんな信じてなかったと思う。でも、巫女のあざはそれからずっと浮かび続けているの。何代も何代も。巫女のあざが現れるのは一人だけ。巫女が死んだら他の人に浮かび上がる。私に浮かび上がったのは9年前。さすがに3歳で旅立つわけには行かなかったから、勉強して、いろいろ学んで、それで数日前にイングレッソを出発した」
「そんなこと……」
「黙っててごめんね。洞窟の入口でお別れするはずだったから」
言うつもりは無かった。
マナは知らずに家にシーニャを誘ったが、シーニャは楽園を探す目的があるため入口でお別れするつもりだった。
でも今、足の手当をしてもらって、そしてここにいる。
この後お別れになるとしても、出会って数時間しか経っていなかったとしても、自分の事を伝えておきたいと思ったのだ。
「そんなこと……できるはずないよ……。どこにあるかわからない場所を探すなんて」
「やってみないとわからないよ」
先ほどの弱々しい口調とは違って強い意志を感じる。
ほんわかしていた表情もキリリと引き締まっている。
そんな様子にシーニャから何かが吹き上がってるようなイメージを受け取ったマナは一瞬たじろいだが、負けじと言い返す。
「だって、シーニャ、さっそくガーヴァルに追われてたじゃない!」
「でも、今は生きてる。きっと神様のお導きだよ」
「やめときなよ!」
「でも行かなきゃ。みんなが私に期待してる。だから行くよ」
思わず声を荒らげてしまったマナだったが、そんなことで決意が揺らぎはしないと言わんばかりの強い返答が帰ってきた。
「でも、今は……、少しだけ……休ませて……」
急に、うつらうつらとし出したシーニャ。
そんな様子にハッと我を取り戻したマナは、今にも意識を放り出しそうなシーニャをベッドに横にならせる。
張り続けてきた気持ちに限界が来たのか、単純にひどく疲れていたのか、あるいはその両方か。シーニャはすぐに眠ってしまった。
風邪をひかないようにとブランケットをかけて、その寝顔を見るマナ。
まるで人形の様だとマナは思った。すうすうと寝息を立てる唇は小さくてかわいく、今は閉じられているたれ目気味な目も心が温かくなる感じがして好きだ。
着ている服は高級で、マナが着ている服とは素材も肌触りも違う。
巫女というものについてはよくわからなかったが、シーニャが危険な地上を旅するつもりだという事は理解ができた。
(アタシと同じくらいの年なのに。何もできないアタシと同じ年くらいで、楽園なんてもの探せるはずがない……)
マナは先ほどの会話を思い出す。
現にシーニャはガーヴァルに遭遇して死にそうになっていた。また地上に出ればガーヴァルに出会って、今度こそ命を落とすかもしれない。
「できっこないよ……」
すやすやと眠る巫女の少女を見て、マナは小さく呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
つかの間の安息を享受する少女たち。
だが、事態はそれを許すことは無かった。
次回をお楽しみに!




