005 シーニャは変わった子だね
「はあっ、はあっ、なんとか……ここまでくれば……」
金髪の少女に肩を貸したマナは何とか洞窟の中へと滑り込んだ。
運動神経が良いマナではあるが、それは自分一人だけの場合のこと。
命の危険がある中で、自分より僅かばかり背が高く、自分よりはるかに肉付きの良い女の子に肩を貸して走ってきたのだ。息が上がるのも無理はない。
もちろん隣の金髪少女も片足で必死に走ったので、はぁはぁと息を荒らげている。
息が荒いと言うよりはむしろ、言葉を発することが出来ないほど憔悴しきっていた。
マナは二体のガーヴァルが追ってきていないことを確認しながら逃げ進んでいたが、いつガーヴァル同士の戦いが終わって再び追われ始めるとも限らない。
そして追われ始めたが最後、足を痛めた少女を抱えているマナなどすぐにでも追いつかれて命を失ってしまうだろう。
そんな中を幸運にも逃げ延びたのだ。
逃げ込んだこの洞窟は、地下にある町【ホラ】の入り口部分。
もう少し奥に行けばガーヴァルの触手も届かないので安全となる。
薄暗い洞窟の中。これより先に進むには明かりが必要だ。
火を起こして松明として使うか、暗闇に目を慣れさせて町まで下りるかの二つ。それ以外のもう一つは虹の雫を使ったランタンを持ち込むかだが、生憎とマナはそのような高価なものを持ってはいない。
「こっちに座って」
少し奥へと進んだ二人。
目を闇に慣らすついでにと、マナは抱えていた少女を岩の上に誘導する。
「ありがとう」
薄暗い中、笑顔を浮かべる金髪の少女。
改めて見ても、マナが神様だと思ってしまったのも無理はない。
肌の白さという点では地下に住んでいてほとんど太陽光を浴びないマナもいい勝負だが、肌の艶、張り、金色の美しいおさげ。そして極めつけは服装にある。
ホラの町では見たことの無い真っ白な服装。所々に入っている金色の模様が神々しさを増している。
対してマナが着ているのは着古した茶色の粗末な服とボロボロになって端がほつれた、雨風をしのぐための外套。
叔父からろくに食べるものも与えられない生活をしていて、服装に金をかけてくれるはずも無かったからだ。
成長期の体には成長に合わせて服が必要となるが、それを避けるために、成長させないために栄養を取らせなかったのではないかとも勘ぐってしまう。
そんなマナとは対照的な神々しい程の白なのだ。
「えっと……あんた、名前は? ホラに住んでる人間じゃないよね」
「私の名前はシーニャ。イングレッソに住んでたの」
「イングレッソ? 住んでた?」
「イングレッソのこと知らない? 木の上にある町なの」
「聞いたこと無いかな。まあいいや。それよりも、シーニャはなんで空から落ちてきたの?」
「それは……、ガーヴァルから逃げてたら、滑って崖から落っこちたからかな。あんな高さから落ちたこと無かったから、心臓がきゅっってなって、もう死んじゃうっ、ってなってたら、その………」
そこでシーニャの言葉は止まる。
「??」
話が途切れた理由がわからず首をかしげるマナ。
「その……名前。あなたの……」
顔を下に向け、小さくモゴモゴとそう言ったシーニャ。
意を決して言ったはずの言葉だったが、結果そうなってしまった。
「ああ、聞くだけ聞いて名乗って無かったね。アタシの名前はマナっていうの」
「マナ……。うん。マナ! 可愛い名前だね!」
「かわっ!?」
普段言われることの無いことを言われてマナは挙動不審となってしまう。
今までのヒリついたような凛々しい表情が、あわあわと瞬時に融解していく様は、よっぽどに予想だにしなかった言葉だったことを物語っている。
「うん! 可愛いよ!」
先ほど名前を尋ねたときの恥じらいはどこに行ったのか。
満面の笑みを浮かべているシーニャ。
「ばっ、ばかなこといってないで、続きは!」
「ふふ」
照れているマナが可愛くて笑みを漏らしてしまうシーニャ。さすがにこれ以上からかうのも良くないと思い、続きを話し始める。
「それで、もう死んじゃう、ってなってたところを、マナが下で受け止めてくれたから死なずにすんだの。ありがとうね」
「別に受け止めたわけじゃない。避ける間もなくシーニャが落ちてきただけ」
「それはごめんなさい」
「別にいいよ。今二人とも生きてるんだから」
「やっぱりマナは優しい」
「優しくなんてないよ」
オウム返しで反発してしまう。
「だって、足をくじいた私を背負ってくれたもの。私だったら同じようにはできないと思う」
「見殺しにできなかっただけ。後味悪い思いなんてしたくないから。だから自分のためにやったの。優しくなんてない」
「でも、私は優しいって思った。だから優しいの」
「はいはい。勝手に言ってな」
ひらひらと手を振ってこの話は終わりだと告げるマナ。
薄暗いからシーニャに気づかれてはいないが、頬が赤く染まっている。
そうこうしているうちに暗闇に目が慣れてきたマナ。
「そろそろ行くか」
壁を背にして立ち話をしていたマナは背中から感じる冷たくて心地いい感触を手放すと、岩に座ったシーニャに右手を差し伸べた。
そんな様子に――
「えっ!?」
「えっ?」
シーニャが素っ頓狂な声を出したので、マナはオウム返しで反応してしまった。
二人の間を沈黙が走る。
固まったようにマナの差し伸べた手を見て動かないシーニャ。
「ほら、行くよ? 立ち上がるのも辛いでしょ。手、握って」
その沈黙の意味が手の意図を伝えていなかったからだと解釈したマナ。
特に敵意があるわけじゃないことを説明するが……。
「えっ、その、あの……」
それでもシーニャはその手を取ろうとはしなかった。
「あー、ごめん、手を握るの恥ずかしかった?」
「違うの、恥ずかしくなんてない……」
「じゃあなに?」
シーニャのいう事が理解できないマナはぶっきらぼうに返事してしまう。
ちょっとまずかったか、とマナが思った後のこと、シーニャが小さくしゃべり始めた。
「もうマナとお別れだと思ったから……」
「んん??」
「一緒に行こうって言われるなんて思ってなかったから……」
「何を馬鹿な事をいってるのさ。足、怪我してるんでしょ? 手当しないと」
「一緒に、行ってもいいの?」
捨てられた子犬のような目をしながらマナを見上げるシーニャ。
「当たり前でしょ。シーニャは変わった子だね」
「うん!」
ニコニコ顔で返事をしたシーニャ。
変わった子だと言われたのに満面の笑顔を浮かべていた。
そして――
「さ、どうぞ」
シーニャへと差し出された手は今度は行き場を失う事はなく、しっかりと握られたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
次回、マナがシーニャの手当をするお話です。
お楽しみに。




