004 空からの使者
暗くて音も無く時間の感覚も無い空間。
突如そこでの考え事が終わり、マナの意識は覚醒する。
パチリと目を見開くと、目の前……、もといマナの腹の上には女の子の姿があった。
太陽の光を受けてキラキラと輝く金色の髪の少女が馬乗りになっていたのだ。
(綺麗な子。吸い込まれそうな青い目をしてる……。年は同じくらいだって言うのに、アタシのそばかすのある顔とは違って、つるつるで綺麗な白い肌……。こんな綺麗な子、見たことない……。空から降ってきたし、もしかして神様ってやつなのかな)
後ろで一つに束ねて編みこまれた腰まである金色の三つ編み。そしてホラの町では見かけることのない真っ白な衣服。袖から出ている手や、スカートから伸びている足は薄手の生地で覆われていて、頭の上には白い丸くてつばのない帽子が鎮座している。
それら全てがマナの目には神々しく映っていた。
神様だと思うのも無理のないことだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
そんなマナの思考は目の前の少女の声によってかき消された。
そしてマナの思考もだんだんとクリアになっていく。
今は目の前の少女に見とれて呆けている場合ではないのだ。
「急いでどいて! それで振り返らずに走って!」
刺々しい口調になったがそれもやむを得ない。
青目の彼女がマナの腹の上に落ちてくる直前のこと。マナは人類の天敵であるガーヴァルを目の前にしていたのだ。
(気を失ってから何秒たった? まだひき肉にされていないってことは、それほど時間が経ったわけじゃない!)
だとすればやることは変わらない。すぐにでもこの場を離れて身を隠すしか生き延びる道は無い。
マナにはこの腹の上の子が神なのかどうかを考えている暇も無いし、気絶した時間がどれだけなのかを考える程に無駄なことも無い。
ただ速やかに生存のための一手を打つ。
それだけだ。
マナ自らが走り出すためには、体の上に乗っているこの美しい少女にどいてもらうか、力づくでどかすしかない。
同い年くらいの年齢に見えても、マウントポジションを取られている上、マナの体は彼女より小さく痩せているため、力づくでどかせるとは思えない。チャレンジしてみてもいいが、そのチャレンジには命を懸ける必要がある。
それゆえに、自らどいてもらうように言ったのだが、当の相手はマナの言葉を聴いてからも、もたもた、もたもた、として、未だ体の上からどいてはくれていない。
「ご、ごめんなさい、すぐにどくから」
そうは言うものの、この調子ではどいてもらえるのは当分先になってしまうだろう。
もちろんそれまで命があるという保証はない。
いったいいつまで命があるのか。馬乗りになられたマナにできることはそれを計ろうとすることだけだった。
だから視線を、この少女からさらに斜め上へと移したのだ。
今、二人の命を奪おうとしている天敵、ガーヴァルがどうなっているのかを確認するために。
「あ、れ……?」
マナが予想した姿はそこには無かった。
目の前まで迫る黒い触手の一撃を想像していたのだが、触手どころかギョロリとした目玉すらも、直前に目にしていた位置にはなかったのだ。
マナがその姿を探そうと、さらに視界を動かした瞬間の事。
――縺雁燕縲∽ソコ縺ョ邵?シオ繧翫↓蜈・縺」縺ヲ縺上s縺ェ繧茨シ
鳴き声とも金属音とも違う変わった音が辺りに響き渡った。
「ガーヴァルが……二体……」
その様子にマナは絶句した。
奇妙な音の先には二体のガーヴァルがいたのだ。
一体でも遭遇すれば命の保証はないガーヴァルが二体もいる。
それは風前の灯火だった命の灯が完全に消えたことを意味するからだ。
「ご、ごめんなさい! ガーヴァルから逃げてたら崖から落ちちゃって、それで、それで……」
「もう一体を連れてきたのはあんたか!」
とんだ疫病神だ。マナはそう思った。
未だに腹の上から動こうとしない少女。神様かと勘違いした見惚れるような美しさの少女は唯の逃亡者だったのだから。
――縺ェ繧薙□縺雁燕縲√d繧薙?縺九?
再び聞きなれない音が辺りに響く。
(この音って、もしかしてガーヴァルの声?)
腹の上の少女の事はいったん頭の隅においておき、倍に増えた災厄へと視線を向ける。
二体ともすぐにでも襲ってきてもよさそうなものだが、現にそうなってはおらず、よく見ると二体は距離を空けて向かい合っているのだ。
「もしかして、男の子と女の子なのかな」
腹の上から動くのを止めた少女が空を見上げてそう呟いた。
「ちょっと! そんな事はいいから上からどいて! あんたが逃げないのは勝手だけど、アタシを巻き込まないで!」
もはや遠慮するのは止めだ。
力任せに腹の上の少女をどかして起き上がろうと思い、彼女に触れて腕に力を入れたその時――
「痛っ!」
「あっ、ごめん!」
マナはそれほど力を入れたつもりは無かったが、腹の上の少女が過剰に反応したのだ。
「大丈夫、ちょっと足が痛いだけだから」
意識を取り戻して以来ずっと背中が地面についていたマナだったが、ようやく体を起こし、痛がる少女の足を見た。
白く薄い生地の上からでは痛めてるかどうかの判断はつかなかったが、この痛み様は嘘とは思えない。
どうりで腹の上から動かなかったわけだ。
動かなかったのではなく、痛みで力が入らず動けなかったのだ。
足をひねっただけであれば、安静にしておけば数日で直るであろう痛み。
だが今、この状態では、命に王手をかける原因でしかない。
上空には二体のガーヴァル。
そして、足を痛めた女の子。
命を守るための最善の方法は何か。考えるまでも無いことだった。
「ほら、掴まって、早く!」
立ち上がったマナは、少女が痛めている方とは別の足で彼女を立たせると、痛めている足の代わりになるようにと肩を貸したのだ。
「で、でも」
金髪の少女は戸惑いを隠せない。
この状態では自分を置いていくのが正解のはずだ。
それなのにこの赤毛の女の子は自らの危険を顧みず助けてくれようと言うのだ。
「でももへったくれもない! 口を開いている暇があったら、歩いて!」
問答をしている時間などない。
息を吸う刹那の時間が命の境目となるのだから。
「行くよ」
自分より僅かに背の高い金髪の少女を支えて歩き始めるマナ。
マナ自身も何故彼女を助けているのかは分からなかった。ただ、どうしてもそうしなければならないと思ったのだ。
他の人が見たら馬鹿な奴だ、と思うかもしれない。
叔父がしたように金髪の少女を犠牲にすればそれだけ長い時間が稼げて、自分が助かる確率が上がるかもしれない。
だけど、マナの心の中にはそんな選択肢は浮かんでこなかった。
ただただ、少女を助けようとしただけなのだ。
その心意気は美しい。
そう評価できるのは、このまま逃げ延びることができた場合だけだ。
現にそこには人間を嫌悪するかの如く抹殺し続けるガーヴァルが二体。
その事実だけを見ると、命を無駄に捨てる行動と捉えられるだろう。
外野がそのような野暮なことを思うのは勝手だが、当のマナには関係が無い。
(まだ……死んでない……?)
数歩進んだマナは、ふとそのことに気づいたのだ。
二体ものガーヴァルに見つかりながら、到底逃げ切れるものではないはずなのに、自分はまだ死んでいない、と。
マナは視線を空に上げる。
そこでは今にも襲ってくるはずの二体のガーヴァルが、先ほど見上げた時のままの体勢とまったく変わらずに浮遊していたのだ。
「どうして襲ってこないんだ……」
男の子と女の子なのかな。と肩に担いだ金髪の少女が言った言葉を思い出した。
どちらが男でどちらが女なのか。そんなもの見分けもつかない。そもそも男女があるのかどうかも分からない。
今、空に浮かぶガーヴァルの姿は恥じらいなのか求婚なのか。
そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない。
ただ、何かが起こって二体が動いていないのは事実なのだ。
マナにとって、こんなことは初めてだった。
いつもいつもガーヴァル一体だけ。一体しか目撃することも遭遇することもなかったからだ。
――邨カ蟇セ谿コ縺吶?ゅ&縺」縺輔→蜃コ縺ヲ陦後¢繧医↑
そして再びあの奇妙な音が聞こえたと思った瞬間のこと。
にゅるにゅると二体のガーヴァルから触手が伸びていき――
「っ! 戦いだした!?」
お互いがお互いの触手で相手を打ち倒そうと攻め合い始めたのだ。
まるで山と山がぶつかるような激しい衝撃音がする。
一撃で人間をひき肉にできるような攻撃を互いに打ち合っているのだ。震える空気が鼓膜を打つのも無理はない。
「何がなんだかわからないけど、今のうちに!」
生き延びる確率など万に一つも無かったはずだ。
足を痛めた少女を担いで逃げるのならなおさらだ。
だが、それは奇跡となった。
マナは冷静にその場を離れ、その僅かな確率をつかみ取ったのだ。
抱える金髪の少女がずっと自分の顔に視線を向けていたことも気づかずに。
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マナと謎の金髪の少女の馴れ初めはいかがでしたでしょうか。
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さて、本作は最後まで下書きを終えております。
安心して最後までお読みいただければと思います。
この後は不定期更新となります。週1更新はする予定ですのでお楽しみに!




