017 岩の谷の町ジャガスト
おじさんについてジャガストの中に入る。
中と言っても巨大な岩の割れ目。城壁のような壁や柵があるわけでもない。
地球であれば農地は柵でかこって野生の獣たちが入らないようにするが、この地上には獣は存在しない。柵の代わりに人の姿を模した案山子が立っている。地上であり外と通通なここでは鳥たちがやってくるからだ。
「あのボロボロの人形はなに?」
そんな案山子を見てマナがおじさんに尋ねる。
「あれは案山子ちゅうてな、畑を鳥から守るもんなんだが、ここいら鳥もやってこんくなってなぁ。じゃって、あまり手入れもされんでボロボロなんじゃ」
「かかし、ね」
洞窟育ちのマナにはよくわからなかった。きっと匂いとかで鳥を寄せ付けない仕組みなんだろうな、などと思っていた。
「そだ。すこしばかり、鳥をとりすぎたんで、寄ってこなくなっちまってな。さすがに、食われるとなっと、寄ってこんべや。はっはっは」
などと豪快におじさんが笑う中、岩の側面に作られた石段を登って行く。
橋があるのなら階段も外付けにしたらいいとは思うが、畑に当たる太陽光を遮ってしまうものは、必須である隣岩との橋だけにするという生活の知恵でもあろう。
そうして繰り抜かれた岩の通路を通ってたどり着いた場所。
入口に設置された木製のドアをギギギと開けて入った中には、このジャガストの長が鎮座していた。
「長、娘っ子の行商を連れてきたべ」
「おお。行商とはめずらしい。ようこそジャガストへ」
ローブのような青い布を纏った、頭が剥げて髪の毛は無く、白く長いひげが特徴になっている老人が出迎えてくれる。
「いや、だから、行商じゃなくって……」
「そいだら、おらは入口にもどるだ」
そう言って親切なおじさんは去って行った。
「んまあ、行商かどうかは、品物をみてからじゃな」
「ふふふ、長さま、私たちが持ってきたのは虹の雫! これだけあったら町は安泰だとおもいませんか?」
「あ、ちょっと、シーニャ!」
マナの腰に着けていた革袋をスルリと取り外すと、口を開いて中に入った虹色の液体をお披露目した。
「おお、これはまさしく虹の雫じゃ! これで町は安泰じゃ! 宴じゃ、宴じゃぁ!」
勝手にシーニャが商談を始めてしまって。ノリにノッた長が宴の狼煙を上げて。
あれよあれよといううちに宴が始まって。
そこでマナは英雄のように持ち上げられた。
「マナにかかれば虹の雫なんてちょちょいのちょいなんだから!」
「ちょ、ちょっとシーニャ」
祭りの雰囲気にのまれて饒舌にしゃべるシーニャ。
「おぉ! それだけ凄腕なら今後も町は安泰じゃぁ!」
マナは町人たちに受け入れられていた。
ホラの町が滅びたことも、そこから逃げてきたことも、ジャガストに住みたいことも伝わっている。その上で、皆はマナを受け入れてくれた。
「私が足をくじいて動けなくなった時もね、マナは肩を貸してくれて一緒に逃げてくれたの」
「なんとお優しい!」
「い、いや、咄嗟だったから」
「いんや、咄嗟にそれができるっていうのがすごいっぺ。普段から女神様のような優しさを兼ね備えているって証拠だっぺ」
どれだけマナが凄いか伝えるシーニャ。
うんうんとそれに頷く町人達。
「でしょでしょ! マナはねぇ優しいんだよ! ずっと私の事を心配してくれるし、危なくないように見ててくれるし!」
「あはは……」
終始シーニャがセールストークを繰り出して、マナは苦笑いをしているだけだった。
そんな感じで宴が進んで夜も更けて。
とりあえず今日は空いている部屋で一夜を明かすということになって。
そして空き部屋の中。
しばらく使われて無かったので簡単に掃除をした後、お客様用布団を持ってきてもらった。
それを二つある木製のベッドの上に敷いていく。
「ねえ、マナ。その……最後だから……一緒に寝ていい?」
二つのベッドの手入れをしていると小さくシーニャがそう言った。
「い、いや、だめ、だめだよ。このベッド、小さいから二人も寝れないって」
ブンブンと頭と手を振りながら、大げさに否定の言葉を伝えるマナ。
「じゃあ、マナが寝たら自分のベッドに戻るからさ。ね、お願い。最後だから」
「うっ……」
うるうると目を潤ませたシーニャ。確かに今夜が最後だろう。シーニャのことだから二日もここにいるはずがない。目指す楽園に一歩でも、そして少しでも早くたどり着きたいという想いを、マナも知っていた。
「しかたがないな。ちょっとだけだよ」
「やった! ありがと、マナ」
そうしてマナは折れた。
(別に、一緒に寝るだけだから大丈夫。これまでも近くで寝てたし。それに朝までベッドに一緒にいるわけじゃないし。大丈夫だし)
そうこうしているうちに借りた着替えに着替えてベッドの中に入る。
「うわっ!」
一人用のベッドは狭かった。大人用に子供二人だとは言え、手足を自由に伸ばせるわけでもなく、シーニャと一緒に寝る恥ずかしさから、体に当たらないようにとなるべく離れようとした所、ベッドから落ちそうになったというわけだ。
「大丈夫マナ?」
「だ、大丈夫だよ。落ちそうになっただけ」
「もうちょっとこっちに来てもいいよ」
ベッドの半分を占拠しているシーニャ。少し体をずらして端に寄ってくれる。
「だ、大丈夫!」
僅かに隙間が開いたからと言って、近づくわけにもいかない。体が引っ付いたりしたら恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。マナはそう思って、ベッドのギリギリで踏ん張ることにした。
「そう? いつでも寄ってきていいからね」
「う、うん」
「ちょっとお話ししよ」
「話?」
「そう。鳥ってやっぱりみんな食べてるんだね」
「何を言い出すかと思ったら、鳥の話。あはは」
「あの時に私も捕まえられたら食べれたのに」
「シーニャったら、自信満々で行くんだからね。ちょーっとだけ期待してたけど、やっぱりだめだったーってなったし」
他愛もない話をしていく中。先ほどまでマナにあった緊張した気分はいつの間にか無くなっていた。
「でね、マナが坂を転がり落ちていったときなんかね――」
「そんな事をいったらシーニャだって――」
お互いに思い出話を語り合い――
「……シーニャが……あふぅ……」
「ふふっ、マナはもうおねむなんだね」
「……そんあこと……すぅ、……すぅ」
さすがに我慢の限界が来て、マナは寝落ちしてしまう。
赤子のように眠る赤毛の少女。
そんな安らかな寝顔を見つめるシーニャ。
「お休みマナ。……今までありがとう」
そして起こさないようにと、そう小さな声でつぶやくと、そっとベッドを後にした。
お読みいただきありがとうございます。
とうとう最後の夜が終わる。その先には何があるのか。
次回で第2章が完結! お楽しみに!




