012 シーニャ、反省してるの?
舗装された道を歩く。大人も子供も老人も自由に外を歩くことができる。日本ではそうだ。
だがこの世界では、日本の人々が道を歩くように簡単には地上を進めない。
空にはいつも天敵であるガーヴァルが存在しているのだから……。
「シーニャ、大丈夫だよ」
巨木の影。そこに隠れたマナが、視線の先で身を隠しているシーニャに声を送る。
するとシーニャは、マナのいる場所に近づくためにタタタと必死に駆け始める。
マナはそんなシーニャから視線を外して、空の先をぐるりと確認する。
まだ視界の中にはガーヴァルの姿は無い。
命に直結する天敵の存在の有無を見落とすわけには行かない。
気を抜いて視線を逸らした瞬間に現れるかもしれない。そんなヘマをするわけには行かないのだ。
「はっ、はっ、はっ」
そうしていると息を荒らげたシーニャがマナの元にたどり着いた。
マナは気を張り詰めたて索敵していた空からシーニャへと視線を向ける。
先ほどの場所からおよそ100m。ガーヴァルに見つからないようにとシーニャはその距離を全力疾走してきたわけであり、息が切れるのも無理もない。
ここまで来るのに何回か繰り返してきたところだが、見た目どおりシーニャがあまり運動が得意ではないことをマナは理解しつつあった。
とはいえ、今いるここはただの木の影。ガーヴァルに見つかってしまうと逃げる場所が無い。
すぐにでも先に進んで、洞穴か、岩の隙間か、木のうろか、どこかガーヴァルの触手の届かない場所まで進む必要がある。
「シーニャ、次はあの岩陰まで進むよ」
息を整えつつあるシーニャにマナは呼びかける。
次の目標は大きな岩と岩の間。あそこならガーヴァルにも見つかりにくく、見つかっても触手をなんとかやり過ごせるだろう。
「先に行くから」
「うん」
時間をかけるわけにはいかない。必要最低限の意思疎通だけで次の場所を目指す。
シーニャが返事したことを確認したので、マナはそっと巨木の影から顔を出す。
木の影に隠れているままでは見えない場所を視認して、空中にもさらに上空にもガーヴァルがいない事を確認すると……体を低くして、目標地点である岩へと向かって走り出す。
次の目標までは約200m。
マナはこれまでも幾度か地上に出ている。走っている時も周囲の警戒を怠ってはならない事を経験則で知っているため、視覚と聴覚をフル稼働して、天敵の存在を感じ取りながら、全力で岩の割れ目へと滑り込んだ。
岩の割れ目に溜っていた砂。そこにマナが突っ込んだため、小さく砂煙が巻き上がる。
それを見たマナは、しまった、と思った。
砂煙は一時的には身を隠してくれるかもしれないが、自然に発生するものではない。ガーヴァルがそれを目にした場合、そこには何か自然ではないものが存在するという証拠となってしまうからだ。
「シーニャっ! 来て!」
とはいえ、ガーヴァルが接近しているかどうかを確認する時間も無い。
だから咄嗟に声を出した。
接近しているのが確認できた時点で、木の陰にいるシーニャの命が危険に晒される。
確認のために時間を浪費するよりは、その時間を使ってシーニャをこの岩の隙間に呼び寄せたほうがいい。
幸い、ガーヴァルはその姿通り目はいいものの、耳の方はそれほどでもない。
ハンドサインでちらちらやるよりも、声の方が見つかりにくいのだ。
声をかけると、今まで大木の裏にいて見えなかったシーニャの姿がひょっこりと現れて、ブンブンと大きな金色のおさげを左右に振りながら必死にマナの元へと駆けてくる。
マナは空の様子を窺いながらも、岩の隙間の奥にある一段高くなった場所へとよじ登り、シーニャがたどり着くのを今か今かと祈るように待つ。
幸いガーヴァルに見つかることなく岩場へとたどり着く事ができたシーニャ。
マナは息の荒い彼女に手を差し伸べて、休む間も与えずに段上へといざなう。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
肩で息をするシーニャ。
対するマナも走るのが得意とはいえ、全力疾走しているので息は乱れている。
だがシーニャ程ではなく、もう息は整っていった。
「少し休もうか。ここならガーヴァルに見つかってもなんとかなるし」
大岩と大岩の隙間。
山のように巨大な岩と岩が隣り合っていて、その間が洞窟のようになって先へと続いている。
視界の先に所々光が漏れているので、洞窟のようにどこまでも天井が繋がっているという事では無いが、それでもガーヴァルの触手が届かない距離があるという事はありがたい。
「ふーっ、ほっ! はふぅ」
「し、シーニャ? 大丈夫!?」
なんか独特の呼吸法を実践しているシーニャ。
顔は赤く、走ったことで血行が良くなっている。そんな様子が肌の白いシーニャではよくわかる。
「んーん、大丈夫だよ。早く先に進まないとだから行こう?」
不思議な呼吸法のおかげだろうか。確かに今のシーニャは僅かに顔は赤いものの、いつもの笑顔を浮かべており、まだまだ行けるぞ、という気概も見える。
思ったよりも体力がある。マナは未だ定まらない自分の中のシーニャの評価を改める。
「分かった。それじゃあ行こうか」
そう言って休憩もそこそこに再び歩を進めることにした。
岩の隙間を抜けて再び大木の影の間を走り抜けていく。
そして、いくらかの大木を抜けて山を越えた。
その先は、体が全部隠れてしまうほどの背丈の草が一面に茂っている場所だった。
ここならガーヴァルにも見つかりにくいという事で、二人は茂みの中を歩いて進むことにした。
「やっぱり歩いて進めるのはいいよね。気を抜いちゃいけないんだけど、少しだけ気がぬけちゃう」
先を行くマナが口を開く。
周りを覆われているというのは安心感がある。柔らかい草とはいえ、天敵から姿を隠してくれるものがあるというのは安心感が違う。
「……」
ワサワサと手で草をかき分けながら進んで行くマナ。そしてそれに続くシーニャ。
「もうすぐ日も暮れるから、どこか固い所をさがさないとね」
「……」
「シーニャ?」
そう言えばさっきから反応が無いなと思い、ふと視線を後ろのシーニャに向ける。
その瞬間、後ろを歩いていたシーニャの足がもつれて、ドタンと地面に倒れ込んだのだ。
「シーニャっ!」
急いで駆け寄ったマナは、自力で立ち上がることが出来ないほど憔悴したシーニャの体を抱き起す。
「だ、だいじょうぶ、だから……」
「どこが大丈夫なのっ!」
どう見ても大丈夫ではない。疲労困憊で歩くことも出来ない程であり重症の部類に入る。
「まだ、行ける……。先に、進まないと……」
それでもなおシーニャは進もうと言うのだ。
「なんで言ってくれなかったの! こんなになるまで、どうして!」
マナの言葉は自分に向けたものでもあった。
どうして気づいてあげられなかったのか。どうして気遣ってあげられなかったのか。
そんな思いがマナの胸を締め付ける。
「マナに……置いて、行かれたくなかった……から……」
蚊の鳴くような小さな声。
「えっ? 何?」
その声は残念ながらマナの耳には入らなかった。
マナの求めに応じて理由を口にしたが、聞こえないのでは許してもらえそうにもない。
仕方なくシーニャはもう一度口を開く。
「先に進みたかったから……。少しでも先に……、楽園に……」
最初の言葉と違う。
一度口に出してみたものの、躊躇いが発生したため、当たり障りのない事に変えたのだ。
とはいえこの言葉も間違ってはいない。シーニャの中の大切な気持ちの一つだ。
「バカ! 倒れたら何の意味も無い! 倒れるよりも休み休み進む方が結果として長く行けるんだから!」
そんなシーニャの思いも知らず、心配心を爆発させたマナは捲し立てる。
シーニャへの心配と自分への不甲斐なさがこじれてしまったこともあり、 本気で怒っているのだ。
「……」
そんなマナにシーニャは言葉を返すことが出来ない。
その様子に、マナはシーニャが反省してくれたのだと思った。
しかしながら、シーニャが辛そうな表情をしていたのもつかの間。息が整ってきたのを境にニコニコと笑顔を浮かべるようになった。
「シーニャ、反省してるの?」
もしかして自分の思いは届かなかったのだろうか。もう一度強く言った方がいいのか、そう思ってると、ニコニコ顔のシーニャが先に口を開いた。
「だって、すごく元気だったの。走るのも速くって、今までと違ってすごく。マナと一緒だからなのかな? でも、もうちょっとしたら休もうと思ってた。本当だよ。もうちょっと、もうちょっと、って思ってたら、どこまでも行けて……。えへ」
「ん~~~~~っ!」
あざとい笑顔を間近で見たマナは、何とも言えない声をあげた。
体中を熱がぐるぐると回る。反省してないから怒りたい、でも可愛いから許したい。
だけど、しっかり言っておかなければ今後も苦労する、でも可愛いから許したい。
「ん~~~ん~~~んん~~~~っ!」
ぐるぐる回る思いを消化できずに声を上げ続ける。
「マナ?」
急に突飛押しな声を上げてどうしたの? と首をかしげるシーニャ。
「な、なんでも、な~~いっ!」
そうやって声を出して、マナはもっと怒りたかった思いを無理やり消化させた。
「ほら、お水。それとお腹も減ってるんでしょ。全然食べてないの見てたからね」
気を取り直すと、マナは小さな水袋と干し芋を懐から取り出してシーニャに手渡す。
「うん、ありがとう。少しでも節約しなきゃって思ったから……」
着の身着のままでホラの町から逃げた二人は、長旅の準備ができていなかった。
かろうじて機転を利かせたマナが持って逃げた食料と、シーニャの肩掛けカバンに入っている僅かな食料だけが残りの食べ物だ。
二人はそれを出して見せ合って、二人で少しずつ食べることにしていたのだ。
食べる量が少なければそれだけ長持ちさせられる。
食べてる素振りを見せて実は食べていなかったシーニャの様子には気づいていたが、強く口をはさめずにもいた。
「しっかり食べて。水も飲んで」
迷惑をかけた手前、シーニャはもきゅもきゅと小さな口で干し芋をかじって咀嚼し始める。
そんな様子がなんだか可愛らしいなと思ったマナ。
「これからはすぐに言ってよ。遠慮はしなくていいから」
「わかった。ありがとう。心配してくれて」
ニコリと純粋な笑顔を向けるシーニャ。
そんな混じりっけなしの好意を向けられたマナは心臓がドキリと高鳴って――
「べっ、別に心配なんかしてないから! 倒れられたら迷惑だしぃ?」
そっぽ向いてやたらと否定的な言葉を口からひねり出してしまう。
「うん」
そんなマナの様子を見て、一言だけシーニャはつぶやいた。
その表情は全てを悟ったようなそうでないような。ただ、ニコニコとしていたシーニャの様子に、マナは再び思ってもいない事を口から紡ぎ出してしまうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
見ず知らずだった二人の女の子が互いを理解しようとする様子。尊いですね!
お忘れかもしれませんが、このお話はガールズラブです!
次回もお楽しみに!




