聖霊たちは善良な人々である
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
ガリーは、ヴィクトリアを信用していなかった。
それは当然のことだった。
記憶を失っているとはいえ、腕の中のこの女は、かつて数えきれないほどの人々を殺した皇帝なのだ。
その事実は消えない。
夜の森を、二人は黙って歩いていた。
空は雲に覆われ、月の光すらほとんど届かない。
木々は高く、枝葉が絡み合い、風が通るたびに不気味な軋み声を立てていた。
ヴィクトリアはふらついた。
「……あ……」
ガリーは無言で彼女の腕を支えた。
彼女の体は驚くほど弱っていた。
城で見た時からそうだったが、歩き続けたことでさらに限界に近づいている。
――空腹だ。
ガリー自身も同じだった。
城に突入してから、何も口にしていない。
戦闘、逃走、そして夜の森。
体力は確実に削られていた。
「……お腹、すいた……」
ヴィクトリアが小さく呟いた。
子供のような声だった。
ガリーは何も答えない。
ただ周囲を警戒しながら歩き続けた。
だが、やがて彼も足を止めた。
これ以上進めば、倒れる。
森の奥は、夜になると冷え込みが激しい。
焚き火を起こす余裕もない。
このままでは、空腹と寒さで夜を越えられない可能性もあった。
その時だった。
「こんばんは」
小さな声が、どこからか聞こえた。
ガリーは即座に剣の柄に手をかけた。
「誰だ」
すると、暗闇の中で、ぽつりと光が灯った。
次にもう一つ。
そして三つ、四つ、五つ。
淡い金色の光だった。
それは――
小さな存在だった。
手のひらよりも小さく、透き通った身体を持つ人型の精霊。
背中には、蛍のような光の羽が生えている。
「怖がらないでください」
「私たちは、聖なる小精霊です」
「この森に住んでいます」
彼らは空中をふわふわと漂いながら、ガリーとヴィクトリアの前に集まった。
ガリーは目を細めた。
精霊。
この世界では珍しくない存在だ。
だが――
「……何の用だ」
「あなたたち、とても疲れているみたいなので」
「お腹もすいているでしょう?」
図星だった。
精霊の一人が、にこりと笑った。
「取引をしませんか?」
ガリーは沈黙したまま、その続きを待った。
「この森の夜は、とても寒いんです」
「私たちは小さいので、暖かい場所が必要です」
「でも、いい隠れ家が見つからなくて……」
精霊たちは互いに顔を見合わせ、そして言った。
「だから、あなたたちの中に住ませてください」
「……中?」
「はい」
小精霊は、当然のように答えた。
「あなたたちの胃の中です」
ヴィクトリアがぽかんと口を開けた。
「え……?」
だが精霊たちは続ける。
「その代わり、私たちが食べ物を集めてきます」
「果実でも、木の実でも、小さな獣でも」
「あなたたちが生きていけるだけの食料を、毎日運びます」
森は広い。
人間が食料を見つけるのは難しい。
だが小さな精霊なら、どこへでも入り込める。
合理的な取引だった。
ヴィクトリアは不安そうにガリーを見上げた。
「……どうするの?」
ガリーはしばらく考えた。
罠の可能性もある。
だが、このままでは二人とも倒れる。
そして何より――
精霊は、嘘をつく種族ではない。
「……いいだろう」
ガリーは低く言った。
「条件を受け入れる」
小精霊たちは歓声を上げた。
「やった!」
「助かります!」
「ありがとうございます!」
その夜。
小精霊たちは、信じられないほどの速さで森を飛び回り、食料を集めてきた。
木の実。
果実。
小さな鳥。
ガリーとヴィクトリアは、久しぶりに腹いっぱい食べた。
そして食事が終わると。
「では、失礼しますね」
小精霊たちは、次々と光の粒になり――
ガリーとヴィクトリアの口から、体の中へと入っていった。
「……!」
ヴィクトリアは驚いたが、痛みはなかった。
むしろ。
体の奥に、ほのかな温もりが広がっていく。
胃の中。
そこでは、小精霊たちが忙しく動き回っていた。
彼らは光の糸を編み、葉や小枝を組み合わせ、家を作り始めた。
やがて。
小さな家々が並び、道ができ、広場ができた。
ガリーの胃の中にも。
ヴィクトリアの胃の中にも。
精霊たちの小さな村が生まれていた。
「ここなら暖かい」
「外よりずっといい!」
「おやすみなさい!」
小精霊たちは満足そうに笑い、
それぞれの家に入って眠りについた。
森の夜は冷たい。
だが、ガリーとヴィクトリアの体の中には、
小さな光の村が灯っていた。
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