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扶余からの報告(一)

 遼東に陣取る大元の軍勢は、契丹軍と小競り合いを続けていた。


 高麗軍は大元を支援し、時折その小競り合いに加勢することもあった。高麗は定安ではなく大元を選んだということなのだろうか。


 怒った定安軍の将軍達。遼東に舞い戻ってくると、大元軍に攻撃を始めた。


 すると、何故か高麗は大元に加勢しなくなった。


 なんとも不思議な光景が広がっていた。


 渤海人どうし、大氏軍と定安軍に分かれて、戦闘が繰り返されている。


 それを目にした契丹が大笑いしている。そんな契丹を攻撃するのは、遼東まで進軍してきた高麗軍であった。


「渤海人め、いったい何してる?」


 高麗軍は怒っていた。


 大氏軍と定安軍の戦闘はしばらく続いたが、秋になってついに決着がついた。


 定安軍が勝利したのである。


 定安は大元を蹴散らし、再び遼東周辺を占拠することに成功した。


 そんな定安に高麗は呆れた。


 大元は鴨緑江の方へ逃げた。


 定安軍は大元を生け捕りにしようと躍起になったが、見つからず、おそらく高麗が匿っているのだろうとの結論に至った。


「くそっ!高麗め!討ってやろうか!」


 そうは思うが、高麗は大元にも定安にも加勢せず、黙々と契丹と戦っていた。そんな高麗に、攻撃など有り得ない。


「しかし、胡散臭さは拭えぬ。契丹と決着したら、いずれ高麗とは戦になるだろう」


 そう将軍達が言い合っているところに、扶余から急報が届いた。


「契丹が扶余府に侵攻!至急扶余へ馳せられよ!」


 その絶望的な知らせに、将軍達は仰天した。


「間違いだろ?目の前に奴らはいるぞ」


 目の前の遼水の向こう岸に、契丹軍がのんびり昼飯の支度をしている。


 だが、続いて扶余城主からも援軍依頼の使者が、さらに心海の使者まで来た。


「契丹の扶余侵攻は事実か?」


「高心海だと?奴は王命を無視し、遼東に現れず、どこに行ったかと思えば、扶余にいたか!」


「心海の言葉が正しかった……」


「いいや!奴は契丹は扶余に攻め入るとは言ったが、河川の凍る冬だと断言した!それがどうだ?まだ秋だぞ!」


 焦り慌てる将軍達だが、とにかく急いで扶余へ行かなければならない。張大将軍が高麗へも協力を要請した。


「渤海人どうしが争っているのを見て、契丹は扶余侵攻を早めたのだろう。渤海人が遼東に釘付けになっている隙にと」


 高麗ではそう言い合って、定安の要請に従わない方針だ。


「この度の定安の危機は自業自得というもの。愚かな定安が自分で招いた運命に、どうして我等が巻き添えになれよう。高麗は高麗自身のことを第一に考えるのが当然というもの」


 そういうわけで、張大将軍からの要請にはこう答えた。


「高麗軍は西京鴨緑府にて後陣を任されたい」


 その回答に定安は驚いて、重ねて要請した。


「定安軍と高麗軍、どちらも扶余へ向かわねば、兵数が足りぬ。いや、高麗軍も共に来てくれれば、契丹に勝利することができるのだ」


 しかし、高麗の答えに変化はない。


「契丹は全軍扶余に向かったわけではない。なお遼水に陣を張っているのだ。我等まで扶余へ向かい、遼東を留守にしては、それこそ遼水の敵がしめたとこちらへ乗り込んでこよう。遼東は契丹に奪われる。それどころか、遼東を手にした契丹軍が鴨緑府まで進んできたら、それこそ高麗にとっても定安にとっても危機よ。正面には扶余に侵攻中の敵、背後にも鴨緑府まで進んだ敵を持つことになる。また、敵が鴨緑府に至れば、定安は都に侵入される危険が生じ、我等も鴨緑江を越えられ、国内に侵攻される危険が生じる」


 高麗はどうあっても扶余に行く気はない。


「それでは定安は契丹に負けてしまうかもしれない。扶余を敵に奪われれば、それこそ都に侵攻される危機が生じる。高麗とて、直接敵とあたることになる。もはや他人事と、傍観できなくなるのだぞ」


 定安はなおもしつこく言い募ったが、


「それ故、我等が鴨緑府にて後陣を務めると言っているのだ。鴨緑府で敵を食い止め、定安の都にも入れさせぬし、鴨緑江も越えさせぬ」


 結局、高麗を扶余に向かわせることはできなかった。


 高麗は変わらず遼東に陣を置き、扶余の戦況の変化に応じて、即座に西京鴨緑府方面へ移動できるような態勢を整えた。


 定安は単独で契丹と戦うことになった。


 遼東にいた定安軍は速やかに扶余へ向かい、秋のうちには戦場に到着できたが、この時すでに、扶余府の軍勢は初戦に敗れていた。


 心海は以前、王から遼東へ向かうよう命令されていたが、それに逆らっていた。定安軍が皆遼東へ向かう中、心海の率いる軍勢のみは扶余府に来ていたのである。


 心海は王命に逆らい続け、扶余軍と協力して、やがて来るであろう契丹軍に備えていた。


「本当はこちらから契丹に攻め込んで行って、敵の背後を襲うのが望ましいのだが、何しろこちらの兵数が足りない。仕方ない。契丹は必ず扶余に侵攻してくるはずだから、それに備えておこう。敵は冬を待っている。おそらく、扶余への侵攻開始は晩秋だ。時間はまだある。しっかり準備しておけば、そうそう簡単にはやられない」


 心海の意見は扶余府の人間にはすんなり受け入れられた。


 早くから軍を整え、演習を重ねた結果、特に優れた機動力を身につけることができた。


 また、軍事拠点となる砦をしっかり整備し、地形を調査し、随所に罠をしかけたり、勿論、武器も多数準備した。また、敵の弱点をついた武器の開発なども進めたのである。


 それらは心海の指導で進められ、開戦後の作戦も練られた。


 そうして準備を進めたが、予想よりも早く敵は現れた。


 準備はそのため完璧ではなかった。だが、刻一刻と変化する戦況に合わせて、心海が様々な戦術を駆使した結果、敗れはしたものの、決定的な敗北にはならずに済んだ。


 契丹にはまだ国境線の内側深くまでの侵攻を許していない。


 そこへ現れた定安軍。


「遅いお着きで」


 扶余城主は嫌味を口にした。彼は烏氏で、王と同族である。


 張大将軍達は明らかに嫌そうに顔を歪めたが、心海の姿を目にすると、複雑そうにした。


「貴様、王命に逆らい続けて、ただで済むと思うなよ」


 一人、そう言った者がいたが、心海は鼻で笑った。


「どうです?私の言った通りだったでしょう?」


とは言わない。だが、口にはしなくても、顔がそう言っていた。


「なるほど、王命に逆らった者の献策など受け入れては頂けないのでしょうな」


 代わりに心海が口にした言葉はそれであった。


 相手はかっとなる。


「何を?王命に逆らった者は、本来ならば捕らえられ、獄に放り込まれるところだ」


「何ですって?冗談ではありませんよ。高司賓卿を我らに協力させないつもりですか?」


 横から烏城主が反論すると、定安の将軍達はますます渋い顔になった。


「そういうわけですから、以後、私に発言する権利はなさそうです」


 心海は烏城主にこそっと言って、将軍達に薄ら笑いを投げると、その場を去って行く。


「待て!」


 張大将軍が大声で呼び止めたが、心海は振り返らなかった。


「高司賓卿を捕らえる気ですか?彼に意見させない気ですか?困りますよ!彼がいなかったら、我々は破滅です!」


 城主は張大将軍に訴える。


「王命に従わなかった者の罪は問われてしかるべきです。しかし、司賓卿の予想通りに戦は進んでいます。扶余軍だけで敵をくい止められたのも、司賓卿と扶余軍の努力があったからでしょう。功績のある彼を捕らえはしません」


「当然です!」


 定安軍が見当違いな無駄な戦をしている中、危険に曝された扶余を助けに来てくれたのは心海なのだからと、城主の眼が言っている。


「だが、彼は和を乱す」


 張大将軍はそう呟いて目を伏せた。


 実際、定安軍も加わっての戦が始まると、定安の将軍達は心海の助言に耳を貸さなかった。心海は予想していたのであろう、契丹との小競り合いの後、張大将軍の陣を訪れ、頼み込んだ。


「私を扶余軍の一陣に加えて頂きたいのです。我が軍は、扶余軍と共に鍛錬を積み、戦いました。扶余軍と連携する方が、足並み揃わない定安軍の中にいるより、良いと思うのです」


 張大将軍は心海がいない方が、無駄な争いを避けられると思い、承諾した。


「扶余軍はきっと我々を良く思っていない。扶余軍が危険な目に遭うことを予想していながら、援軍に駆けつけて来ず、遼東に行ってしまったと、恨んでいよう。もともと扶余は契丹に従っていたし、城主は定安の版図に入ることを嫌がり、定安国扶余府ではなく、扶余国ならんと欲していた。戦況によっては、あっさり契丹に寝返り、定安を裏切るだろう。それをくい止めてくれ」


 張大将軍はかえって心海にそんなことを頼んだ。


 心海はあくまで定安人である。自らが選んで王の座に据えた人が治める国である。


 どんなに定安人たちに嫌われようと、心海にとっては定安の国益が最も大事なのであり、誰よりも王に忠実なのである。


 たとえ心海に対して物分かりのよい扶余であっても、定安国以上に大事な存在では有り得なかった。


「かしこまりました」


 理不尽な定安軍に、彼は忠義を新たに誓い、張大将軍の頼みを快諾した。

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