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初恋(二)

 耶津が心海に宛てた手紙には、どのようなことが書かれてあるのか。


 助命を請いはしなかったが、同じようなことは書かれていた。


 つまり、一緒に改革しないかという誘いの手紙である。


 王を放伐しようと思ったのは、政治を改革したかったからで、決して王になって威張り散らしたいとか、贅沢したいのではない。


 戦を起こして国を滅ぼし、新しく建国している時ではないから、改革するべきなのである。


 しかし、朝臣達はそのまま留まっているわけだから、色々な考えの人がいるわけで、臣下の立場にあっては、いくら大臣でも思うような改革はできないだろう。考えの違う者に、必ず足を引っ張られる。


 では、どうすれば、自分の望む通りの改革ができるのか。それは、自らが王になることである。


 今回、自分が起こした放伐の形が、一番国に負担をかけないやり方のはずだ。必要最低限の犠牲、損失で改革できる方法のはず。


 耶津は手紙でそう言っていた。


 今、朝廷内を見るに、いくつかの考えの人々がいる。


 特に何もしようとせず、己の懐肥やしに専念していたのが、前大内相や左相らの大多数派だ。しかし、彼等は朝廷を追われた。


 残った人々で、若い面々は、大農卿のもとに集まっている。彼等は現体制を維持したいと思っている。ただ、政治の腐敗は改めたいとしている。そして、貿易で国力を上げたいとし、戦には消極的だ。


 一方の右相は、現体制を維持したいが、軍事を強化するべきだとしている。高麗との強固な結束を目指している。


 司賓卿は現体制をぶち壊したがっている。そもそもこの人は、この国に属する人間と言ってよいものとは思えない。国外に散らばった大氏と繋がっており、現体制を倒し、大氏王統復古が成れば、それでよしとしている。大氏にはこの上ない忠臣だろうが、大氏を王位に就けることしか頭になく、政治にも軍事にも経済にも、全く関心がない。


 こんな司賓卿は危険以外の何物でもなく、すぐに切り捨てるべきであるし、大農卿の平和主義では国を外敵から守れない。


 また、位置的に考えて、高麗と結ぶより、扶余府を寝返らせ、女真と結ぶ方がよい。そして、いざという時に援軍を頼りにできるのは宋である。


 宋の皇帝に朝貢するべきだ。


 この考えは、心海と同じではないだろうか。色々な考えの人いるが、心海とだけは同じものを目指しているという自負がある。


 だから、一緒に改革をしたい。心海となら、一緒にできる筈だ。


 手を組もうではないか。


 心海だって、何れ同じことをするつもりだろう。


 いずれ、現王を放伐するつもりなのだろう。だったら、共にやるべきだ。


 耶津はそう書いていたのだった。言外に命乞いしていた。






 理那は勇気がなかったが、それでも他人宛ての手紙を破棄するわけにもいかない。また、握り潰しては、父を助けてくれた耶津への義理を欠く。


 迷いながら、惑いながらも出かけた。夜道をふらり。さ迷う。


(どうしたら……)


 懐に抱く手紙が異様に重い。


 夜空を見上げれば、満天の星。無数の星を見て、前にもこんな気持ちで星を見上げたことを思い出し、


「そうだわ!宇成!」


と、急に閃いた。


 耶津からは、心海に直接渡すように言われていたが、宇成になら、預けても構わないのではなかろうか。


 もう心海の家の近くまで来ていたが、急に宇成宅に行こうと思い立った時であった。


 偶然にしては、天というものは悪戯が過ぎる。


 彼方にその宇成が見えたのだ。宇成は心海の家の方角へ、早足で向かっている。


「嘘でしょう?」


 理那は頭が真っ白になった。知らず、小走りに追っていた。


 何も考えていない。勝手に足が動いている。


 宇成がちょうど心海宅の門前に至った時、彼は追いかけてくる人の気配を知った。


 足音のする方角を振り返って驚愕する。


 時が時だけに、また心海から何か密命を受けているのかもしれない。何度か心海宅前で見かけた女に、宇成は警戒した。


 珍しく鋭い眼差しになり、懐の護身刀に手をやった。理那を睨みつけ、


「また貴女か」


と低く言った。


 理那は急に怖じ気づいた顔になった。


「いったい何者だ?何故、高先生をつけ狙う?」


「つ、つけ狙うなど……」


「誰です?名乗られよっ!」


「つ、つけ狙ってなどいないわ!これを渡して、心海様に!」


 理那は手紙を取り出し、宇成の胸に押し付ける。


「何です?」


「いいから、渡して!昔耶津に会うなと伝えて!」


 理那はそう言うと、踵を返して走り出す。


「待て!貴女は誰なんだ?」


 宇成が後を追いかけようと一歩踏み出したが、その拍子に手紙が落ちた。さらに突風に手紙が飛ばされ、慌てて追い、拾う間に理那はもうずっと遠くまで走り去っていた。追いつけそうにない距離に。


「くそっ!あの女!」


 宇成は追うのを諦めるしかなかった。


 昔耶津に会うな。


 そんなことを言う女。とても普通とは思えない。


 理那は耶津が心海に宛てた手紙を見たわけではなかったが、何となく内容は予想できた。


 以前、左相宅で会って話をした時、理那は耶津の危険さを知った。


 耶津の目指すもの。心海の目指すもの。


 それを思うと、心海は耶津に会うべきでないと思う。これは罠でさえ思えるのだ、耶津の。


 だから、耶津に会うなとの言伝てを頼んだのだが、宇成は理那が何者か知らないし、彼女が危険としか思えない。だが、何やら怪しい手紙を預けられた。心海に渡して、女への警戒を訴えねばと、心海宅の門を潜る。


 心海は今、寝る時間さえなく、帰宅する時間など、無論ない。それでも、僅かな時間の隙に帰る計画だ。


 とはいえ、帰宅は休むためではなく、公の場ではできないようなことをするためのものである。内密に動かしている私兵に新たに指令し、宇成などからの報告を受ける。


 宇成が庭に入ると、ちょうど心海が帰宅したところであった。


「おお、宇成。そなたの方が少し早かったみたいだな」


 背後から声をかけられ、宇成が振り返ると、門を潜った心海の顔が夜目にもはっきりと見えた。


 ひどくくたびれた顔。目の下が黒い。


「先生、大丈夫ですか?隈ができてますよ!」


 宇成が案じると、心海は苦笑した。


「そりゃ、男前が台無しだな」


 ふと、何故か理那を思い出し、冗談を言った。


「私は色白だから、隈は人一倍目立ちそうだ」


「先生」


 休めと言いたいが、そんなことは聞かないだろうから、宇成も心海の冗談に笑って付き合うしかない。


 やがて、二人はふざけあいながら、家の中に入った。

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