放伐(三)
「ところで、お話があります」
烏公と二人きりになると、心海は、近衛軍と反乱軍の遺体の海の中、眉一つ動かさずに言う。
「前大内相派を一網打尽にしたら、彼等を高麗に送って下さい。そう、そのお役目は司賓卿がいい」
烏公は眉をつりあげた。
「何故だ?」
「今、高麗にいる方々と交換するのです」
さらに烏公は眼を見開く。
「何故だ?」
「この謀反、起こしたのは耶津なれど、実は耶津と同じ思いの者、多数であること、お気付きですか?」
「ふむ。実にけしからんことだが。確かに、最近急に、陛下に反感を抱く者が増えている」
「耶津を捕らえた者どもの多くが、実は、この放伐が成ったらよかったのにと思っているのです。しかし、もしも成っていたら、次の王は耶津でした。耶津を王にするわけには参りません。だから、放伐を阻止したわけでして」
「……」
あまりのことに、烏公は言葉を失った。
「では、誰が王なら、皆が妥協するのかというと、それは大氏です。才能乏しき人であったとしても、大氏一族の人であるなら、その血統のみで、皆に妥協してもらえるでしょう」
「そなた、いったい……?」
「閣下。貴方様の忠義はよく存じております。なれど、皆の思いも受け入れて下さい。王は今、宮中にいらっしゃいません。このまま放伐を……」
「馬鹿なっ!」
「現王を放伐し、国外にいる大氏をお迎えすると仰って下さい。前大内相派は現王の支持者。高麗に送り、代わりに、今高麗にいる人達を呼び戻すと仰って下さい。高麗の人々は大氏支持が多いのです。司賓卿を遣って、迎えに行かせて下さい。現王放伐は、廷臣の殆どが内心望んでいることなのです。放伐し、皆が妥協して玉座に迎えられる者を新しい王に!何卒、何卒!」
「……」
「王不在の宮中で、今、最高権力者は貴方様なのです。どうか王放伐のご命令を!私が直に王を討って参ります。ですから!」
「心海……!」
烏公は遺体の海の中を、途方に暮れながら漂流していた。
夜になったが、なお烏公は心海へ返答できずにいた。
夜に入って、続々と謀反人達が捕らえられ、連行されてくる。
烏公はそれらの面々を横目に見ながら、苦患の表情を浮かべていた。
一方、国王・烈万華は、なおまだ宮中の外にいる。少なくとも今夜は帰れそうにない。
王は弥勒寺の奥院にいた。
今朝、烏公が対面を申し出てきたと思ったら、いきなり謀反の気配ありと告げられた。敵に気付かれぬよう、こっそり逃げろと言われて。そして、烏公は一人の男を王に預けたのだ。それが、先頃追い出した心海だったのだから、驚いた。
しかし、心海はそのことを恨んでいる様子もなく、王を安全に導き、この弥勒寺まで連れてきたのである。
そして、心海は弥勒寺の周囲を兵で囲って、厳重に警備させた。
今日は一日、庶民の弥勒寺拝観は許されていない。もっとも、寺にやってきた者は皆、物々しい異様な光景に仰天して、逃げ帰ったが。
寺は周囲ばかりでなく、境内も兵達で埋め尽くされていた。
それでも不安は残る。心海は王を麓の境内に留めておくべきではないとして、裏山を登らせ、奥院に導いた。奥院は裏山の頂にある。
奥院は最も敵の手から遠い所。間違っても、ここまでは敵の手も及ばないだろう。
心海が密かに軍を動かし、王を寺に避難させていた頃、それとは知らず、耶津は宮中に向かって進軍していたのだった。もし、弥勒寺に回り道していたら、彼の放伐は成っていたかもしれないが。
さて、奥院に避難してきたのは、王ただ一人の身ではなかった。王族も揃って皆ここにいた。
「いつまでここにいなくてはならないのかしら」
妃が不安げに呟いた。王の孫の幼い公主など、もう飽きて、
「早く帰りたい!」
と、駄々をこねている。
「謀反人が全員捕まるまでは、帰れまい」
さらに、安定するまでにはしばらくかかるだろう。数日はここに籠もらなければならないかもしれないと、王自身は覚悟していたが、幼い子にはなかなか堪え難いに違いない。
「どうなったのだ?反乱軍は制圧されたのか?謀反人は?様子を聞いてこい」
王は側近に命じた。
どういうわけか、情報があまり入ってこない。これでは妃が不安がるのも当然だ。
側近はすぐに麓へ下りて行った。
麓の境内には沢山の護衛兵がいる。それぞれの部隊を率いる将軍達が、闊歩している姿が見えた。
王の側近は、将軍の一人に声をかけるが、将軍達にもあまり状況は伝わっていないらしく、
「さあ。反乱は制圧されたが、近衛軍が全滅したとか。その後の進展は伝わっていない」
と、素っ気ないくらいの調子である。
側近が立ち去ると、この将軍は盛大に溜め息をついた。
この境内で王を護衛している者の中にも、反乱軍と同じ気持ちの者は少なくない。
首謀者が耶津で、彼自身が王位を簒奪するつもりだというから、それを阻止するために、王の護衛をしたが、簒奪するのが耶津でないなら、放伐に手を貸したい。そんな気分なのである。
この将軍は、どさくさに今、王を殺ってしまった方が、手っ取り早いのではないかとさえ思っていた。しかし。
(心海め。あいつ、なんだってこんな場所に)
将軍は心海に心で悪態つく。
将軍ばかりでない、皆、仏教徒なのだ。熱心な信徒。
寺で殺生などできまい。
王が弥勒寺にいる限り、誰も王を殺せない。
わざわざこんな場所を避難先に選んで。心海は何を考えているのかと思うのだ。
謀反人追捕は翌日になっても続いていたが、何故か連行された人の中に、李公も含まれていた。
李公は全く関係ない。蚊帳の外もいい所だ。
それが捕らえられたというのだから。
「高心海め!あやつ、どさくさに!許さん!」
李公はさんざん喚き散らして連行された。
耶津はずっと獄に繋がれていたが、聡い彼はさすが、獄舎にいても手に取るように状況が把握できる。取り調べを受けた時に、
「李公は関係ありませんよ」
と言ってくれた。
他にも、李公は無関係だという証言があったことから、李公はすぐに赦免された。
李公の身を受け取りに来たのは、理那であった。
「やれ、耶津のおかげで命拾いしたわい」
李公は謀反の首謀者に感謝し、家に帰って行く。
理那は気掛かりだった。
監視の者に袖の下を渡すと、耶津の獄舎を訪ねていた。
「おう!やはりいらっしゃいましたね」
律儀な理那なら、礼を言いに来るだろうと思っていた。耶津は読みが当たって、喜んでいる。
「父のこと、有難うございました。おかげで父は放免されました。何と御礼申し上げたらよいやら」
その言葉を待っていたとばかりに、耶津は身を乗りだした。
「もし本当に私に感謝して下さっているなら、心海に会わせて下さい」
「え……」
明らかに当惑している理那。
「心海に会わせて下さい。是が非でも会いたい。いや、会わねばならぬ!」
耶津はそう言うと、懐を探る。
こんな獄舎で、いつの間に書いたのか、手紙を取り出していた。
「これを心海に渡して下さい」
手紙は二通あった。
「こちらは理那殿に。時間がない。だから、お話ししたいことを手紙にしておきました。必ず読んで、そして、もう一通の方を心海に」
「でも……」
「会わせて下さい。いや、会って下さい。会って心海にこの手紙を渡して。会って。いや、貴女も心海に会わねば駄目なのだ!」
「でも……!」
「理那殿。貴女は私には眩しかった。襤褸を着て門を拭いていても。いや、だからこそ。憧れだった。貴女がとても羨ましかった。貴女は大農卿なんかと結婚してはいけません。読めばわかる。どうか読んで下さい。そして、心海に会って」




