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放伐(二)

 帰京したその日、心海は司賓卿を訪ねていたのであった。そして、その場で抱き込みに成功していたのである。


「決行は三日後だ」


 司賓卿はその場で、謀反の計画を教えてくれた。


 心海は、いったいどんな魔法を使ったのであろうか。それは、高麗に秘密がある。


「私は烏公にお仕えしていますが、決して烏公のような忠臣ではないのです。私も、貴方様同様、現王を放伐したいと思っています。どうでしょう?昔耶津と手を切り、私と組みませんか?」


 心海はこう話を切り出したのであった。


「なんで貴様と?」


 最初、司賓卿は当然のように反発したが、次第に心海の術中に嵌って行った。


「昔耶津と組んでも私と組んでも、現王を放伐することはできるでしょう。しかし、昔耶津と組んでいては、大氏の王位復権は成りません」


「何故だ?」


「王を放伐後、その玉座に取って代わるのは、昔耶津だからです。我が国の王統は、ただ単に烈氏から昔氏に移るだけです」


「何だって!?」


「貴方様はいいように利用されているだけなのですよ。昔耶津は王を放伐し、自らが王となったら、貴方様を殺し、前大内相達をごっそり朝廷に呼び戻すつもりです。貴方様も私も、奴に殺される運命なのですよ。そして、永遠に大氏の王統には戻らない」


「では、どうすれば?」


「ですから、私と。私と手を組んで頂きたい」


「貴様なら、王を放伐し、昔耶津の野望を阻止し、王統を正しい姿に戻せると言うのか?」


「御意」


 それでも疑っている司賓卿に、ここで心海は魔法をかけたのだった。高麗の。


「お入り下さい」


 戸口に向かって、心海は呼びかけた。


 心海が伴ってきた人物があった。戸の外で待たせていた。


 心海の呼びかけに、すぐにその戸が開いて、初老の男が入ってきた。


「や?」


 男は司賓卿に頭を下げた。どこか見覚えがあった。


「私の祖父が国を追われて去り、高麗人となったことはご存知でしょうか?」


 心海は司賓卿にそう尋ねた。


「ああ、知っているとも。あれは王のせいだ。王は貴様の祖父が不忠であるとして、追い出したのだ。大氏に忠義であるとして」


「そうです。我が国建国の折、烈氏の王位簒奪に異を唱えた人は、高麗に逃げた。この地に留まった中にも、内心、現王をよく思わない者も少なくありません。貴方様もそのお一人であり、私の祖父もそうです」


「そうだ。だが、私はそれをおくびにも出さなかった。私はいつか現王を討ち、真の王をお迎えしようと。そのために、国内にとどまった。準備のために。貴様の祖父は不憫なことであった」


 そこで、心海は伴っていた男を紹介した。


「李麒国様です。高麗からお連れ致しました。覚えていらっしゃいますか?」


 李麒国。


 彼の父は、この定安が建国された時、烈氏の王に反発して、数万の民とともに高麗に亡命した。司賓卿の上司であった人物である。


 李麒国はその時まだ子供であった。彼は父に連れられ、高麗人となったのだった。


 父は、高麗の地で没している。


 後からやってきた心海の祖父とは、かの地で、家族のような付き合いであったという。


「おお!あの幼かった麒国殿か?」


 どうりで見覚えがある筈だと思った。司賓卿は思いがけない再会に、感涙を流した。


「今、朝廷に人少なく。放伐が成ったら、高麗にいる彼等を呼び戻し、再び朝臣としては如何でしょう?高麗王としては、急に人が減っては困るでしょうから、前大内相達と交換するのです」


 心海がそう言うと、麒国も頷いた。


「我等は高麗にあっても、我が王を忘れたことはありません。我等は高麗で武芸の腕を研きました。今の偽王を放伐する折、是非、兵としてお使い下さい。そして、真の王を玉座にお迎えし、その後は未来永劫、真の王にお仕えしたいと思っています。皆そうです」


 麒国の話に感動し、遂に司賓卿は耶津を裏切り、心海と手を組んだのである。


 司賓卿を味方につけた心海の作戦は、耶津に計画通り放伐させることであった。


 心海は司賓卿に言う。


「貴方様は、決行の日にはどこかに身を潜めていて下さい。それだけで結構です」


「何もしないのか?」


「はい。我々はしばらく動く必要ありません。先ずは傍観していましょう。耶津が王を放伐してくれます。耶津は全力で近衛軍と戦うでしょうが、近衛軍も必死のはずですから、耶津は兵を消耗させるでしょう。しかし、耶津は準備してきているので、おそらく近衛軍が敗れます。そして、耶津は玉座まで攻め込むでしょう。そこで、我々の兵の出番です。消耗しきった近衛軍と耶津の私兵を、この世から消します。私が片付けますから、司賓卿はことが成るまで、くつろいでいて下さい」


「わかった」


 かくして、耶津の放伐は露見しつつも、順調に進んだのであった。


 司賓卿が心海の助言に従い、都のはずれの遊女屋に潜んでいた頃、宮中に攻め入った耶津は、近衛軍相手に奮闘していた。


 心海の予見通り、近衛軍の必死な抵抗を受け、耶津は苦戦を強いられている。数多の兵を失いながらも奮戦する耶津の脳裏に、心海の薄ら笑いが浮かんでいた。


(心海め。奴の罠か!)


 耶津は近衛軍と激突した時に、気づいていた。


 近衛軍は疲弊しきっている。反乱軍の疲弊も著しいが、それでもじりじりと着実に玉座に近づいていた。


(これでは共倒れだ)


 耶津は玉座まで至れそうな気はした。それは近衛軍の全滅を意味している。


 近衛軍の全滅。それは結構なことだが、耶津が玉座に至った時、同時に味方も残っていない気がした。


 まさしく、近衛軍と反乱軍の共倒れ。戦況はそれを予感させていた。


 思えば、ひどく簡単に宮中に入れた。


 洛中や宮中にいるはずの各軍は、いったいどうした?


 やはり、嵌められたのではないか。しかし、反乱軍として近衛軍と刃を交えてしまった以上、もう後には引けない。


 しかし、おそらく駄目だろうとは思いつつも、一言だけ言ってみた。敵の近衛軍に向かって。


「おい、近衛兵!我々を反乱軍と見做しているようだが、誠の謀反人は他にいるぞ。このまま戦い続けては、我々も近衛軍も共倒れだ!それを喜ぶ者は誰か!漁夫の利を得ようとする者がいることを忘れてはならぬ!」


「ほざくな!」


 思い通り、近衛軍は聞く耳を持たない。


「漁夫の利だと?そんなこと関係ないわ!王に刃向かう者は斬る!それだけのことだ。貴様らは謀反人!それだけのことだ!」


 やはり駄目だと思った。耶津はさらに刃を振るい、ついに玉座を目の前にする。


「無為無策の王に天誅を!」


 耶津はそう叫んだが、玉座に王の姿はなかった。


「くそっ!どこだ?」


 放伐すべき相手の不在に慌てた時、


「逆賊・昔耶津!」


と、向こうから大声が轟いたかと思うと、やがて軍を率いた御史大夫が現れた。何故かその傍らには大内相の烏玄明。いや、御史大夫を従えているといった様子に見えた。


「謀反人どもを捕らえよっ!」


 烏公が命じる。一斉に兵達が耶津目掛けて走り出す。


 反乱軍は近衛軍と戦い、疲弊しきっており。圧倒的な多勢相手に、もはや戦う気力を失っていた。


「耶津!観念せよ!」


 烏公の大声に。ずしゃりと膝から崩れ落ちたのであった。


 耶津は朴侍郎らと共に生け捕られ、獄舎に連行された。


「さて、と」


 謀反人全員が引っ立てられると、烏公はふうっと大きく息を吐いた。


 烏公はこの国の大内相。


 御史大夫が烏公に頭を下げて、次の指示を待っている。


 そこに、心海が現れた。


 王命により、宮中を追われた男。しかし、その男が宮中に入り込んでいても、咎める者はいない。


 王への不支持の表れである。


 心海は堂々と烏大内相の前まで進んできて、


「王の御身、無事、宮殿外にお移し致しました」


と告げる。


「ご苦労」


 烏公は心底ほっとしたような様子で答えた。


「思いがけない、俄かなる謀反で驚いたが、無事解決してよかった」


(忠義者。わかってないなあ)


 心海はそう思ったが、顔には出さず、さらにこう言った。


「今回の謀反、首謀者は耶津ですが、解官された前大内相派の者どもの共謀です。彼等を全員捕らえなければなりませぬ」


「うむ。御史大夫。逃亡される可能性がある。すぐにも捕らえて下され」


「はっ」


 御史大夫は軍を率いて足早に去って行く。


 烏公と心海はそれを見送っていた。

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