第8話:美少女爆誕。そして遅刻(恋愛編)
「ひかりー! 朝よー!」
母親の声が耳を打つ。
──その時点で、ひかりはすでに違和感に気づいていた。
(ん? 母親の声? てか私、魔王じゃなかったっけ?)
むにゃむにゃと瞼を開ける。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない天井と……
画面でしか見たことのない、紺色の制服――ズボン付き。
「……ズボン?」
見下ろすと、自分の脚には完璧にアイロンがかかった男子制服のスラックス。
「ちょっ、待っ……ちが……私、女なんだけどっ!?」
慌てて布団をかぶりなおし、再度目を閉じる。
「これはバグだ。絶対バグだ。女勇者だった私が、男子ルートに飛ばされるわけないじゃん……!
……二度寝するしかない……」
深呼吸一つ。再起動。
⸻
「ひかりっ! 起きないと間に合わないわよ!」
再び母親の声。今度はやや怒気混じり。
そっと目を開けると、制服が変わっていた。
今度は――ブレザーにチェック柄のスカート。
ひかりは静かに、だが力強くガッツポーズを決めた。
「よし、ガールズサイド、成功!!」
⸻
制服の質感は、過去にイベントで着たコスプレ衣装と同じ……いや、それ以上。
「これ……ガチの本物……!」
部屋を見渡す。
(えっ、すご。ベッドの位置、窓、ポスター、机、棚まである……)
かつてゲーム画面で“ワンカット固定”だったプレイヤーの部屋。
今、360度すべてが自分の空間として存在している。
ドキドキしながら、鏡の前へ。
「……なにこれ」
瞬間、ひかりのテンションは爆発した。
「超! 美少女じゃん!!
肌つるっつる! 髪サラッサラ! 顔ちっさ! 目でっか!
てか、見るからに10代! え、神様ありがとう!!」
思わずクルクルと回ってみる。スカートがふわっと揺れて、完璧だった。
「あぁ……これが、青春か……」
──と、感動に浸るその瞬間。
「ひっかぁーりーーー!!! 遅刻するわよ!!!」
「えっ、うそ。……何時!?」
時計を見る。
始業:8:30
現在:8:22
「……ギリギリどころか詰んでる!!!」
歯も磨いてない! 髪も整ってない! 靴下どこ!?
でも──
「やばい、やばいんだけど……めっちゃ楽しい!!」
青春の幕開けは、大遅刻寸前からスタートだった。