第6話:恋と破壊と堕落のはじまり
──玉座からの景色は、やっぱりつまらなかった。
「……で、私、何すればいいの?」
ひかりは大理石の階段に寝転び、王冠をクッション代わりにしていた。
「魔王様、ご指示を」
「魔王様、今日の侵攻目標は?」
「魔王様、朝食に生贄のハツが届いております」
「そんなもんいらんわ!スクランブルエッグで頼む!!」
配下の悪魔たちは、一斉に頭を垂れる。だが、彼女自身は困惑していた。
(魔王って……なにする人なの?)
勇者側だったときは、正義を信じて戦えばよかった。
でも、支配者側は「何もしなくても世界が動いていく」。
しかも、めっちゃ重たい責任つき。
(うーん……でも退屈なのはやだし)
「──とりあえず、全部壊してみるか」
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魔王軍は動いた。
ひかりの命令はただひとつ。
「壊せ。理由なんていらない」
草原は焦土に、村々は黒い炎に包まれた。
妄想で生まれたNPCたちは逃げ惑い、世界はかつてない速度で暗転していった。
⸻
ある日の前線。
霧が立ち込める戦場に、銀の剣を携えた男が現れる。
「……ここまで堕ちたか、ひかり」
「レオン……? あんた、まだいたんだ」
「なぜ……なぜ世界を滅ぼすようなことを……! あの星空の夜、覚えていないのか!?」
「星空? 花火? そんなんもう、だいぶ前のパッチで終わったわ」
「ひかりっ!!」
ひかりはゆっくりと近づいた。
そして、レオンの額に手をかざす。
「ねえ、レオン。私の隣で戦いたくない?」
「な──」
次の瞬間、黒い炎が彼を包む。
「っ、あああああああああああっ!!」
⸻
──悪魔軍副将、堕天の騎士レオン。
黒い鎧を纏い、片翼を持つ異形の騎士。
その目は赤く濁り、笑い方はやたら邪悪。
「ハハハハ! ひかり様のためならばぁぁぁあ!!」
(……うわ、なにその顔。えっ、うそ。めっちゃブサイクじゃん)
かつて乙女ゲーに出てきたような整った顔は見る影もなく、
角は生え、肌は青黒く、口元には謎の牙。
「……まぁいっか。強ければ。……いや、やっぱナシだわ。次の夜で修正しよ」
⸻
その日から、世界の彩度が少しずつ下がっていった。
空はいつも曇り、街には音楽が流れなくなった。
花は咲かず、鳥も飛ばず、人々は怯え、沈黙する。
「なんか、さぁ……やりすぎた?」
ひかりは玉座に座ったまま、どこか退屈そうに天井を見つめていた。
「レオン……うるさい。うるさいってば! “我が闇の剣は〜”って何回言うの!?」
彼女が創った、破壊と混沌の世界。
それは、どこかで崩れ始めていた。