第4話:ひかり、青春をぶち壊されて、ぶち切れる
「レオン、あれ見て。綺麗……」
ひかりは夜空を見上げた。満天の星が広がる丘の上、二人きりの静かな時間。
レオンは少し照れたように微笑み、そっと肩を寄せた。
「君とこうして並んで星を見る日が来るとは思っていなかった」
(あー……このセリフも妄想どおり……最高だ……)
まるで乙女ゲームのイベントCGそのもの。花火まで上がる念の入れようだった。
(この世界って花火あったっけ? まぁいいや)
もはや、矛盾も違和感も気にならない。ひかりにとってこのゲーム世界は、理想の人生だった。
「レオン、そろそろ好きって言ってくれてもいいよ?」
「え、えぇ!? いや、そんな急には……!」
「まあ、明日には言わせるよう妄想しとくけど!」
だが、翌日。
ギルドの作戦会議室に呼ばれたひかりの目の前には、険しい表情のレオンがいた。
「……魔王軍が南方の都市を制圧した。すでに四つ目の都市だ」
「は?」
「このままでは、王都までも……君を守るどころではなくなるかもしれない」
それは、“日常”の終わりを告げる報せだった。
(え、いやいやいや、空気読んで? 今、めっちゃいい感じだったじゃん!?)
ひかりの心が、冷水を浴びせられたように逆立つ。
「なにそれ……私たち、いい感じだったのに。なんで魔王、空気読まないの!?」
レオンの言葉は止まらなかった。
「勇者としての使命を……もう一度、果たしてくれ」
(……やめろって。思い出させんなって)
頭の奥に焼き付いた、あの敗北の記憶が蘇る。
圧倒的な力でねじ伏せられた、魔王との初戦。
(……あんなの、もう嫌だ。負けたくない。壊されたくない……)
その夜。
怒りと焦りと悔しさが、妄想を加速させた。
「私が最強の勇者だったら……全部解決じゃん。超チートで、魔王なんか指先一つで吹っ飛ばせるくらいのさ……」
その夜、ひかりはふと布団の中でつぶやいた。
「……最強の勇者になれたらいいのに」
翌朝。
「おはよう……って、あれ?」
目を覚ますと、ひかりの装備は完全に変わっていた。
炎をまとった大剣。
宙に浮かぶ詠唱書。
自動で動く補助魔法陣。
ステータスウィンドウを確認すると、レベル999。HP、MP、STR、INTすべてカンスト。
全魔法スキルマスター、物理・魔法両方の耐性持ち、瞬間移動、予知スキル、自己再生――
「……え、えっぐ。なにこのチート!? え、やば……」
魔王軍、侵攻ルートの最前線。
幹部の一人が叫んだ。
「まさか……っ、こいつ、一人で来たのか!? 殲滅部隊を……」
「ふふっ、まあね? というかさ、なんか最近つまんなかったし?」
「な、何者だ貴様……!」
「最強の勇者、だってば。寝る前に決めたの」
次の瞬間、魔法も剣も何もいらなかった。
ひかりが指を鳴らすと、空間ごと“消滅”した。
「はは……はっはっはっは!! これだよこれ……! これぞ最強の力……!!」
「ば、ばけもの……っ!」
ひかりは振り返る。
「やっぱり、戦うのって楽しいかも……!」
その目に、かつての魔王が浮かんだ。
(あいつを、今度こそぶちのめす……)