第3話:暴走勇者、妄想に溺れる
「ここ……ほんとに……王都じゃん」
ひかりは立ち上がり、何度も夢見た光景を見渡した。
青い空にそびえる大聖堂。
街を彩る賑やかな市場。
NPC──いや、この世界の住人たちが当たり前のように暮らしている。
(ゲーム画面じゃない……この風、匂い、肌に伝わる日差し……)
あれほどの戦いを経て、身体はどこにも傷がない。
まるで初期状態から再スタートしたかのように、勇者ひかりは王都にいた。
「魔王? 倒さなくてよくない? あんな強いの勝てるかバカ~~~!」
ひかりは、魔王討伐という目的をあっさりと放棄した。
ギルドカードを提示して、冒険者ギルドに加入した。
受付嬢も美人だったし、パーティ募集の掲示板にはかっこいいイケメンNPCたちの名前がずらり。
「え、ちょっと待って。この人、イベントで出てくる騎士団長じゃん!? うそでしょ!?」
食い入るように見つめたその名は、「レオン・ヴァルトハイム」。
ゲーム中では一瞬しか絡みがなかった、人気の高い美形キャラだ。
(この人と……一緒に冒険できるの!?)
その夜。
「明日、レオン団長に話しかけられて、“君を守るのは俺の役目だ”とか言われたい……!」
「できれば、壁ドンからの告白……からの……そのまま馬に乗って、二人で星を見に……ぐふふふふふ……!」
妄想はとどまることを知らず、やがてまどろみへと沈んでいく。
──翌朝。
「君……名前は?」
「へっ?」
その日、ギルドの広場にて。
ひかりの目の前に立っていたのは、レオン・ヴァルトハイム団長その人だった。
「昨日からずっと……君が気になっていた」
「えっっっっっっ!!??」
目の前のイケメンがまさに、妄想そのままのセリフを口にした。
「な、な、なんで!? これ、え? バグ? イベント発生フラグ立てた覚えないんだけど!?」
ひかりは思わずその場で硬直した。
(もしかして……昨日、私が妄想したことが……現実に……?)
にわかには信じられなかった。
だが、その後も状況は続く。
夜に布団の中で「全属性の魔法、使えたら楽だな~」と考えれば、
翌朝から火・水・風・雷・闇・光のすべての魔法が使用可能になっていた。
ギルドの魔法士が驚愕し、「勇者様、あなたは……“六系統使い”なのですか!?」と土下座してくる始末。
(……なにこれ。便利すぎる……!!)
さらに妄想は加速する。
「金欲しい。金貨の風呂に入りたい」
そう思って眠れば、次の日にはギルドから莫大な報酬が届いていた。
「先日、あなたが倒したスライムが、希少種だったため王国から特別報酬が出ました」
「スライムで!? スライムで1000万ゴールド!?」
この時点で、ひかりはようやく確信する。
(寝る前の妄想が……現実になってる……)
「へへっ、こうなったら妄想の暴走列車、止まれないんだわ!」
ひかりは鼻息を荒くしながら、今日も寝床に潜り込む。
「明日は……レオンと星を見に行って、花火見て、二人っきりになって──」
世界は、妄想という名の台本どおりに、少しずつ姿を変え始めていた。
ひかりの暴走は、誰にも止められない。
(この世界……最高かよ!!)