第2章:私のゲーム、こんな難しかったっけ?
「ならば――その創造の結末を、我に示してみせよ」
その声は、ゲームの中で何度も聞いた魔王の声だった。
だが、耳に響く低音の迫力がまるで違う。
腹の底から震えるような声音は、まるで神の怒りのようだった。
「……へえ。やっぱ、かっこいいわ」
震える指先を隠すように、ひかりは剣を構える。
この手の中にあるのは、ゲームで最強とされる剣。
ステータスも装備も、最高に整えてある。
理論上、負けるはずがなかった。
「……さあ、エンディング迎えようか。私の勝利で!」
その一歩を皮切りに、空間がはじけた。
剣と爪がぶつかり合い、火花が飛ぶ。
ひかりは素早く後退し、魔法で距離を取ろうとした。
だが――
「遅い」
魔王の腕が一閃。
空を裂いたその爪が、ひかりの肩をかすめた。
「ぐッ……!」
鋭い痛み。リアルだ。
ゲームならHPが減るだけだったはずの攻撃が、実際に肉を裂いてくる。
(まずい……まずいまずい!)
すぐに回復魔法を詠唱する。
だが、その詠唱にすらタイムラグがある。
自分の身体が、思った通りに動いてくれない。
「この世界でお前が持つ力など、たかが“シミュレーション”にすぎん」
魔王が手をかざす。空間がゆがみ、業火の弾丸が無数に降り注ぐ。
「っ、シールド!!」
必死に展開した防御魔法が、いくつかの火球をはじいた。
だが、全部は防ぎきれない。
爆風に吹き飛ばされ、床にたたきつけられる。
「は、ぁ、……くっそ……こんな……ゲームと、全然違うじゃん……!」
ひかりは膝をつき、息を切らす。
魔王は容赦なく距離を詰めてきた。
「これが現実だ。お前が願った世界……甘く見るな、プレイヤーよ」
(……ああ、そっか)
(これ、現実なんだ)
(でも……じゃあなんで私は……)
ひかりは、もう一度立ち上がった。
足は震えていたが、剣を手放すことはしなかった。
「私が……この世界に来て、最初に見たのが……あんたで、よかったよ」
「……?」
「最後に見るのが、あんたなら、それもいいかも」
ふ、と笑って剣を構える。
魔王の瞳に、一瞬の動揺が走った。
「ほう……ならば、全力で葬ってやろう」
激しい閃光が走る。
剣と爪が交差した刹那、空間が砕けるような衝撃と共に、ひかりの視界は――白く、そして黒く染まった。
何も聞こえない。
身体も、もう動かない。
でも、最後に思ったのは。
(負けた……けど、すごく、ちゃんと生きてた気がする)
(これが……私の、エンディング……?)
──次にひかりが目覚めたのは、青空の下だった。
耳に届くのは鐘の音、にぎわう市場の声、遠くで鳴く鳥の声。
「ここ……」
ゲーム画面で何度も訪れた“最後の王都”。
「すごく……きれい……」
ひかりの目は澄んでいた。
そして、物語は再び始まる。
(この世界で、生きてみたい)
(魔王? ま、そのうちね)