第21話:怒涛の生活にゆとりを。異世界スローライフ、始まりました。
「……ふぁ〜。空が、青い……」
ヒカリは草原の丘の上で、寝転んでいた。
朝から何もしない。
誰に追いかけられるでもなく、誰の好感度を上げる必要もない。
ただただ、風に吹かれていた。
「……ああ、いい……なにこれ、最高……」
恋愛ゲームでは常に時間に追われていた。
放課後は分刻みでイベント、休日は好感度ルートの分岐に悩む。
寝る前に「明日は誰とデートしようか」と考え、気づけばまた新たなイベントが発生していた。
(そりゃあね……)
「29歳のメンタルが持つかぁぁぁ!!っての!」
今、ヒカリの目の前にあるのは──
畑。
川。
小さなログハウス。
そして、収穫を待つ野菜たち。
「……今日もナス、育ってるぅ……かわいいぃ……」
朝は畑を耕し、昼は釣りに出かけ、夜はランタンの下で読書。
そんな生活が、すでに一週間続いていた。
(あれ……妄想、してない)
ふと、気づいた。
この一週間、寝る前に「何かになりたい」とか「こんな世界に行きたい」とか、一度も思っていない。
ただただ、夜風に揺れる草音を聞きながら眠るだけだった。
(私……こんなに何もしないで幸せなの、人生で初めてかも)
⸻
夕暮れ時。
小屋の前で、湯気の立つハーブティーを飲みながら。
ヒカリはぽつりとつぶやいた。
「恋も冒険も、やり尽くしてみたら──
最終的に人間は、ナスの成長で感動できるようになるんだね……」
誰もいない風景。
誰もツッコんでくれない言葉。
でも、それでいいと思った。
(妄想は、またいつかでいいや。
今はただ、こうして……風の音、聞いてたい)
⸻
そう、ヒカリの妄想は、今、一時的に鳴りを潜めていた。
だけど、
心の奥には、まだ小さな種が埋まっている。
それがまた芽吹くのは──いつだろうか。
それは、風だけが知っている。




