第18話:君の名前を、まだ知らない
「……うわっ、やばっ」
ヒカリは、焦っていた。
寝坊。朝ごはんはパンを口に突っ込んで終了。
寝ぐせも直さず、制服の裾も片方だけ出たまま。
「ちょっと母さん!! なんで起こしてくれなかったの!?」
「言ったじゃないの、『もう高校生なんだから自分で起きなさい』って!!」
「言ったけどぉぉぉおおお!? 今の言い方、ほんとのやつじゃなかったじゃんかああぁぁ!!」
そんな口論を背に、全力疾走。
角を曲がった瞬間──
「……っ!」
ドンッ!
ヒカリの体が軽く跳ねた。
ぶつかったのは、しっかりとした体格の、男子の胸元。
「……わっ、ご、ごめんなさ──」
顔を上げて、言葉が止まる。
そこにいたのは──
不良。いや、“不良っぽい男”。
黒いパーカーに、制服の上着は肩から羽織るだけ。
前髪は目にかかるほど長く、無造作なのにやたらと絵になる。
だが、何より──
(顔……超イケメンやん……!?)
「ああ……ぶつかったの、悪ぃな。怪我ねぇ?」
「い、いや、こっちこそ! ほんとごめんなさい!」
彼は首をかしげた。
「……お前、ここ通学路だろ? なんで急いでんの?」
「えっ……いや、遅刻……」
「ふ〜ん。じゃ、サボるか」
「は!?!?!?」
「俺、今日サボるつもりだったし。巻き添えってことで」
「ちょ、いやいやいやいやいや、普通に授業あるし!?」
「そっか。でも、お前──面白そうな顔してるから」
そう言って、彼はふと笑った。
「……付き合えよ。サボりデート」
⸻
とある公園。
朝の光にまだ誰もいないブランコ。
コンビニで買ったパンと、缶コーヒー。
「……なんか、初対面でこれってヤバいよね」
ヒカリは缶コーヒーをすすりながら言った。
「そうか? 俺は、こういうの好きだけどな」
「え、え、チャラい……?」
「違ぇよ。こういう偶然が、ちゃんと“物語”になる瞬間って、好きだって意味」
(うわ、この人、口数少ないくせに、急に刺してくるタイプや……!)
「てかさ、あの……名前、聞いてもいい?」
彼は少しだけ黙ったあと、缶を傾けて、
「一ノ瀬。……一ノ瀬 隼人」
「いちのせ、くん……!」
「お前は?」
「日向 ヒカリ!」
「ふーん、ヒカリか。……なんか、いい名前だな。明るそうで」
「うわ、今までの誰よりも自然に褒めてきた……!」
「ん?」
「な、なんでもない!」
笑い合うふたり。
⸻
気づけば、昼近くになっていた。
「……あ、もうこんな時間」
「……じゃ、行くか。学校」
「うん……って、行くんだ?」
「行くさ。途中で会った誰かとサボったって言えば……いい言い訳になるし」
「ふふっ、失礼なやつ」
「ヒカリ」
「……ん?」
「またさ。サボんの付き合ってくれよ」
ヒカリは少し笑って、返した。
「次は、ちゃんと“計画的なサボり”にしよ?」