第17話:保健室と嘘と本音
2時間目の途中。
教室の空気がどこか重く、眠気とだるさが全身にまとわりついていた。
──いや、正確には、ヒカリが“そう装っていただけ”だったのだが。
(よし……このくらいでいけるはず……!)
おでこを押さえ、机にうつ伏せる。
先生が気づくのを、静かに待った。
だが──
「……顔、赤い。どうした」
その前に、低くてクールな声が、耳元に届いた。
(この声……!)
振り返るとそこには、教室後方から歩いてきた一人の男子生徒。
**真壁 蓮**──保健委員。
無愛想で冷静沈着。
だが、誰よりも周囲を見ている男。
「え、あっ……いや、ちょっと貧血……かも……?」
(くぅぅ! 完璧な仮病セリフ!!)
真壁は一瞬だけヒカリの目を見たあと、先生へ声をかけた。
「先生、保健室。俺、連れて行きます」
「おう、頼んだよ真壁。よろしくな」
ヒカリは、心の中でガッツポーズを決めた。
(やった……作戦成功……!)
⸻
保健室。
ベッドの上で横になるヒカリと、その横の椅子に座る真壁。
カーテンの向こうは、ただ静かな日差しと保健室の匂い。
「水、いる?」
「……あ、ありがとう」
コップを受け取った手が、少しだけ震えていた。
(え、なにこの緊張感……! ていうか、なんで!? なんでこんなに自然なん!?)
真壁はヒカリの額に手を当てると、すぐに手を引っ込めた。
「熱……ないな」
「っ……う、うん」
「仮病だろ」
「!?」
「顔、嘘ついてるやつの顔してた。あと、目が泳いでた」
(なんでそんな冷静に刺してくるのこの人!?)
「……でも、別にいいけど」
「え?」
「保健委員って、けっこう暇だし。
……たまには、誰かとサボるのも悪くない」
その言葉に、ヒカリの心臓が跳ねた。
(あ……いまの……やば……)
「でもさ、なんで仮病まで使って、来たの?」
「…………それは、その……」
ヒカリはそっと、掛け布団の端を握る。
「真壁くんと……ちょっとでも、話したかったから」
沈黙。
(あああああ言っちゃったぁぁぁ!!)
だが、真壁は静かに笑った。
「……言うと思った」
「えっ……?」
「お前、変なとこ素直で、変なとこ正直だから」
その笑顔は、いつもの無表情とは全く違うものだった。
「なあ、ヒカリ」
「……なに?」
「今度は、仮病じゃなくて。昼休み、一緒にパン買いに行かね?」
「……それって、誘ってる?」
「いや、頼みごと。俺、人気のパン取れないタイプなんだ」
「……ははっ、そういうとこズルいな」
静かな、でも確かに心に残る時間だった。
仮病は、もういらないかもしれない。