第14話:甘くて優しくて、ちょっぴりスパイシーな彼
「父上〜〜〜〜! 母上〜〜〜〜! 娘は本日も麗しゅうございますわ〜〜〜!」
「…………」
「…………」
朝食の席で突如始まったオペラに、
父と母は口を閉じられなくなっていた。
「ふふ……如月くんの影響、恐るべし……」
鼻歌交じりにトーストをかじるヒカリ。
(※ちゃんと制服は着ている)
⸻
昼休み。
今日もヒカリは、売店に向かっていた。
(教室でお弁当とか無理。落ち着かん。てか10股進行中の身、気が抜けない)
メロンパンか、チョコスティックか──
と悩んでいたその時。
「……日向さん」
トンッと肩を叩かれ、振り向く。
そこにいたのは、
白いエプロン姿に、ほんのり小麦粉がついた指。
料理部の癒し男子・穂高 悠。
「あ……こんにちは?」
「良かったら、これ……どうかな」
彼が差し出したのは、小さな包み。
開けてみると、ふわふわのスコーン。
中には溶けたバターと、ベリージャムが入っていた。
「さっき作ったんだ。食べてくれたら嬉しいなって」
「…………」
(うそでしょ。急に来て、いきなり胃袋を掴みにきた……!?)
ヒカリはスコーンを一口。
「……なにこれ……めっちゃほろほろ……ジャムが甘酸っぱくて……う、うまぁ……!」
「良かったぁ」
穂高はにこっと笑う。その顔は、まぶしいほど柔らかくて。
「……日向さん、最近ちょっと疲れてるように見えたから、甘いもので少しでも元気になってくれたら、って」
(やめろその言い方!! 優しさMAXのセリフ禁止!! ヒロイン耐性ゼロの私には即死級なんだよぉぉぉ!!)
「こ、こんな優しい人いる? 反則じゃない!?」
「え、なんか言った?」
「なんでもないです! なんでも!」
⸻
午後、校舎裏。
ヒカリは、穂高に誘われて昼寝スペース(という名の木陰)に来ていた。
「風が気持ちいいね。……なんだか、君といると落ち着く」
「(その言い回しがすでに落ち着かねぇ!!)」
彼の隣で、ヒカリはつぶやく。
「穂高くんって……なんでそんなに優しいの?」
「……優しくしたい人がいるから。昔は、誰かに頼るのが怖くて。
でも、ある人に助けてもらって……その時から、今度は自分が誰かの支えになれたらいいなって、思うようになったんだ」
「……ええ話やん……」
「日向さんの笑顔って、見てると安心する。
だから、もっと見たくなる。もっと……君のこと、知りたくなるんだ」
ヒカリの心が一気に沸騰した。
(え、え、え、ちょっと待って!? 何この急接近! 恋愛ゲームのテンポ、早くなってない!?)
「よかったら、また……手作り、食べてくれる?」
「うんっ! ……いや、うん。全然いける」
⸻
その夜。
ヒカリの“攻略ルート表”には、穂高悠・ルート解放済の文字が追加されていた。
「やばい……胃袋と心、同時に持っていかれた……」
だが、気づいていなかった。
あのスコーンの中には──
微かに、“ピリッ”と刺激的な香辛料が混ざっていたことを。
(……それは、ただの優しさではない。
穂高くんが“独自に調合した、恋の隠し味”だった……)