のらというおんなのこ
そのひとは、あたまがはげているおとこのひとでした。
ポンはいいました。
「あめがふってきて、ぼくたちは、どこにもいくところがないんです。とめてくれませんか?」
「だめだ。わたしはこどもがきらいなんだ」
「とめてくれないといたずらしちゃうぞ!」とももがいいました。
「おじさん」、ぼくがおかねをはらいます。どうか、さんまんえんはらうので、とめてくれませんか?」
「しょうがないやつらだな」とおじさんがいいました。
ももはむっとなりましたが、りくがあわててもものてをひきました。
さんにんはおじさんのいえへはいりました。おじさんのいえには、おばさんとおじさんのふたりしかいません。
「さむいさむい」といい」りくが」だんろにあたります。
ポンもふくをかわかそうとだんろにあたりました。
「ねえ、どうしてこどもがきらいなの?」そうももがたずねました。
「わしにはな、むかしこどもがいた。けれど、むちゃをしてな、しんでしまったんだ。それいらい、こどもをみると、あのこをおもいだす。あのきれいなあおいめをしたあのこ。いまごろどうしているのだろうな・・・」
「ごめんなさい。おじさん、ぼくたち、あめがやんだら、いえをでますから。」
「いや、いい。これもなにかのえんだ。おまえたちをこんやとめてやろう。おかあさん、なにかたべものを」
「はい、あなた」
そういうとおばさんは、パンととんかつののこりものをもってきました・・・・
よるおじさんは、はなします。
「わしにはかつておんなのこがいた。とてもかわいいあおいめをしたおんなのこで
なまえは、のらといった。のらは、あかるいせいかくで、よくいっしょにであそんだものだ。なかなかいうことをきかないこで、しょうらいのゆめは、かしゅだった。しかしあるひのことだ。わしとのらは、スウラのくにでおまつりのひに、あそびにいった。おまつりはたのしかった。いっしょに、わたがしをかい、しゃてきをし、よる、ひとびとはひのまわりでおどったものだ。しかしそのかえりみち、のらは、もういちど、まつりでわたがしをかいたいといいだした。わしはこまったが、いちどいいだしたらいうことをきかないのらのことだ。おかねをあたえて、さきにかえっていった。」
「のらちゃんですかあ」とももがいう。
「かわいいこだったんですね」とポンがいう。
「・・・・」とりくはだまっている。
「とそのあとにさきにいえにかえってものらはかえってこない。わしはしんぱんした。けれど、のらはけっきょくかえってこなかった。」
「かわいそうに・・・・・」ともも。
「・・・・・・」りくはきまずそうにだまっている。
「はなしはこれでおしまいだ。それいらいわしはこどもがきらいになった。のらはいまごろきみたちくらいのねんだいになっているのだろう。いまなにしているのか・・・・・」
「きっとりっぱにいきていますよ」そうりくがやさしくいう。
よくあさ、さんにんはおきておじさんのいえをでていった。
「それじゃあな。きをつけて」
しばらくあるいて、りくがいいました。
「もも、あののらってこはたぶん・・・・」
「なに?」とももはいいます。
「いや、なんでもないよ」
「みんな、このままだとどんどんおかねがなくなってしまうよ」とポンがいいます。
「そっかあ」とりく。
「わたしがうたってかせぐわ」ともも。
「そんなのむりだよ」とポン。
さてさんにんはつぎに、けんのさかんなコラタのくにへとむかいます。
コラタのくにがみえてきました。
コラタはけんしがおおぜいいるくにです。スウラのくにでもけんしはたくさんいます。そうしないとせんそうになったときにこまるからです。
コラタのくには、ぼんちになっています。ぼんちといって、やまとやまのあいだのたににあるのです。
さんにんは、このコラタのくににはいりました。
「あれ、あっちのほうおおきいコロッセオがあるね」
「なにしてるのかなあ」
じこくはちょうどおひるです。
「あれはなにをしているのですが?」みちいくおじいんさんにポンがききました。
「あれはコロッセオで、いまごろけんしたちが、けんとうしをしているのです。けんとうしは、おかねをかけてやるのですが、わたしはしません」
「なぜ?」
「それでしっぱいしてはさんしたのですよ」
「ぼくはくにいちばんのけんしなのですが。けんとうしでかてるとおもいますか?」
「きみがですかあ」
「はい」
「まずはエントリーして、よわいひとあいてにたたかってみたらどうでしょう?」
「ポン、いけない、けんとうしなんかやってるひまないよ」とももがいいました。
「ポンはまけずきらいだから、みんなをたたきのめさないと、きがすまないでしょ。このくにをおわれるよ」とりく。
「でもぼくたちは、このさきのたびのおかねがひつようなんだ。ぼくがやるしかない。」
そういってポンはコロッセオにいってしまいました。




