Extra10:昼3時。憧れの、その先へ
覚と先代店主さんが話している横で、暇を持て余した僕らは店内を見て回る。
硝子細工のお店に来たのは初めて。
こうしてじっくり見ていると、物珍しいそれを手に取り…じっくり見てしまう。
貴重な休日。急に自宅へ押しかけてきた覚に首根っこ掴まされ、無理矢理黒服を着せられて…奴の護衛としてついて回ることになるとは思っていなかった。
…何かあった時の為に、自宅の鍵を預けているのが仇になるとはね。
まあいい。こうなってしまったなら、後は流れに任せるだけ。
「しかし…見れば見るほど精巧な作品だね。一つ一つ手作りなんだって」
「すぅ…」
「それとは比べものにならないよ。ね、夏彦。これ、どうやったら壊さずに運べると思う?緩衝材を巻いても不安なぐらい。なんならここ…緩衝材が入り込む隙間がないのに凄く細かい細工が施されているんだよ。あ〜。店頭販売だけじゃ無く、通販でも販売出来るようにできたらなぁ〜」
「すぴっ…」
「…夏彦、立ったまま寝ないでよ。倒れたら誰が弁償すると…」
「…むぅ」
サングラスの奥に隠された、クマが刻まれた青緑の瞳。
僕同様、早朝に合鍵を使って自宅に侵入。そのまま連れてこられたらしい。
背筋をしっかり伸ばし、眠気を飛ばしているが…どこまで持つか。
「やっと日の出と同時に帰れたと思ったら…無理矢理家に押しかけられて、朝からずっと運転手に護衛のフリで立ったまま。食事も提供されない地獄…。覚は俺の休日を何だと思っているんだろうな。どう思う、東里」
「日の出に帰してごめんね、夏彦。今度ちゃんと休み確保するから…」
「…いつになるのやら」
小さくぼやきながら、頭を再び揺らし始める。
僕はそれを必死に抑えつつ、待ち人が来るのを静かに待った。
◇◇
姉さんと共に工房へ向かい、話ながら待っていた父さんに紹介されて…その場を任される。
大丈夫。新菜が用意してくれた資料のおかげで相手のことは把握できている。
「はじめまして、楠原成海さん」
「お初にお目にかかります、巳芳様。本日は、どのような」
「いやはや、知り合いの飯嶋君から「高陽奈に有名な硝子細工師が住んでいる」と話を聞きまして…」
飯嶋…ああ、木彫り細工の飯嶋さんか。
やはりこういう家柄の方も買い付けに来ているんだな…。
「調べたら面白い作品を作られているそうで。本来なら連絡を入れて来訪すべきところを、好奇心に負けてしまいまして…突然お邪魔してしまいました。ご迷惑にはなっていないでしょうか?」
「お気になさらず」
休日ならともかく平日の昼間。
立地の関係で、滅多に人が来ないおかげで、出迎えがスムーズな反面…閑古鳥が鳴いているところを見せてしまって気恥ずかしい気持ちもある。
しかしこれが常である。仕方がない。
「本日は成海さんの作品を見に来ました。いくつか見せていただいても?」
「ええ。まずはカタログからご覧頂いてもよろしいでしょうか」
「…実物は、見せられないと?」
「本来ならば実物を展示したいのですが、何分スペースが狭い上、私の作品は細工にこだわったものばかり。とてもじゃありませんが店頭に置くのも難しい代物ばかりなのです」
巳芳さんにカタログ代わりにしているタブレットを手渡し、中身を見て貰う。
実物が見られないことに眉間を動かした彼も、カタログを数ページめくった瞬間、眉を元の位置に戻し…喉を鳴らした。
「なるほど。実物を展示できないから、全角度を撮影し、タブレットで細部まで見られるようにしている訳か…」
「その中から気に入ったものを探していただき、その後は別倉庫に移動した後、実物を見ていただくという形式にさせていただいています。撮影もプロに依頼し、実物と遜色ないような撮影をしていただいています」
「実物の保管は?」
「既に緩衝材を敷き詰めた箱の中に」
「買い手がつくまでの管理を考えたら、厳重な方が理に適うのか…。実物まで見るとなると、よっぽどのことがない限り買い手になるだろう。この写真からでも分かるぐらい繊細かつ細やかな細工。見たら間違いなく買うね」
「ありがとうございます」
「そういえば、そこに展示されているのは…」
「ああ。私がタブレットへ記録する作品を作成する前に、肩慣らしで作ったものになります。売りにしている繊細とはほど遠く「太さ」が目立ちますが、展示するにはちょうどいい大きさですので」
ちょうど近くにいた小さな黒服さんが作品と僕へ交互に視線を移し、驚いた表情を浮かべていた。
「これで肩慣らしかぁ…どうしてここまで繊細に」
「自分の性質と向き合って、得意とし…伸ばした先がこれだった…だからですかね」
「性質、ですか」
「…昔は母のような細工師になりたいと願っていたのですが、色々あってへし折られまして。気がつけば周囲からド繊細と言われるような人間になっていました」
大きな傷を抱えた影響で、些細な事で重症を負ってしまう弱い人間だった。
そのせいで、色々な人に迷惑をかけた。
「でも今は、それを昇華させた。そのきっかけは…」
「妻のおかげですね」
「即答ですか。思いっきり惚気ますね〜」
「事実ですからね」
新菜がいてくれたから、僕はここに立てている。
細工師として名を残せたのも、母さんの名前を越えられたのも…その先の目標ができたのも、新菜の支えがあったからこそだ。
彼女が側にいてくれなかったら、僕はきっと…ずっと、立ち止まっていただろうから。
「これからも仲良く過ごしていきたいものです」
「そうですか。よし、この作品、実物が見たいです。買う前提で進めてください」
「あ、ありがとうございます!」
「それから東里。お前何か考えていることあるだろ」
「えっ…まあ、店頭販売だけじゃ、勿体ないなとは思った。個人ショップ形態で通販はやっているけれど、成海さんの大型作品は取り扱っている様子はないから、しっかりした運送方法を確立さえできれば、通販事業を拡大できるんじゃないかって」
「そこまで考えているなら実家と繋いでやれ」
「はいはい…まあ、君の実家に預けるよりはね」
「ええっと…」
「こいつの実家、色々手を出してる商家だから」
「後日、卯月の方から正式にアポを取らせていただきたい。その当たりのお話は、お姉さんとお父さんの方に通しておいた方がいいですかね」
「そうですね。巳芳様に実物を見せている間、軽くお話をしていただければ」
「勿論です」
「父と姉を呼んで参ります。その後、倉庫の方へ向かいましょう」
「「よろしくお願いします」」
父さんと姉さんを呼び、一緒に来ていた卯月さんから通販関係の話を初めて貰う。
僕は巳芳様と、彼に腕を引かれつつやってきた護衛の黒服さんとともに、倉庫へ向かう。
…色々と上手くいきそうな安心感に頬を緩むが、まだ早い。
心から笑うのは、全てが終わった後だ。




