Extra6:昼11時。青い鳥と星屑の予知
台所も、掃除の手間を考えたらもう何も使えない。
朝のうちに掃除していたし、作りのは出来合いなのだろう
なのでいつもみたいな、お得意の凝った料理は・・・ここではもう出てこない。
「作り置き?」
「いや、申し訳ないが冷凍食品の消化を・・・どれにしようかなって」
「成海は出来合い系の冷凍食品、あんまり買わせてくれなかったからねぇ・・・」
「美味しいのは認めるが・・・出来れば、新菜には僕の手料理を食べさせたいからな・・・」
「それ、私の台詞じゃない?」
「共働きが多くなったこの現代だと尚更じゃ無いか?」
「でも私、肩書き専業主婦」
「・・・短大卒業後からは、働いていたじゃないか」
「そうだけどさ〜」
短大卒業から三月まで、私は高陽奈にある港の事務所で、事務員として働いていた。
業務は予約の受付や、入金確認の他、高陽奈の先にある島からやってくる人達が本土に立ち入るために必要な事務処理。
普通の経理らしい経験を積みたかった気持ちはあるのだが・・・高陽奈は意外と職場が少なかった。
家から近いとなると、ここぐらいだったのだ。
木彫り細工で有名な飯嶋工芸とか、絵画や彫刻でアトリエ森田とかの事務員を狙っていたのだが・・・空きは無し。
・・・分野こそ違うが成海と同様に、学生時代から才能の芽を出している若き天才達の姿も、間近で見たかったんだけどね。
「あの子」の話だと、今は高陽奈高校に二人ともいるんだっけ。
・・・もう少し若かったらなぁ。
「僕としては不安だったんだぞ。出入りの手続きだけとはいえ、あの島の連中を相手にするだなんて・・・」
「大丈夫だよ。話せば普通の子供だし・・・最も私は、その中でも一番大人しい子の相手をしていたんだけどね」
「誰だ・・・」
「テレビでも見るでしょう?椎名君」
「一番凶暴な連中の親玉じゃないか!よかったぁ・・・新菜が無事でぇ・・・」
確かに椎名君は色々な意味で有名だろうけど・・・。ただの子供なんだよなぁ。
「心配しすぎだよ、成海」
「何もされなかったか?」
「大丈夫だよ。むしろ仕事をやめるって報告した時、喜ばれたし・・・」
「えぇ・・・」
確か、あの時は・・・三月の初め。
最後の出勤日であり、偶然にして彼と最後に対面する機会の日だ。
◇◇
「こんにちは、遠野さん」
「こんにちは、椎名君。最近本土入りが多いって聞いているよ。何かあったの?」
書類を準備しながら、事務室に訪れた椎名君に声をかける。
書類の作成中、事務処理中・・・時間がそこそこかかるため、世間話をするのも常。
森田君と飯嶋君の話も、ここで聞いた。
それほどの時間が、この一幕の中にあるのだ。
「高陽奈で色々と。あれ、その左手・・・」
「ああ・・・受付をするの、半年ぶりだから報告が遅れたね。結婚したんだ」
「高校時代から付き合っているっていう彼と?おめでとうございます」
「ありがとう」
「お祝いの品を」
「あ〜。ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど、私、三月末で退職だからさ。これから有給に入るし、もう会えないと思う」
「そうですか・・・」
「それに、高陽奈からも引っ越すんだ」
「そうなんですか?」
「うん。彼の故郷で、私達が出会った朝陽ヶ丘にね。椎名君も、今回の件が落ち着いたら遊びにおいでよ。大歓迎だよ」
「・・・機会があれば」
「そうして。成海の硝子細工、凄いから工房…見に来て欲しいな」
「硝子、成海…ああ…楠原成海か。以前、調査対象になっていたので覚えています」
「成海が?」
「ええ。実は今回、僕らが調査を受け持った一件、芸術家かつ心に傷を負っている条件を満たす人間が狙われていることは分かっていたので・・・」
「うわ〜。昔の成海なら狙われてそう・・・」
「ですね。今は、大丈夫そうなので、調査対象から外れています。ご安心ください」
「そうなんだ。よかったぁ・・・」
ふと、何かおかしいことに気がつく。
成海のことを調査しているということは、私のことにも辿り着いているのではないだろうかと。
「まあ、そういうわけなので、お祝いの品はもう持ってきているんですよね!」
「やっぱり!」
「まさか楠原成海経由で遠野さんのご結婚を知る事になるとは思いませんでした。世間は狭いですね」
お祝いの品を受け取る。ちなみに中身は紅茶の詰め合わせだった。
それから、中に小さな魔法陣が描かれた紙が入っていた。
手続きが終わり、彼は高陽奈の地へ踏み入れるため、出口へ向かう。
その前に、踵を返し・・・小さく笑ってくれた。
「高陽奈はこれから危険な場所になります。その前に、離れると聞いて安心しました」
「危険な場所って・・・」
「貴方には無縁な場所です。同時に、貴方が彼を無縁の場所とした」
「・・・」
「安全な地にいる限り、貴方の未来は平穏です」
「・・・それって」
「お幸せに・・・楠原さん。これからも貴方が見つけ、添い遂げたいと願った星が見える場所に居続けてください。そこならば、楠原成海も安心するでしょう」
紫紺の目を星空の様に輝かせた椎名君はそう告げ、この先に立ち入るために必要な腕輪を身につけた後・・・事務所を後にした。
◇◇
「って感じだったかな」
「魔法陣は捨ててくれ!」
「せっかく貰ったものなのに捨てないよ・・・お財布に入れてる」
「そんな金運アップのお守りみたいな・・・」
ちょうどテレビから、聞き慣れた声がする。
二人で音声の先を覗き込むと・・・そこには青みがかかった白髪に、紫紺の目。
受付でよく話していたあの子が映っていた。
「あ、椎名君だ。ニュースだけじゃなくて、バラエティにも出るんだねぇ・・・」
「さ、最近は能力者の風評を改善するために色々しているみたいだからな・・・」
『本日は鈴海の魔法使い『青鳥』こと椎名譲君にやってきていただきました!』
『こんにちは。鈴海大社特殊戦闘課第二部隊司令こと「青鳥」の椎名譲です』
『早速ですが、椎名君は魔法使いなんですよね。何ができるんですか?』
『魔法使いとして出来ることですか・・・?皆さんが聞いて面白いと思うのは「星見」とか「おまじない」ですかね』
『星見もおまじないも、魔法使いっぽいですね〜』
『ですね。星見は生まれ持った才覚次第なのですが、予知が出来る能力です。紅葉が言っていました。僕が星見を使うときは、目が星空のようになっていると』
「目が、星空・・・」
『へぇ・・・。その星見って自由自在に扱えるものなんですか?』
『いいえ。ふとした瞬間に。頑張っても、意識的には使えませんね』
『へぇ・・・では、おまじないというのは?』
『旧世代の魔法使いが使用していた文化の一部を流用しています。たとえば、フリップでご用意したこちら』
「あ、私が貰った魔法陣」
「えっ!?」
鞄から財布を、そして入れていた魔法陣の紙を取りだして、成海に見せる。
成海もテレビと紙を交互に眺めて「同じだ・・・」と呟いてくれた。
そういえば、結局彼にこれがどういう代物なのかは聞けていない。
何となく、財布に入れておくべきだとは思ったけど・・・果たして一体。
『この魔法陣は、家庭円満のおまじないなんですよ。財布の中に入れておけば、効果が発揮される上に、将来何があろうともお金に困ることがないっていうおまじないです』
『そんなご都合主義な・・・』
「そんなご都合主義な・・・」
「そんなご都合主義があるわけ・・・」
『そう言いたくなる気持ちもわかりますよ。一般人が作ったそれだと眉唾ですが、本物の魔法使いが作れば・・・ちゃんと効果は発揮できます』
『それっておまじないっていうより・・・』
『立派な魔法ですね』
『鈴海一の魔法使いがやることは相変わらずぶっ飛んでいますね・・・』
『魔法が万能だからできる所業ですよ。やろうと思えば、適正外の事は大抵叶えられますから。答え合わせはこれでいいかな、遠野さん?』
『テレビを何に使っているんですか!?』
『画面の向こうにいる人に語りかけたっていいではないですか〜』
『でもこれ、収録・・・』
『僕の星見だと、遠野さんはこの番組を必ず見てくれる。そう告げています』
『わ、確かに目が星空。星見って、わりとどうでも良さそうなことで発揮されるんですね・・・』
『僕にはどうでもよくないです。きっと気になっているんじゃないかってね。どうかな?』
成海と二人、顔を見合わせる。
私は想像以上にとんでもないものを貰っていたらしい。
「・・・これは、特別に大事にしよう」
「そうだね。ちゃんと財布に入れておくよ・・・」
たった数分。数回だけ。だけどその間にちゃんと関係は構築できていたし、何なら懐かれていたらしい。
再び財布に収納し、仕舞いこむ。
「・・・新菜の今後を考えてくれて、ありがとう」
テレビの向こうに届くことは無いけれど、ちゃんとお礼を告げてくれた声は聞き逃さない。
新生活が落ち着いて、もう少しだけ成海の中の恐怖がほぐれたら、手紙を出してみよう。
彼の職場は知っている。そこに送れば、お礼の言葉は今度こそ届くだろうから。