Extra4:朝9時。新たな芽吹きを楽しめる子に
「さて、新菜。荷造りの続きをしようか」
「・・・やる気だねぇ」
「引っ越し楽しい!」
それは人生二回目の引っ越しだから言えるんだろうな・・・。
高校卒業後に行われた私の引っ越し手伝いの時もそうだったし、ここに越す時もそうだったけど、成海は常に引っ越しにわくわくしている。
一つの地域に根付き、歴史を重ねた工房の子供。引っ越しの経験なんて、ここに来るまで一回も無かった。
子供の様にはしゃいで、楽しげに準備を進める背を見つつ、私はのんびり準備を進めていく。
私は逆に、何度も引っ越しを経験してきた。
転勤族の子供の定め。最後の方は、どうせ引っ越すんだろうと思って・・・開かない段ボールも増えていたっけ。
「成海はさ、なんで引っ越しにここまでわくわくできるのかな〜?」
「ん〜?」
「だって、面倒じゃない?荷造り」
「確かに大変だけど・・・引っ越した先って、新天地だろ?」
「まあ、そうだね」
何も知らない場所。知っている人も誰もいない、関係性がまっさらな環境。
だからこそ、悲しい。
今まで築いてきたものが何もなくなって。
また一から、作り直さないといけないから。
「僕は新しい場所で、新菜と新生活を始められるの、凄く楽しみ」
「・・・すぐそういうこという」
「それに、お義父さんから聞いたんだが」
「・・・何をかな」
「新菜の名前の由来。新しい菜と書いて新菜。芽吹きを・・・新しいことをいつでも楽しめる子になれますようにと願ってつけたって」
「どんな話の流れで私の名前の由来になったのかな・・・!?」
「ああ・・・。あの時だよ。結婚式挙げない云々の時の・・・」
「あの時かぁ・・・!」
あの時なら、そんな話になってもおかしくはない。
遠野新菜としての最後の失態となったあの流れなら、仕方が無いのだ。
「まあ、とにかく・・・新菜」
「うん」
「新しいこと、一緒に楽しもう」
「・・・仕方ないなぁ」
少しだけ、荷造りの速度が上がる。
新生活は不安で、大変だけど・・・一緒なら、多少は怖くない。
「ところで成海」
「何?」
「流れで聞いておこうと思うんだけど、成海達の名前の由来ってなあに?」
「ああ・・・でも、これ言うと・・・新菜はさらにうちの母さんが嫌いになりそうで・・・」
「大丈夫。親類含めて好感度はもう下の下だから。落ちようがないから」
成海には悪いかもしれないが、唯一の評価点は成海に一海さん、美海ちゃんを産んでくれた事だけだと思っている。
「僕ら三人に海が入っているのは、父さんが「自分の名前を一文字、子供達の名前に入れたいな〜」って言うのが発端」
「お義父さんなら言ってそう」
「で、母さんがそれぞれ「一番目の子供だから一海」って具合に・・・」
「聞くに堪えなくて安心したよ・・・」
「新菜、目。目が真っ黒だ。戻ってきてくれ。起こっている君は相変わらず怖い」
そりゃあ怒るよ。番号をつけるように子供に名前をつけるだなんて・・・。
「美海ちゃんは、今でこそ美しいだけど、最初は数字の三で「三海」ってつけようとしたでしょ」
「なぜ分かるんだ・・・」
「流れからしたらね。でも、なんで成海は成海なの?その流れだと海二とかじゃない?」
「確かにそうだが・・・僕が生まれた時、顔を見た母さんが僕の事を怖がって・・・父さんに全投げしたらしい。だから僕だけは父さんが考えてつけてくれたんだ」
「・・・よかった。で、由来は?」
「・・・内緒」
「今からメッセでお義父さんに確認しておきま〜す」
「げっ!?」
スマホをささっと操作して、海人さん・・・お義父さんに連絡を入れておく。
『名前の由来の話になったんですけど、成海の名前の由来って何ですか?本人が内緒にしちゃって、教えてくれなくて』
『あ〜。なるほどね。俺ね、成海は「海の様に大きな目標でも、必ず成し遂げる子になれますように」って意味でつけたのね』
『そんな成海の小さな頃の目標って、透さんみたいな硝子職人になるってことなんだけど、新菜ちゃんに会ってからは、みたいなじゃなくて越えるになったわけ』
『そんな成海は、この前・・・無事に透さんを越えた職人へ、名実ともに成れた』
『そうですね。透さんでも届かなかったコンクール、受賞できましたから』
『名前に負けない子になれたのは、新菜ちゃんの支えがあったからこそだと思っているよ。ありがとうね。今後とも、よろしくね』
『こちらこそ。教えてくださりありがとうございます』
『いえいえ。参考になれば嬉しいよ』
・・・そういえば、お義父さんにも結婚式を挙げない理由は同じように話したっけ。
こうして名前の由来を聞かれて、すんなり答えてくれたのは・・・。
「・・・」
「父さん、もう連絡くれたの・・・?」
「うん。早かったよ〜」
段ボールにガムテープを貼る成海の元へ向かい、背後から抱きついておく。
「参考に」という言葉が出てくる原因の失態を、頭から離すように。
「・・・名前負けしていない子に育って、凄いね」
「そんなことないよ。あれはまだ、一つだけ」
作業を止めて、回した手へ手のひらを載せてくれる。
「他にも目標があるの?」
「・・・新菜とこれからも仲睦まじい生活をして、一緒に百歳になること」
「それは、叶えないとだね」
「できると思う?」
「一緒にやるんだよ。私の目標にもしちゃおうっと・・・」
叶えられるかどうかはわからないけれど、その努力は欠かすべきではない。
新生活はもう少し。
新しい生活も、目標も・・・全部一緒に楽しんでいこう。




