9:聞きたかった繋がり
二人で歩いて、もうすぐ人通りが増える場所までやってきた。
先程よりは気楽な空気がここにはあると思うのだが…遠野さんはどこか挙動不審。
うちの工房から市街地までそこそこ距離がある。
それでいて、公共交通機関はない。
…遠野さんの靴、なんかお洒落な靴だな。
スニーカーと違って、やっぱり歩きにくかったりするのかな。
「遠野さん」
「んっ!?」
「結構歩いたし、休憩する?」
「あ、うん。そうさせて貰っていいかな?」
「勿論。近くに屋根付きのベンチがあるんだ。海が見渡せる。もう少し、歩いて貰うけど」
「大丈夫だよ。海が見渡せるっていいね」
「この辺、夏場になると海水浴場になるから」
「そうなんだ。若葉と美咲を誘って泳ぎに来よっかな〜」
「駅からバス一本で行ける、大橋の先にある島にある海水浴場の方が澄んでいて綺麗だよって…流石に知ってるか」
「ううん。私、三月に月村へ越したからさ。朝陽ヶ丘の事、全然知らないんだよね」
「そうだったの?」
「うん。お父さんの転勤でこっちに来たんだ」
「転勤がきっかけで引っ越しとか、多いの?」
「三年に一度ぐらいの頻度かな。色々なところを点々としたね」
なんとなく、彼女の人付き合いが上手い理由が分かった気がする。
一から交友関係を築く場面が、普通の人よりも多かったみたいだから。
「どこに行ったの?」
「東京に住んでいた事もあれば、大阪とか、沖縄とか」
「地方中枢だね」
「うん。でも、今回はその法則から外れたみたい。交通とか不便なところもあるけれど、今まで行ったどこよりも静かで過ごしやすいや」
「そっか」
話している間に、目的地に到着する。
誰も座っていないことを確認し、遠野さんを座らせた。
「遠野さん、お茶買ってくるけど…何がいい?」
「いいの?じゃあ、緑茶を。お金出すね」
「いいよ。それぐらい。待ってて」
「あ…」
自販機に向かい、緑茶を買ってくる。
自分の分がないと、遠野さんも気が引けるだろうから…自分の分としてコーヒーを買っておく。
二本、飲み物を買い終えて…急いでベンチに戻る。
「はい、緑茶。ミニボトルにした」
「わざわざありがとう、いくらだった?」
「いいって。これぐらい」
「親しき仲にも礼儀あり」
「じゃあ、百三十円」
遠野さんが俺の手を取りつつ、小銭を手のひらに乗せてくれる。
家族以外の誰かに手を触れられたのは、何年ぶりだろうか。
なぞる指先は柔らかくて、細く。さらっとした暖かな感触が、手の甲からしっかり伝わる。
姉さんとも、美海とも違う感触。
触れられる度に、自分の指先にも熱が灯った気がする。
なんだろう。普通のことなのに、よくあることなのに。
なんか、違って.…。
「…どうしたの、楠原君」
「あ、いや。何でもない。お金、ありがとう」
「当たり前だよ。お金のやり取りはちゃんとしなきゃ。友達なら、尚更ね!」
「そうだね」
二人して飲み物で喉を潤し、一息つく。
飲み終えるまでの休憩時間。
いつもの沈黙は心地がいいけれど、今はとても窮屈で。
どうしようもなく、落ち着かない。
「あのさ…」
「なあに?」
「引っ越しって、大変?」
「大変だよ〜。ここ最近は引っ越し前提だから、数年荷ほどきしない荷物とかあるし。私達も荷造りしたくないから私物を極力増やさないようにしたりとかしてる〜」
「引っ越しってしたことないから、憧れはあったけど…大変そうだね」
「そっか。お家が工房だから…工房が移転ってことにならない限りはずっとあの家なんだ」
「うん」
「いいなぁ。同じ場所にずっといられるの」
「僕からしたら、色々なところに行けて羨ましいって思うけど…」
「一つの場所に留まれないし、すぐに忘れられちゃうから…楠原君にとっての鷹峰君みたいな、小さい頃から仲がいい友達っていないんだよね」
「そっか。そういう弊害もあるのか…」
「だからね。行った先では、友達になりたいなって想った人とは積極的に友達になろうって思っているの。いつか忘れられても、その時の思い出はずっとあると思うから」
「素敵な考えだと思う」
「ありがと」
「気になる人って、友達になりたいなって思った人の事なの?」
「それは…どうなんだろう。ただ、楠原君の事は入学してからずっと目で追っていたよ。ずっと窓を見ながら表情を変える不思議な人だなって、思ったから」
「…思った以上に見られている」
「そうだね。自分で言ってなんだけど、思った以上に見ているかも…何か照れるかも〜」
ミニサイズのペットボトルでは、照れきった顔を隠しきれていなかった。
本当に、表情がコロコロ変わる人だ。
「でも、これ以上照れることはないだろうし…流れで聞いていい?」
「何?」
「…連絡先、教えて欲しいなと」
「いいけど、ここは電話番号とか、メールアドレスでは…ないんだよね」
「せっかくだからそれも聞こうかな。でも一番は…メッセかな」
「ごめん。やってないっていうか、使い方が分からない…」
「…じゃあ、教えよっか?」
「いいの?」
「うん。クラスの連絡とか、メッセージ経由で全部やってるし、アカウントは持っておいた方がいいと思う」
「じゃあ、お願いしても?」
「勿論。スマホ、持ってきてる?」
「うん」
鞄からスマホを取り出し、遠野さんにも見える位置に持っていく。
遠野さんは口元をきゅっと結んだまま、僕のスマホを覗き込む。
昨日の教科書を見せた時みたいだけど、距離はそれよりも近くって。
息づかいも熱も感じられた気がしたのは、気のせいだと思いたい。