43:青い世界
お盆休みが終わる。
夏休みも終盤。新菜さんと室橋先輩のバイトも、後三日で終了だ。
僕は帰宅後から工房にいられる時間は基本的に工房の中で過ごし、父さんから与えられた夏休みの宿題をこなしていた。
これに集中する為、学校から出されている夏休みの宿題は問題なく終了させている。
これで、心置きなく硝子に向き合える。
『楠原透の息子は凡才か…』
たとえ、過去に立ち塞がる圧倒的な才能に打ちひしがれることになっても。
『成海君の、作品が…好きだから』
僕が作った作品を好きだと言ってくれる人がいる限り、続けていたい。
きっかけが、嫌な事から目を逸らすためだとしても。
やっぱり、今までを支えてくれた硝子が…好きだから。
「…これでよし」
「なるぼう…お前、やっぱり細かいのやらせると一級品だな…」
「そう?ありがとう」
砂利は勿論、水草や魚の全て、水族館で見た魚を参考に作り出していく。
自分が撮った写真の他にも、新菜さんが沢山写真を撮ってくれていたおかげで、再現度は今まで以上になったと思う。
今の自分に出来るだけの作品は、作れた筈だ。
「…誰だ?やる気をたきつけたのは?一海ちゃんか?美海ちゃんか?」
「うかうかしてると、抜かされちまうなぁ…若いっていいねぇ」
「ああ。しっかし、硝子やってるなるぼうがあんなに楽しそうなのは久々だなぁ」
「だなぁ…。楽しいのが一番だよな〜」
「成海、聞こえている?」
「何、姉さん」
「外、少しいい?」
作業に再び戻ろうとすると、姉さんが声をかけてくる。
よかった。作業前で。
作業中だと、声が聞こえなくなるから。
「わかった。そのままでいい?」
「あんたがいいならいいけど?」
「なんだよそのいいか…」
姉さんを追い、工房を出て売店エリアへ。
そこには…制服姿の新菜さんが立っていた。
「成海君、おはよ」
「おはよう、新菜さん」
「あのね、おばあちゃんちに行ったお土産を…って、なんで距離取るの?」
「…かなり、汗臭いので」
「私は別に気にしないよ」
「流石に、それは…」
少しでも見栄を張りたくなるのは、きっと今までとは違うから。
今まで気にしなかったことも、今ではとても気になってしまう。
「それに、終わったら作業戻るんだよね」
「うん。あ、そうだ…少し待っていて。あれ、出来上がっているから」
「あれ…ああ、あれか!」
約束していた例のあれ。
既に完成させているそれを取りに、工房へと引き返す。
「…成海、汗臭いのとか気にしたことないのに。どういう心境なのかしら」
「そ、それは…その…」
「俺も君も何となく分かっているけれど、それを指摘するのは野暮ってもんじゃないかな。一海さん?」
「時間になったら現れるようになったわね、浩樹…」
「まあ、バイトを続けて一ヶ月弱ってところだしね。さ、一海さん。開店準備をしよう」
「まだ早いわよ」
「あれ?ストレートに言わなきゃわからない?邪魔者は退散しようってことだよ。じゃあね、遠野さん。うまくやりなよ」
「は、はい…」
「ごめんね、新菜さん。おまたせ…って、姉さんは?」
「室橋先輩が来たから」
「ああ…最近よく話してるよね」
「自然とそういう印象になるよね…」
「?」
僕が工房に行っている間、姉さんは室橋先輩についていったらしい。
なんだかんだで仲良しさんだな。本当に…。
「ううん。なんでもないの。それで、例のあれって…約束のあれだよね」
「そうそう。浮き球。こんな感じでどうかな」
新菜さんが欲しいと言ってくれた浮き球の製作もまた、完了している。
流氷をイメージした浮き球。その上にはペンギンも乗せてみた。
「普通のそれとは違うけど…」
「いや、可愛い!いいの、本当に貰っちゃって」
「いいんだ。作りたいと思えたものを、そう思えたきっかけの元に贈りたいからさ」
「大事に使うね。あ、今日、写真送るね!」
「お願い。実際使っている写真とか、飾った写真とか見ると…嬉しいから」
「そうだよね。絶対に、送るからね」
大事そうに浮き球を両手で包み、新菜さんは微笑んでくれる。
作って良かったと思える気持ちさえ、余すことなく送ってくれる。
硝子の様に透き通る気持ちを贈り、淀んだ曇り空の様な僕の心さえ、青空が見えるほど澄み渡らせてくる。
———君に会えて、本当に良かった。




