42: お盆休み
蝉の鳴き声は本格化。
日差しも割と早い時間だが、既に刺すような代物へと変貌している。
夏らしいと言えば夏らしいのだが、うだるような暑さも好きではない。
気がつけば、お盆にさしかかっていた。
おたふくも大分改善し、まともな生活が送れるようになった頃…久々にスマホのメッセージを確認してみる。
入院まですることになったし、スマホに触れる余裕もなかったし…。
「あ、結構通知来てる」
中身を確認してみる。
新菜さんからも来ていた。
『今日はお疲れ様。入院中だからメッセ見れてないかな?お大事にね』
『今日退院だって聞いたよ。今日からお盆休みで、私もおばあちゃんちに行くから会えないけれど、後で電話しようね』と。
…全力で情けないところを見せたし、なんならうっかり出てしまった親友発言にお怒りだろう。
きちんと受け止める準備をしなければ…。うっ…胃が痛い。
けれど、自然と気分は晴れている。
悩みが一つ減ったからだろうか。
ちゃんと新菜さんに思いを伝える事ができた。
心の大半を占めていた悩みが解消された事で、心はかなり軽くなっているらしい。
他にもメッセージが色々来ている。
渉からは『そういえば新菜とのお出かけどうなったん?』
『おたふくて。デート後におたふくて。不幸すぎる。まあ幸せの前払いは済んでいるっぽいから苦しめ!リア充爆発しろ!』と。
足立さんからは『新菜から諸々は聞いてる。お疲れ&おめでとう。おたふくは…まあ、運ないね…お大事に』と。
吹上さんから「陸氏が毎日つきまとってくる」「お父さんもお母さんも安心したと喜んでいる」「弟も宿題見て貰えてラッキーとか言ってる」「私だけ地獄」「助けて」「宿題終わりかけなのに全然嬉しくない」「へるぷみーなるみし」と大量にメッセージが送られて来ていた。
毎日のようにメッセが送られていたのに、8月5日以降一切来ていない。
陸からは『おたふく大丈夫?入院したって聞いたよ。お大事にね』と。
陸からも、それ以降来ていない…。
なぜか寒気を覚えたのは気のせいだと思いたい。
メッセに返事を返しつつ…父さんの到着を待つ。
早く、家に帰りたい。
◇◇
おばあちゃんちがある田舎は、山の中。
凄く涼しくて、この時期は毎日いたい程。
子供の頃は冒険したり楽しかったけれど、こうして成長すると…退屈の方が強いかも。
「…成海君、落ち着いたかな」
一海さんからのメッセージが来ていたので、無事に帰宅できていることは知っている。
『無事完治、ケーキは少量だけど食べています』と、美海ちゃんと二人で映った写真が添付されていた。
兄妹仲が凄く良くて、羨ましくて可愛らしい写真。
自然と笑みが零れるそれの中には、子供のように目を輝かせてケーキを食べている成海君。
いつも思うけれど、本当に姿勢良く食べるなぁ…。
それに釣られて美海ちゃんも意識して姿勢をピンとさせているのも可愛らしい。
一海さんに「ありがとうございます。元気そうで安心しました」と返信した後、電話帳から成海君の電話番号を出す。
最も、メッセージが基本の現代。
アプリ内の通話機能から電話する事が多いこの時代で、電話帳に登録されている番号なんて限りがあって…。家とお婆ちゃんと、成海君だけ。
メッセージアプリに慣れていなかった頃の名残で、電話だけは電話を使っているのだが…もうこのままでいいかと思う。
私も成海君も、スマホの契約に通話シホーダイがあったし…メッセージアプリより声が鮮明に聞こえる分、こっちの方がいいんだよね。
電話を呼び出して、通話を始める。
『もしもし…』
「もしもし、成海君。今、時間大丈夫?」
『あー…ちょっと待って。ゴメン姉さん、美海。部屋戻る』
『えー。花火見ないのー?』
『電話があるから』
『新菜さんか〜。それなら仕方ない』
『新菜ちゃんなら仕方ないわね。はよいけ』
『なんで新菜さんってわかるんだよ…』
『『むしろ新菜さん以外の誰と電話なんてするの?』』
『陸かもしれないだろ』
『…あの人なら、家の電話に家の電話からかけてくると思うよ』
『あいつ、親にこの時間はスマホ没収されてるはずよ』
『なんで事情を知っているんだ…全く…ごめん新菜さん。待たせた』
「ううん。いいのいいの。でもいいの?花火…」
『部屋からでも見られるから』
「でも、家族の時間…」
『ここのは毎年見てるから。見れない時もあったし、何となく集まっているだけで、絶対って話ではないから』
「そっか…」
「いざとなれば月村の夏祭りで花火を見るっていうのも、今の時期だったら出来るからさ』
「月村で夏祭りがあるの?」
『うん。大きな神社があるだろう?学業成就で有名な…』
「ああ、確かに」
『あそこの周辺でね。一日だけなんだけど、八時半から花火も上がる。結構大きめかも』
「へぇ…」
確かにチラシとか、広告は見たかも。
でも、どうせいかないだろうな〜って考えていた。
でも、今は…。
「興味が出てきたや」
『そう』
「へー。それだけなんだ…」
『?』
「言わなきゃ、分からない?」
話の流れからして、いいタイミングだと思ったんだけど…欲しい言葉は出てこない。
わかっていたし、成海君らしいといえばらしいけどさ。
『あー…いや、まず、ちゃんと…謝ってからかなって、思って』
「謝る?」
『木島君との、一件。本当にごめん。あの話をした後に、親友だなんて…』
うっ…思い出しただけでもイライラする。
成海君は一切悪くない。それにあいつに君付けは必要ないと思うね…!
この話をされたのが、電話越しで良かった。
対面だったら、きっと凄い表情をしていただろうから。
「大丈夫。全然気にしてないよ。あんなに揺らされたら、頭も上手く働かないよね。そんなことはどうでも良いからね。それよりも、具合は大丈夫?」
『平気だよ。家に送ってくれてありがとう。普通は、逆だけど…』
「あんなに具合悪そうだったのに、一人で返すのに逆とかないからね〜?」
『ありがとう』
「ご飯、ちゃんと食べられている?」
『少量だけど』
「よかった」
写真や連絡でもわかっていたけれど、こうして元気そうな声を聞くと、安心感もより強く。
電話越しに、花火の音が聞こえる。
朝陽ヶ丘の方で、花火大会が始まったらしい。
「花火、始まった?」
『ああ…あ、そうだ。新菜さん』
「なあに?」
『今年は作品作りに集中したいから、行けないけれど…』
「そうだね。宿題はまだ終わってない。これからだから…仕方ないね」
『来年は、一緒に夏祭りへいきませんか?』
「勿論。約束ね、成海君」
『約束』
打ち上がる音に、その声はかき消されない。
きちんと言ってくれた約束に、頬が緩む感覚を抑えず、返事をする。
来年がもう待ち遠しい。
「…ちゃんと言ってくれたね」
『まあ、行きたい心も…ありましたので』
「まず謝罪から入るのが成海君らしいと言うか…」
『蟠りは先に解消するに限るじゃないか…!』
「それもそうだけどさ〜」
『気にしていないこととは言ってくれたけど、やっぱり、謝っておきたくて』
「そういうところ、ほんと好きだなって思うよ」
『…ありがと』
「じゃあ、そろそろ時間も時間だし…電話終わるね。また、お盆明けに」
『うん。おやすみ、新菜さん。またお盆明けに』
「おやすみ」
通話を終えて、スマホの電源を落とす。
いつもはこの涼しい環境に、夏が終わるまでの間はいたいな…なんて思っていた。
今まで、どんな土地にいてもこんな事は思わなかったのに、今年は早く、月村に…朝陽ヶ丘へ戻りたいと思っている。
「…早く会いたいな」
早く帰りたいな。大好きな人が過ごしている、あの土地へ。




