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Praesens6:あの日変わった僕らは

あの日、成海が格好良かった瞬間まで思い出す。

大分うろ覚えだけど、こんな感じ。

あの日の言葉は、しっかりしている。

勿論、その後の失態も。


「いやはや…成海の告白は今も作業用BGMにするぐらい心に残って…」

「録音!?」

「冗談だよ。当時の私には、そんな余裕はないよ」

「ですよね…」

「いやはや、まさかあの後…木島君と再び遭遇して…」

「うっ…」


成海の最大の失態。

あの後、駅前で木島君達と遭遇した成海は、両肩を掴まれた状態で身体を揺すぶられつつ、私との関係を問いただされていた。


付き合っていること上手く言えなくて…目が回ったまま「しんゆうれふ…」と宣言した時は、どうしてやろうと思ったけれど…。

青ざめた顔で口元を押さえるぐらいには揺らされたらしく、あの後、気持ち悪そうに項垂れていた。

そんな目を回した成海へ吐き捨てるように「格好悪ぃ。ま、「親友」程度ならまだ見る目あんのかな〜。てっきり鷹峰狙いだと思っていたけど、こっちとは」と。

彼女の方も「男を見る目は壊滅」と、私を見ながら笑っていたのはむかついたことも、心の中で「最近は去り際に自己紹介をするのが流行なの?」と思っていたことも思い出してしまった。


こんなどうでもいいこと、思い出さなければ一生成海の親友宣言で怒れていたのに。

でも同時に、あの時の私はわかってしまった。

成海が何度も言っていた言葉の意味を。

私がいた立場も、成海が謙遜する理由も…何もかも。


「思い出しただけでも胃が痛い…」

「あの後、トイレに駆け込んで吐いていたもんね…。どんな勢いで揺らしていたんだろうね、あの人」

「お恥ずかしい…」

「成海は悪くないでしょ…。まあ、今はそんな事にはならないでしょう?変な男に身体を揺すられたりはしないし、その彼女に嘲笑されることもないし、自他共に認めるおしどり夫婦だし」

「そう見えていたら、いいんだが」

「そう見えるからね」


そろそろ家が見えてくる。

朝陽ヶ丘の高台にある我が家が見えてくると、自然とほっとしてしまう。

まだ、住んで数日の家なのに。


家の鍵を開けて、両手に荷物を抱えた成海君を玄関へ誘導する。

彼が家の中に足を踏み入れたタイミングで、いつもの言葉を忘れずに。


「おかえり、成海」

「ただいま、新菜もおかえり」

「ただいま〜」


一緒に暮らすようになって決めたルール。おかえりとただいまは欠かさないようにしよう。

どんなことがあっても、それだけは破らないようにしている。


「そういえば、あの後ちゃんと仲直りしたよね」

「ああ。もう言わない。ちゃんと自信を持って自分達の関係を明言するって約束したし…」

「あの後。しばらく成海と口を聞いた記憶がないんだけど…どうしてだっけ?」

「単純にバイトが忙しくなったのと、僕がおたふくにかかって入院したから」

「そういえば、姿も見なかったなぁ…って思っていたけど、入院までしていたんだ…」

「子供の頃にかかっておきたかったと心底思ったよ…。痛かったなぁ…」


なんというか、初デートにやらかして、告白の後もきっちりやらかして…その後日まで格好つかないのはどうなんだと思わされる。

けれど、それが楠原成海。

私が好きになって、一生一緒に歩いて行くと誓った人。

格好つかない部分も含めて、愛しい人だ。


リビングに入り、買ってきたものを冷蔵庫や棚の中に入れ込んでいく。

そんな中、リビングに飾られた硝子細工達が目に入る。


これまでの八年間、成海が私にくれた自分の作品達。

年々細工が恐ろしく細かくなっていくのに、才能と取り扱いに対する恐怖を覚えたが…どれも好きな作品なのには変わりない。


けれど「一番は何?」と聞かれたら…あのランプになるんだろうな。

私が初給料で買った、大事なランプだ。


今はまだ、段ボールの中に入っているけれど…「寝室が完成したら、寝室に飾ろうね」と話をしている。

あのランプを正式に買った日の事。

そして木島のことを思い出したせいで、二学期初日に”あの男”の本性を知ってしまった日を思い出してしまった。

…成海は、未だに気付いていないんだよね。


「そうそう。新菜」

「なぁに?」

「昨日、陸から連絡があってさ〜」

「ぶっ!?」

「…どうした新菜」

「ごめんごめん。ちょっと唾が引っかかって…こほっ」

「大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ…」


わざとらしい咳と共に、衝撃をごまかしにかかる。

どうして頭に思い浮かべた瞬間、話題に上がるのだろうか、あの男は…。


「それで、なんて?」

「僕ら、式を挙げずに写真だけにしただろ?」

「そうだね」


金銭的な余裕がなかったわけではない。

やろうと思えばやれた。

けれど、成海の性格上、目立つことは絶対に苦手。

人前でキスなんて死んでもできないし、一日中主役になることは絶対に無理だと私は確信していた。

事実、写真だけでも目を回しかけていた。やめておいて本当によかった。


お義父さんもうちの両親も、成海自身も私が「結婚式はやらない方向で行こう」と言ったら「なんで!?」って聞いてきたのは、もう半年ぐらい前の話。

あの時は適当にはぐらかしたなぁ…。

まあ、成海は真に受けているみたいだけど…どうしよう。

しばらくは、二人で暮らしたいんだけど…。また自分の嘘で墓穴掘っちゃったなぁ…。


「新菜?」

「あ、ごめんごめん。それで?」

「「そのタイミングで帰省する気満々だったのに」ってカンカンでさ」

「なんで怒られているのかな…」

「それは僕も思うけど…一度県外に出たら、実家に帰るタイミングってなかなか掴みにくいものなんじゃないか?就職してから、陸からの連絡はかなり減ったし…」

「忙しそうだもんね」


だからといって、成海の晴れ舞台を自分の帰省タイミングに設定しないで欲しい。

もう成海は私の成海なんですけども。親友より深いところにいるんですけども!


「で、今度のお盆に帰省するから、予定空けておいてって。特に新菜の予定を気にしていたな…」

「どうせ「なんで結婚式挙げなかったの?」って聞くんだよ…」


仕事をやめてでも、成海のタキシードが見たいな。紋付き袴が見たいなとか言っていた男だ。私を捕獲してでも追求したいのだろう。

よく聞く嫁姑戦争とか、うちは無縁だな〜って思っていたのに、なんで夫の親友と揉める羽目になっているんだろうな…。


「それは困ったな。流石に陸であろうとも、理由には口出しはされたくないぞ」

「だよね…」


流石にあれに口を出してくるのなら、縁を切りたいところ。


結婚前、遠野新菜として最後に吐いた嘘。

どうして結婚式を挙げなかったのか。その理由。

本当は、夫婦二人でずっと過ごすのもやぶさかではなかった。

家族が増えるのなら、二十代後半ぐらいで…結婚して数年は夫婦二人でいようかな、なんて考えていた。


しかし、結婚式を挙げない理由として「全員を納得させる」為に、私はある嘘を吐いた。

それを真に受けたから、成海は一軒家なんて買って来たのだろう…。

この家は、二人では広すぎる。


「子供が早く欲しいから、結婚式のお金は子育て貯金に回したなんて…なぁ?」

「あー…」


流石にこれでやり過ごせば逃げられるだろうと思った私が甘かった。

一番近くにいる人が、本気にしてしまっているのだから。


頭を抱えて、目を閉じる。

鷹峰陸の来襲には目を逸らしておこう…。


楽しい思い出、楽しい思い出…うっ…私が奴の本性を知ってしまった日しか振り返れない…せめてその前から振り返らせて欲しい!

私が!成海の作ったランプを買った日ぐらい!

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