41:やっぱり、自信はないけれど
「…少し長くなりそう、だけど」
「いいよ。成海君の考えていること、全部聞かせて。今、何か一つでも聞き逃すと、後悔するだろうから」
「ありがとう」
誰も来ない駅の中。空気を吸う音が響く。
まだ、心の中はぐちゃぐちゃに近い。
話している間に纏まってくれるだろうか。
「…そう、だな。いざ、話そうと決めても、何から話せばいいかわからなくなる」
「…大丈夫、落ち着いて」
そうだ。落ち着かないといけない。
自分では落ち着いていると思っていても、頭の中は…全然違うらしい。
「まずは、その…嬉しかった。伝えてくれたこと…」
「私の、告白の事?」
「うん。家族以外の誰かから好意を向けられたのは、初めてで…上手く反応できなかったけれど、ちゃんと思ったことは伝えたいと思っていたんだ」
「うん」
「だけど、いくら考えても…君が、僕を好きになってくれた理由がわからなかった」
「…だろうね」
自分自身が誰彼構わず好かれるタイプだから、彼女を何かから助けたから。
そういう理由は一切無い。
逆に、彼女自身が誰彼構わず好かれるタイプで、僕が彼女から助けられたタイプだ。
…彼女に好かれる理由だけは、どこまでもわからなかった。
なんなら、教科書を忘れて友達になった理由さえ…。
「明確に「ここ」だって思える場面は振り返ってもなくて、振り返る度に…自分の情けなさが目立って…ますます分からなくなった」
「…じゃあ、まずはその疑問から解消しよっか」
「教えて、くれますか?」
「どうせすぐにバレるからね。でも、私も君を好きになったタイミングは断言できない。いつの間に、好きになっていたからね」
安心させるように手を握り締め、彼女は語りを続けてくれる。
一つずつ、ごちゃごちゃになった糸をほどくように。
「私は多分、一目惚れなんだと思う」
「ひとめ、ぼれ」
「そう。友達になりたかった理由も、興味を惹かれたって話したでしょう?その延長。君の事から目を離せない。ずっと見ていたい。知りたい。そう最初に思った時点で始まっていたと思うから」
「…中身は、関係無しに?」
「中身が最悪だったらそれで終わりだと思う。私が自分で明確に、成海君が好きだと思えたのは…成海君の内側が暖かくて、繊細で…魅力的な人だから。ここまで気持ちが来てくれたと思っているよ」
「それ、は」
「最初は外面だけだったかもしれない。けれど、成海君の内側を知った上で出した答えだから…そこは安心して欲しい」
手に力が込められる。
ふと、視線を新菜さんの方へ向ける。
彼女は不安そうに俯き、ただ…じっと僕の手を握りしめてくれている。
こんな顔は、させていたくない。
笑っていて欲しい。
自分の感情を自覚したあの日、そう抱いた気持ちを…これからも大事にしたいから。
「新菜さん」
「…」
「大丈夫。僕の気持ちは、もう決まっている」
きっと僕も、彼女と同じ。
一目惚れ。起点はこの一言に限るだろう。
自覚したのは、彼女が友達になってくれた理由を語った時。
あの日から、僕の気持ちは自分自身で揺らぎはしたけれど…変わっていない。
———いや、変わっている。
あの時の僕は、彼女さえ幸せになってくれたら、それでいいと思っていた。
けれど、今はちゃんと———。
「気持ちを伝えて貰って嬉しかった。僕も、同じだった、から」
「…あ」
「だけど、やっぱり自分自身に自信がないのに変わりない。今日だって、できる限りの事をしても…新菜さんに釣り合っていないなって思う場面があった。なんでお前が彼女の隣に?って今後もきっと、言われると思う」
「それ、は…他人の勝手な」
「けれど、まだ変えられる」
身体の向きを少しだけ横に。
両手で彼女の震える手を包み込み、彼女が「待っている」言葉に対して言葉を紡ぐ。
少しだけ長い、決意の話と共に。
「心を変えるのは、難しいと思う。今すぐというのは…流石に無理だと思う」
「…うん」
「今日、君が前を見せてくれた。今度は、自分自身の力だけで向けるようになりたい」
「うん」
「自信を持って、君の隣を歩いていたい。ちゃんと支えたい。君を笑わせるのは、自分でありたい」
「うん…!」
「まだ、自信はないし…どこまでやれるかはわからない」
それでも。
それでも、僕は———。
「けれど僕は、自分が抱いている気持ちにも、君がくれた気持ちにも…背を向けることはできない」
「なるみくん」
「…君が好きです、新菜さん」
絞り出すような声でも、ちゃんと伝わってくれる。
新菜さんは気が抜けたのか、安心したように笑ってくれた。
「私も、大好きだよ。成海君。一緒だね、私達」
欲しかった光景が、目の前の…一番近いところにあった。
彼女だけの幸福を思う時間はおしまい。
これからは自分と二人…如何にして前に進み、一緒にいられるか…共に探す時となる。
静かになった駅の待合所で、寄り添って時を過ごす。
告白する前と、告白した後。
空気が大きく変わることはない。
けれど、明確に変わったものはちゃんとある。
自分自身の気持ちと意識。そして、僕らの関係だ。
けれど、まだ、やっぱり…僕には自信がない。
「本当にこれでよかったのだろうか」なんて、まだ考えてしまう。
…それでも僕は、前に進むことを選んだ。
彼女と、これからを進むことを…自分自身で、選んだのだから。
もう、後ろは…振り向かない。




