40:君によく似た小さな子
あれから、何事も無かったかのように新菜さんの手を引いて、そのまま館内を回り続け…最後までやってきた。
「資料もばっちり。いいお出かけになったね」
「そうだね。ありがとう、付き合ってくれて」
「これぐらい当然だよ。あ、売店寄っていい?」
「勿論」
売店に立ち寄り、店の中を見ていく。
ポケット図鑑やポストカードに目が行きがちな僕とは異なり、新菜さんの視線はぬいぐるみに向けられている。
特に、好きだと公言していたペンギンの方に。
「…可愛い」
「どの子が、お気に入り?」
「んーっとね、この子かなぁ」
新菜さんが手に取ったのは、毛並みの関係か、目がまんまるではなく、若干半目になっているペンギン。
眠たげな印象を抱かせるそれが、彼女の一押しだそうだ。
「眠そうなところが良いの?」
「窓の外を見ている成海君そっくりだからかなぁ…」
「…また僕?」
「そうだよ。今の私の中心には成海君ばっかりなの。選ぶ基準も成海君。そっくりだなって手を取るのも成海君…」
ペンギンのぬいぐるみを僕と並べながら、彼女の中で改めて「そっくり」だと認定される。
「こうなっちゃったのは…成海君がね、目を離せなくなるほど気になる人だからだね」
僕に似ているらしいそれで顔を隠した後、覗き込むように笑ってくる。
ああ、本当にどこまでもズルい。
早くなった鼓動を収めるために、深呼吸を続け…平常心を取り戻す。
予め彼女の気持ちを知っているから、まだ自分を保つことが出来ている。
けれど、普段の僕が「目を離せなくなる」だなんて言われたら…変に意識して、とんでもないことをやらかしそうだ。
「僕にそっくりって…。新菜さんはこれにそっくりだよ」
「成海君。その子はペンギンの赤ちゃんだよ…」
「えっ…」
彼女の栗色に近いカラーのペンギン。それもどの個体より目がまんまるのぬいぐるみを片手に、負けじと応戦するが…よく見たらそれはペンギンの赤ちゃんのぬいぐるみ。
「…成海君は私の事、赤ちゃんだと思ってるんだ〜。世話の焼き甲斐があるって感じなのかな〜?」
「いや、そうじゃなくて…見た目!見た目がそっくりだなって!」
「子供っぽい?」
「そんな事は絶対に…ないから」
「そ、そっか…」
「ごめん、とっさとはいえ子供扱いをして…。同級生なのに」
「ううん。私こそやり過ぎたよね。ごめんね。見た目、本当にそっくりなんだよね…」
「うん。新菜さんっぽい」
連想させる茶色の毛も、まんまるとした瞳も、子供らしさというか、大人から子供になる間特有の、あどけなさが残る風貌も…何もかもそっくりだ。
…後でこっそり買っておこう!
「…同じ種類でそっくりだなって思える子は、この子かな」
「その基準は?」
「この子が大人になったら、こんな感じかな、と…」
「じゃあ、その子とこの子をセットで〜…あれ、成海君?三体纏めてどこに行くの?」
「僕が買うよ。今日のお礼も兼ねてね」
「お礼だなんて…」
「いいからいいから」
「じゃあ、遠慮無く…」
新菜さんが選んだぬいぐるみと、自分用のぬいぐるみ。三体をレジに持っていき、会計を済ませる。
水族館を出た先で、それを手渡し…再び駅方面へと折り返す。
どこでにもある、お出かけ終わりの光景。
けれど、まだ終わらない。
…終われない。
いつ、話を切り出そうか。そう考えている間に、駅に戻ってきてしまった。
誰もいない待合所に用意されたベンチに腰掛ける。
木と潮の香りに、静寂。五感だけが僕らをくすぐり続ける。
先に耐えきれなくなったのは、僕の方だった。
「あのさ、新菜さん」
「なぁに?」
「話したいこと、あるんだけど」
「うん。何でも聞くよ」
今日はどうだったか聞く。
話題は沢山浮かんでくる。けれど、最優先させるべきなのは…。
「ペンギンを、見ていた時のこと」
「ああ…木島君とその彼女が来た時の?」
「あ、隣にいた人は彼女だったんだ。よかった…間違っていなくって…って、そうじゃなくてさ…僕が彼に言ったこと」
「うん。ちゃんと聞いてたよ。「お互い「そう」だろう?互いの時間を邪魔しないように、僕らは先に行くよ。ごゆっくり」…って、台詞」
「わざわざ声真似まで…」
「勿論、最初の「新菜と一緒に来たんだよ」って、堂々と宣言したところもね。普段の成海君からじゃ、想像できなかったや。てっきりはぐらかされるかと…」
「やっぱり、新菜さんの印象も」
「そんな感じなんだよ…。でも、どうして?どうして、ちゃんと事実を宣言できたの?」
「…逃げたくないと、思えたんだ」
「何から?」
「君がくれた気持ちに、時間に…僕自身の、気持ちからも」
『ちゃんと伝えるのも大事なことよ』
姉さんの言葉が、頭に反響する。
ここまできたら、はぐらかすことだって出来やしない。
気持ちも感情も、全部伝えてしまおう。
彼女が見させてくれた前を、これからも進むために。




