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39:カーディガンのぬくもり

「前に約束したでしょう?カーディガン、探しておくって」

「確かに、話はしたけれど…こんなに早く見つかるんだ…」

「かなり吟味したんだよ。店頭で肌触りとか確認しに行って、一押しを決めたからね…!」

「そこまで…」

「普段使いして貰いたいし、快適なものがいいなって」


けれど、そこまでこだわったとなると、金額もそれなりになるのではないだろうか…。

いや、贈り物に対してその辺を追求するのは野暮だ。


「色々考えて選んでくれてありがとう。大事にするよ」

「そうしてあげて。じゃあ、早速どうぞ…!」


促される形で、カーディガンに袖を通す。

滑らかに腕が通る。新品特有かもしれないが、生地もかなりいいもののようだ。

ボタンも凄く留めやすい。それにちゃんとメンズ仕様。

暖かい。カーディガン自体もだけど、新菜さんの思いやりも…何もかも。


「…いいね、これ」

「でしょー?気に入ってくれて、嬉しいや」


贈り物という代物は、なかなかに使いにくい。

どこでも買える品だけど、新菜さんに贈られたカーディガンは一着だけ。

普段使いはしたいけれど、普段使い出来ない希少性。

けれど、この暖かさに常に包まれていたい。


「それに、今日の服にもぴったりで良かった」

「そう見える?」

「うん。なんなら成海君、何着ても似合うよ。保障する」

「着ぐるみパジャマでも?」

「絶対似合うね。成海君、可愛いから」

「かわっ…」

「自覚ないんだ〜?」

「良くも悪くも目立たないから…誰かに指摘されることもなかったし…」


「成海君ってさ、前髪が少し長めで…大体いつも俯いているでしょう?」

「そう?」

「そうなんだよ。それにね、顔は…一海さんと美海ちゃんと一緒。姉弟だなってすぐ分かる程、同じなの。恋愛補正はあるかもだけど、今まで誰かに指摘されていなかった事が驚きなレベルで整ってる。断言していい」

「そこまで…」


「私が言っても信じてくれていなさそうな成海君に、ちょっとした魔法をかけてあげようか。すぐに意味が分かるよ」

「…魔法?」

「うん。成海君に自信を与える魔法。ちょっと待っていてね」


新菜さんか鞄の中から何かを取りだして、それを手につけてから、僕の前髪を優しく撫でる。

クリームか、何かみたいだが…。

匂いも何もない。一体何を塗っているのだろうか。


「前髪を固定してみたの。視界はどう?」

「晴れている、けれど…」

「後はね、視線をまっすぐに。胸を張って」

「わ、わかった…」


ウェットティッシュで手を拭きつつ、新菜さんは軽く指示を出してくれる。

彼女に言われたとおり、胸を張って…視線をまっすぐに。

なんだか、いつもより視線が高い気がする。


「姿勢だけでも自信は生まれるよ。意識しながら、歩いて行こう」


彼女に手を引かれつつ、前へ…開けた空間へ。

いつもより世界が明るく見えて、鮮やかに感じる。

こんなに、明るかっただろうか。

新菜さんはこんなにも、はっきり視界に映すことが出来ていただろうか。

眩しさに目を細めてしまうほど、開けた世界は広すぎる。

前髪と姿勢の一つで、ここまで変わるとは思っていなかった。


「っ…」

「急に明るくなったね…大丈夫?」

「だ、いじょうぶ…。凄いね、こんなに明るく見えるとは…」

「姿勢の変化は意識の変化…なんてね」


「本当に、魔法みたいだ」

「そう?」

「…新菜さんは、あの島から来たわけじゃないよね…?」

「あの島?」

「…ううん。なんでも」


そんな人物が、こんなところにいるわけがない。

これは、誰にでもかけられる魔法。

優しさという名の、魔法なのだろう。


「成海君、成海君。ペンギンさんだよ!可愛いねぇ…!」

「あ、新菜さん…走ると危ないって」

「だってだって、早く見たくって!」


広がった先の世界は明るい。

けれど、目を逸らす必要はもうどこにもない。

ちゃんと、前を歩いて————。


「あれ、遠野さんじゃね?」

「ほんとだ、新菜だ。もしかしてデートかな」

「遠野さんの彼氏か〜。絶対高スペ男じゃね?」

「あんたじゃ釣り合わないわね。私ぐらいにしておきなさいよ」

「へいへいって、そのつもりだし…あれ?楠原?」

「…え」

「やっぱ楠原だよな?いつもと雰囲気違うけど」

「同じクラス?」

「ああ。で、なんでこんなところにいんの?」

「…」


背後から声をかけられる。

誰かは分からないけれど、男の方は同級生かつ、同じクラスらしい。

こんなところで遭遇するとは思わなかった。


ふと、背後に視線を向けると、新菜さんが試すように笑っている。

助け船は期待できない。

それもそうだ。

いつまでも、彼女に頼りきりでは———。

———好きになってくれた彼女に、幻滅されるだろうから。


心の中で言葉を組み立てる。

『下手な隠し事は、墓穴を掘るわよ』

もう逃げない。俯いて、避けたりはしない。

隠し事も、嘘も、必要ない。


「———新菜と、一緒に来たんだ」

「新菜って…名前呼び?」

「お互い「そう」だろう?互いの時間を邪魔しないように、僕らは先に行くよ。ごゆっくり」

「お、おう…」


新菜さんに言われたとおり、姿勢を保ったまま、クラスメイトに告げて…踵を返す。


「新菜、ペンギンさん見れた?」

「見られたよ。後で写真見る?」

「見せて」

「了解。ね、さっき誰と話してたの?」

「内緒」

「教えてくれたっていいのに…って、そんな余裕ないのかな〜」

「…察して」


自分からしたら、かなり無理をしたムーブ。

張り付いた余裕の笑みは、油断したらすぐに崩れてしまいそうで…できるだけ早く、この場から立ち去りたかった。

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