38:思い出の水族館
朝陽ヶ丘から三駅移動した先にある高陽奈市。
そこの水族館が今日の目的地だ。
「目的地の事は、調べた?」
「うん。動物園と植物園、水族館が近隣に集まっているんだよね。水族館を見終わったら、他のところも見る予定なの?」
「残念ながら、動物園は休園日、植物園は調整日で休園なんだ。だから、今日は水族館だけ」
「そうなんだ…。じゃあ、その二つはまた今度行こうね」
「「また」があっていいんだ」
「いいんだよ。成海君とは、色々なところに行きたいな」
「…次に行くところ、考えておくよ」
「お願い!」
今日が終わらないうちに、次の約束を交わす。
こんな贅沢があっていいのだろうか。
受け入れる返事をしたら、これが当たり前になるのだろう。
想像しただけでも頬が緩む。
僕の気持ちも同じだ。彼女の告白を、受け入れたいと思っている。
けれど…。
『男の方は冴えないな』
周囲からしたら、新菜さんと一緒にいる僕は不釣り合いに見えるのだろう。
姉さんに服を選んで貰って、髪型だって整えてきた。
それでもやっぱりまだ、彼女には届かない。
「成海君、今日はどうしたの?雰囲気、違うけれど…」
「そう見える?」
「うん。大人びて見える。何も知らなかったら、二十歳ぐらいかなって思っちゃうよ」
「そうなんだ…。お恥ずかしい話ではあるんだけど、服は姉さんに選んで貰ったんだ。自信、なかったから…」
「一海さんの私服、格好いいもんね。私もお洒落だなって思ってる。私ね、選ぶのに時間がかかっちゃうタイプだから、相談できるお姉ちゃんがいて羨ましいなぁ…」
「そ、そう…姉さん、聞いたら喜んで買い物に連れ出すと思うよ」
「本当?今度お願いして見ちゃおうかな。成海君は普段から、一海さんに服を選んで貰っているの?」
「大体は…」
「いいなぁ」
本来なら幻滅されてもおかしくないような気がする。
けれど、新菜さんはやっぱり全肯定をしてくる。
何もかも、認めてくれる。
それはとても心地良い。
けれど、浸かっていたら…ダメになりそうだ。
彼女の甘い言葉には、溺れすぎてはいけない。
自分を律しつつ、他愛ない会話を続けていく。
海沿いを道なりに歩いた先にあるのが、高陽奈水族館。
本日の目的地だ。
「少し、古めかしいね」
「小さな水族館だからね」
移転する話は聞いている。だから、ここはもう見納めだろう。
父さんが新菜さん関係無しにチケットを買ってきたのは、おそらく…旧館を見られる機会は最後になるだろうから、移転前に見に行きたかったのかもしれない。
…移転する前に、家族で行く機会を作れたらいいのだが。
姉さんや美海とも相談して、計画してみるしかなさそうだ。
受付でチケットを提示して、そのまま薄暗い館内へ。
水中を感じさせる青い床。
薄暗さが海中に迷い込んだような錯覚を生んだ後、視界いっぱいに水を映させる。
「わぁ…」
小さな水槽の中で泳ぐ、色とりどりの魚が、僕たちを出迎えてくれた。
「あ、楽しむのも重要だけど…写真、沢山撮った方がいいよね。記録は私も手伝うから」
「助かるよ。ありがとう」
「いえいえ。あ、成海君。この水族館、ペンギンいるの!?」
「うん。好きだったりする?」
「うん!だけど、なんだかんだで、本物は見たことないんだよね」
「じゃあ、先にペンギンエリアから行こう」
「ごー!」
ペンギン…浮き球にペンギンの細工を作って、流氷風浮き球とか、どうだろうか。
ふとしたアイデアを忘れないように、頭の中で復唱しておく。
僕もペンギンを見るのは小学生以来だ。
数も多かったはずだし、新菜さんも楽しんでくれると良いのだが。
◇◇
ペンギンの主な生息地は南極。
こことは全くと言っていいほど冷える場所。
そんなペンギンが展示されているエリアも、環境をできるだけ再現するために…冷房がかなり強く効いていた。
「うー…冷えるねぇ…」
「上着を着込んでいてもこの寒さ…新菜さん平気?上着貸そうか?」
元々冷房に直撃するのもダメなレベルで寒がりな僕は、予め長袖のパーカーを羽織っていた。
しかし新菜さんは半袖。羽織るものは持ち合わせていない。
このまま身体を冷やすのは、流石に彼女の体調面にも不調を来すだろう。
パーカーを脱いで、彼女に押しつける。
…寒いけれど、少し我慢したらいいだけの話だ。
「いいから、これ着て。汗臭いかもしれないけれど」
「…でも、成海君。今も顔、青ざめて…」
「水族館の照明だよ」
「…じゃあ、そういうことにしてお借りしようかな。ありがとうね、成海君」
「…いいって」
歯が寒さでガタガタ鳴らないように、歯を食いしばりながら、前に進む。
パーカーを着込んだ後、新菜さんは鞄から大きな包みを取り出した。
「成海君、これ」
「…なに、これ」
「誕生日プレゼント。約束していたでしょう?」
「今?ありがとう、新菜さん」
「どういたしまして。帰る前に渡そうと思ったんだけど、今、役に立つだろうから」
「今?」
「うん。いいの、ちゃんと見つけたんだよ〜?」
新菜さんに促される形で、包みを開ける。
その中には、グレーのカーディガンが入っていた。




