37:少し違う待ち合わせ
待ち合わせはいつもとは違う駅。
朝陽ヶ丘駅から三本先にある、海沿いの田舎町にある無人の駅。
少し早くつきすぎたと思っていたのだが、新菜さんは既に駅前で待ってくれていた。
木造の駅は時代を感じさせる作り。
そんな中、日差しが差し込む窓辺の壁にもたれかかり、時が来るのを待っている。
真っ白なワンピース。髪につけているバレッタは、姉さんの作品だ。
使ってくれているんだな。
髪型も、普段の新菜さんとは異なる。
大人びた雰囲気を纏い、彼女はスマホを何度もつけて時刻を確認していた。
声をかけるのさえ、躊躇うほど絵になる光景。
見惚れてしまうというのは、こういう光景なんだろう。
「…なあ、あの子一人かな」
「馬鹿。待ち合わせに決まっているだろ」
「ダメ元で声かけて見ない?」
「…好きにしろよ」
…不届き者の声もするな。
まあ、あの人目を惹く姿だ。仕方ないとも言える。
本当に、綺麗だ。
誰か知らない男が新菜さんへ声をかける前に、一歩踏み出す。
ふと、新菜さんが顔を上げ…ホームの方へ、僕の方へ視線を向けてくれた。
「…おはよ」
「おはよ。成海君。晴れて良かったね」
「待った?」
「ううん。さっきだよ。途中で電車がすれ違ったでしょう?」
「あー…確かに」
「あの電車で来たからさ。十分前ぐらいかな」
「そっか」
周囲に新菜さんの名前を聞かれないように、何気ない言葉だけで話を回す。
先程の二人組は、もう外に行っただろうか…。
「ほら、やっぱり待ち合わせだっただろう」
「えー。でも、男の方冴えない感じだったな」
「おい、聞かれたらどうするんだ…」
「人多いから、誰が言ったかわかんねぇよ。あー。あの子、見る目ないのが残念だなー」
先程の二人組の内、片方は散々な事を言っているが…まあ、気持ちは理解できる。
やっぱり、第三者から見ても不釣り合いなのだろう。
それでも、僕は———。
「…毛玉がついた服着た分際で「冴えない」って、自己紹介かな」
「…新菜さん?」
「どうしたの…成海君」
「いや、何も…」
一瞬、新菜さんが怖い顔をしていたような気がするが…気のせいだと思いたい。
「成海君こそ、平気?」
「平気って、何が?」
「さっき色々言われていたでしょう?」
「あー…やっぱり、聞こえていたっていうか…僕の事だよな」
新菜さんがさりげなく、僕の腕に抱きついてくる。
柔らかい感触。触れてはいけない場所の感触が、腕に思いきり当たっている。
心拍数が上がる。
けれど、彼女の心拍も、同じぐらい早かった。
「…その、新菜さん。あの」
「気にしなくていいからね。今日、凄く格好良いよ」
「…ありがとう。新菜さんも、今日は…凄く可愛い、です」
「ありがとう。気合い入れたんだよ」
「気合い…」
「デート、だからね。今日は楽しもうね」
「…うん。でも、頼むから、その…手を繋ぐ程度で。流石に、胸当たってるから」
「…あてているんだよ」
「なんで!?」
「私だって、凄くドキドキしてるんだよ〜って、成海君に知ってほしかったから…」
「それは、言葉にしたら…」
「言葉にしにくいことだってあるでしょう?」
「まあ、そうだけども…」
「そういう時は、行動あるのみだと思うんだよね」
「行動するにしても、大胆すぎるから…」
「大胆な方が、意識せざるを得ないでしょう?」
余裕をもって、そう告げているように見せかけて…表情だけは全く変わらない。
新菜さんも照れているらしい。それをバレないように、表情を固定化させて…笑みを絶やさないとは…。
「わかったから…加減して貰えると」
「そうする…。私も、結構恥ずかしいから…」
腕から離れた直後、新菜さんへ手を差し出すと…普通に手を握り返してくれる。
これで、いつもの距離。
「そういえば、夏休みの課題…何作るか決めたの?」
「んー…水族館っぽいって言われたから、浮き球にしようかなって」
「浮き球ってなあに?」
「こんな感じのもの」
スマホを見せて、参考画像を見せる。
硝子で作ったウキに硝子で作った魚や水草の小物をつけて、アクアリウムを作る装飾具。
「他の装飾品も含めて、全て硝子で作って…アクアリウム自体を全て硝子で構築しようかなって」
「…何か淡々と言っているけれど、かなりの作業量が必要じゃない?」
「虫かごぐらいの水槽を想定しているから、あんまりない。大きすぎると、水を抜くのも大変だから…」
「そういう問題なんだ…」
「重量もあるし、置き場所にも困るから…」
「確かに…あ、その浮き球って、金魚と一緒に入れられる?うち、金魚鉢で金魚飼ってて…生き物と一緒に入れたら可愛いかなって」
「装飾品は金魚ちゃんがびっくりしちゃうかもだから…別にした方がいいかも」
「金魚ちゃん…言い方可愛い…」
「なに?」
「あ、そうだよね。見慣れない魚が泳いでいたら、金魚もびっくりだよね。ごめんね」
「…浮き球の種類は色々あって、魚が隠れる目的で、水面に浮かせるものもあるんだ。それなら、驚かせないかも」
「なるほど…」
「試作しようか?形とか決めてくれたら、すぐに作れるし…」
「お願いしてもいい?代金はちゃんと払うから」
「いいよ。でも、僕のでいいの?売店の方に、他の職人さんが作った浮き球は…」
「成海君のがいいの。私は成海君だけじゃなくて、作品にも惚れているからね」
すぐそういうことを言う。
最初から最後まで、全肯定で固められた言葉の数々。
この先もきっと、彼女の猛攻は続くだろう。
耐えきれるだろうか。
ちゃんと今日の目的は完遂できるだろうか。
それに、僕は新菜さんの期待に、応えられるだろうか。
何かも自分次第だ。
どうにかなるじゃない。どうにかしないといけないんだ。
意を決し、前を歩く。
目的地は、もうすぐそこだ。




