35:小さな誓い
天島にあるとある民宿。
家の手伝いをしていた渉は、バイトとしてやってきている同級生で友達の若葉に無言で手招きされた。
「どした?何かあったか?」
「いや、ちょっと見て欲しいのがあって…時間ある?」
「設備、壊れてた?」
「仕事じゃなくて私用…。メンタルなら壊れていそうかな」
「どゆこと?」
スマホの画面を無言で見せられる。
覗き込んでいいらしい。渉はその中に表示されいる文字を目で追い始めた。
『わかばー!』
『どうしよう!こくはくしちゃった!』
終業式。応援すると、相談に乗ると言った…恋路を走る友達からのメッセージ。
渉はそれを確認した後、ゆっくりと視線を若葉に向ける。
若葉の顔も、渉と同じく…険しい顔をしていた。
「…夏休み開始初日だよな?」
「…そうだよ」
「行動出るの、早すぎじゃね?」
「気持ちは分かる」
「で、俺にどうしろと…?」
「どうメッセ返すべきかわかんないんだけど…」
「流石にこれはわからん…」
二人揃って、唸り出す。
ふと、渉の方に妙案が降りてきた。
新菜が告白をしたのなら、相手の方も動きがあるはずだ。
「とりあえず、やり遂げた事は素直に褒めるべきだろう」
「だね」
「とりあえず、俺は成海にそれとなく連絡を入れてみるよ」
「あ、そっか。成海にも何か動きあるかもだよね」
「とりあえず「どんな感じで?」とか当たり障りのない解答をしよう」
「了解っと…」
頭が回れば、後は簡単。
それぞれが行動に移し、主役達の動向を伺い始めた。
◇◇
言っちゃった。言っちゃった。
もう少し準備をしてから言おうと思ったのに!流れで言っちゃった!
「わー!」
小声で叫びつつ、若葉に連絡を入れる。
ちょうど休憩時間だったのか、若葉からの返信はすぐだった。
『やるじゃん。てっきり最終日にやるのかと』
『流れで…つい』
『流れで!?』
『そういう流れだったんだよ!ホントだよ!?』
『私達相談役は元々お役御免だったわけだ…』
『そんなことないよ。二人が背中を押してくれたから、こうして言おうって考えが最初にきたわけだしさ〜』
『そうなの?ま、そういうことにしておくか…』
若葉と話している間に、心の平常が取り戻せる。
けれど普通に戻ったところで、思い出すのは先程の光景のみ。
思い切ったことをしたな…と、自分でも感じてしまう。
「うぅ…」
午後一時半。休憩時間が終わっても戻らない私を迎えに、一海さんがやってきてくれた。
そこで、魘されることが当たり前だと言うことも教えて貰った。
私が思っていたより、彼の現状は酷くって…。
それでも、支えたいと願ってしまう。
例え自分が力不足でも。
一海さん経由で許可を貰い、午後は成海君が起きるまで寄り添えることになった。
その間に私も寝ちゃって、なんなら、バイト終了時刻になってるけど…。
後で一海さんにはちゃんと謝らないと。
メッセージを返しながら、ぼんやりと考える。
…一目惚れから始まったにしては、随分深いところまで来てしまった。
もしかしたらこれはまだ序の口で、私では荷が重すぎる事象かもしれない。
けれど私は、これからも溺れ続ける。
初めての恋に、楠原成海に。
何があっても、側にいたいと思うのだ。
笑っていて欲しいと、穏やかな日々を過ごして欲しいと思うのだ。
彼にそこまでの魅力があるのか、と問われたら…正直、答えられるか分からない。
けれど、彼は全部持っている。
私に足りない物を持っていて、全部くれる人。
そう確信しているから、側にいたいと思うのだ。
メッセージを、成海君に切り替える。
約束を作らなければ、大事な言葉は返ってこない。
『水族館へのお出かけ、成海君の誕生日にしようよ。その日はバイトも休みだしさ』
『…わかりました』
また敬語。少なくとも彼の心に動揺を与えることには成功しているらしい。
返事を聞くのは怖い。
けれど、聞かなければ私達は進めない。
彼の部屋の前で、スマホを握りしめる。
お揃いの硝子ストラップが煌めくように、この先も煌めいて欲しい。




