34:君に必要な言葉は
栗色の髪がベッドの上に広がる。
糸の様にきめ細やか。自分のそれとは全然違う。
触れればきっと、艶やかな柔らかさとしなやかさを体感できるだろう。
髪質にも、人柄は表れる物なのだろうか。
彼女を例えるのに相応しい言葉が、ぽんぽん出てくる。
適温なのか、気持ちよさそうに寝ている彼女を起こすのは申し訳ないが…そろそろ目覚めて貰わないと。
「…新菜さん、新菜さん」
「ん…」
「もう四時だよ。バイトは?」
「んにゃ…」
ぐっすり眠る彼女を起こすには、身体に触れる必要があるらしい。
美海か姉さんを呼んだ方がいいだろう。
でも、二人とも連絡つかないし…自宅の電話にかけても誰も出ないし…。
美海は遊びに行った?姉さんはまだ仕事?
仕事なら、新菜さんを呼びに来ていない理由って?
考えても考えても、答えは出てこない。
意を決し、彼女の肩に触れる。
肩として問題ない代物だと思う。
だけど、僕のそれとは全然違って、細くって…触れて、ちょっと叩けば壊れてしまいそうな…小さな肩。
力を抜き、優しく叩く。
「新菜さん。起きて。もう四時だから…」
「んぁ…」
ぼんやりと、瞼が開かれる。
細い視線の先から緑の瞳を覗かせる。まだ完全には目覚めていないらしい。
「…新菜さん?」
「…あ。成海君だぁ…おはよ〜」
「おはようって、バイトは…」
「午後はここ〜」
「ここって、僕の部屋なんだけど…?」
話している間に目が覚めたらしく、普段通りの調子に戻りながら新菜さんは軽く説明してくれる。
「昼休憩の合間にね、話したいな〜って思ってここに来たら、成海君は眠ってたの」
「そうだね、仮眠してたから…」
硝子細工をした後は、酷く疲れる。
昔はこんなことなかったのに。一段落ついたら、泥のように眠ってしまう。
おそらく、昼もそんな感じだったはずだ。
「酷く魘されてたよ」
「…昔からなんだ」
「おじさん関係?」
「…他にも色々」
母さんのこと、周囲のこと…そして、今突きつけられている現実のこと。
流石に、話せない。
「話して解決できるようなことでは、ないんだね」
「だと、思う」
「何かできることがあったら、相談してね。力になるから…絶対に」
そう言ってくれるのは嬉しい。
でも、流石に…。
「…迷惑、かけるから」
「いいんだよ。迷惑かけて」
「…」
「私はそれを迷惑だとは思わない。どんな些細なことでも、力になりたい」
「…それ、は」
「遠慮なんてしなくていい。迷惑だってかけていい。一人で悩まないで。一人で抱え込まないでね」
「…ありがとう」
「いいんだよ。私は私に出来ることをしたいの」
「変なの?」
「変じゃないよ」
新菜さんは僕の頬を両手で挟み込み、視線をまっすぐに合わせてくる。
目を逸らすな。そう言わんばかりの真剣な面立ちで、彼女は笑う。
「———好きな人が笑っていられるよう、力を尽くしたいと思うのはおかしいこと?」
「…は」
「勿論、友達としての「好き」じゃないよ」
「なん、で…」
「んー…なんかね、成海君。いつも自分はここまでして貰う人間じゃないでしょって考えで過ごしているでしょ?」
「そんなことは」
「そんなことあるの。違うよ、大丈夫だよって言っても…貴方は否定ばかりしてくる。だったら「私がそうしたい理由」を隠すんじゃ無くて、明確にするべきなんじゃないかって思ったの」
「それが、この流れの告白って…!?」
「もう少し準備はしたかったし、ロマンチックにやりたかったんだけどなぁ…」
少しだけ残念そうに、頬を膨らませて口元を尖らせる。
けれどすぐに表情を緩ませて、再びまっすぐに…視線を交わす。
「でも、今の成海君に必要な言葉は言えたと思うの」
「それ、は…」
「返事は…そうだな。今度のお出かけの時に聞かせて」
「…本気の、やつなの?」
「お遊びでこんなこと言わないよ。本気だから、安心して」
「…っ!?」
「…良い返事、待ってるから」
また、耳打ちをした後に…彼女は距離を取る。
いたずらが成功した子供の様に笑い、スカートを翻しながら…部屋を後にする。
肝心な事を聞く前に、一番大きな爆弾を投げかけられた。
「.…好き」
一生誰かから言われると思っていなかった言葉を、好きな人から与えられた。
嬉しい気持ち。受け入れたい気持ち。
同時に立ち塞がる「僕で良いのか」という気持ち。
せめぎ合う二つの感情に挟まれながら、僕は再びベッドに落ちる。
どうかこれが夢であるのなら、醒めないで欲しいと…願いながら、瞳を閉じた。




