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33:夢の中は過去

夢を見る。

懐かしくて、暖かい夢の中。

その夢にはいつだって、母さんがいる。


「…」

「あ、まーたちびっ子が入り込んでる。何言っても聞かないんだから」

「お母さん、何作ってるの?」

「危ないから下がっていなさい」

「…うん」


硝子細工を作る母さんを見たくって、何度も工房に入りこんだ。

父さんからは許可を取ったのに、ちゃんと大人しくしているのに。

お母さんはいつも怒りながら、僕を追い出そうとしていた。

正輝兄ちゃんが気を利かせて、道具や窯がない離れたところに椅子を用意してくれて…そこで見ているように言われていた。


「成海」

「なあに、お母さん」

「お母さんと皆の仕事を邪魔しないの。早く出て行きなさい」

「大人しくしてるから…」

「ダメ。美海と遊んでいなさい」

「…お父さんにもいいよって、言ってもらって」

「今後は言わせないようにするわ。出て行きなさい」

「透さん、流石に意地悪すぎやしませんか?なるぼうだって、透さんの作品が好きで、作品作りをしているところを見たくってここにいるんすから…将来は硝子職人」

「させないわよ!絶対に!」

「…お母さん」


「硝子職人だけは目指させないわ、成海。貴方に見せる技術も工程もなにもない。出て行きなさい。次は打つわよ」

「なるぼう」

「…うん」


母さんは工房にいる時、凄く厳しかった。

家にいるときは普通に優しいのに、工房にいるときは厳しくて…。

それに、絶対に硝子職人にだけはならせないと告げていた。

どうしてか、わからなかった。

正輝兄ちゃんに促されるように外へ出る。

僕に会話が聞こえなくなったタイミングで、正輝兄ちゃんは母さんを睨み付けた。


「…透さん、あんたって人は本当に対人最悪っすね。なんで結婚して子供三人こさえることが出来てんですかね。この人格破綻者」

「よく言われるわ」

「天才って、そんな生物なんすかね。あーやだやだ。親に夢の制限をされるなるぼうが可哀想ったらありゃしない」

「私の子供だって周囲に認知された結果、私になることを期待され、現実を突きつけられて破滅するよりはマシよ。あんたは成海にそうなれって言いたいわけ?」


「…それは嫌っすね。でも、なるぼうだって…あんたとは違う才能が眠ってると思いますよ」

「何が言いたいの?」

「あの子は繊細な子です。あんたは、なるぼうとちゃんと向き合っていますか?」

「家ではちゃんと向き合っているわ。母親としてね。あの子もちゃんと」

「最近のなるぼう、あんたと話しているとき顔が引きつっているの、気付いて言っているわけじゃないっすよね…?」

「は?あれが普段でしょ?自信がない。引っ込み思案。人見知り。それが成海じゃない」

「…あんたはあの子の何を見ているんだ!」


僕の事で、正輝兄ちゃんが母さんと揉めることは少なくなかった。

それが申し訳なくて、工房には近寄らなくなった。

それ以外は普段通りにしていたけれど…母さんが病気で死んで、あれが起きた。


「お前が殺したんだ、成海。透はお前が殺したんだ」

「僕、ちゃんとお母さんに…病院…」

「気付いていたのなら、もっと早く言えよ。死んで欲しかったのか!?そんなにも実の母親に死んで欲しかったのか!?」

「ちがっ…」

「義兄さん、あんたな…!時と場所を考えてくれるか!?文句なら成海本人じゃ無くて俺に言ってください。子供に聞かせるような言葉じゃ」

「…悪魔のようなガキめ。半分だけでも透の血がお前に流れていると思うとぞっとするよ」

「ごめ、なさ…」


「…才能まで継がれるのは困るな。よし、透の作品は俺が全部回収する。こいつには触れさせない」

「え…」

「母親に死ねと願うほど嫌っていたんだろう?葬儀から出て行け。墓参りもするな。透に関わるな」

「ぼく、は…そんなこと」

「義兄さん!これ以上はやめてくれ!」


葬儀の事は、よく覚えていない。

覚えている事は、おじさんから言われた言葉だけ。

その後、姉さんと美海が手を引いて…別室に連れて行ってくれた事ぐらい。


母さんの葬式が終わった数日後。

おじさんは有言実行で、母さんの硝子細工を全て持って行ってしまった。


残ったのはあの小鳥だけ。

「誕生日おめでとう。これをあげるから、硝子職人を目指すのはやめなさい」と書かれたメッセージカードだけが、僕の手元に残された。


それからも、落ち着くことは一切無かった。

夢であの日の光景を何度も見る影響で、眠ることを拒み…父さんは心療内科とカウンセラーの先生の元へ僕を連れて行く生活を始めることになった。


今も、カウンセラーの先生にはお世話になり続けている。

発作の事があるから、体育と家庭科を始め、校外学習にも出られなくなった。


「お前の弟、変だからなんも出来ないんだろ〜?」

「は?私の弟、掃除も洗濯もできるんだけど。あんたと違ってね」


「美海の兄ちゃん、いつも体育見学してるよね?」

「お兄ちゃん運動したら死んじゃうから…」

「マジで…」


姉さんと美海はよく同級生から「なんで」と聞かれたり、揶揄われたりしたと愚痴をこぼしていた。

姉さんは威圧的に、美海は軽く受け流している様子だったけど、いらぬ負担をかけているのには変わりない。


沢山迷惑をかけた。

今だって、陸や皆に負担を強いている。

僕なんかを支えたって、何も返せないのに。


「おっ、透さんの息子かぁ…」

「でも、透さんの真似っこで、劣化版って…」

「らしさがないんだよなぁ…息子は凡才かぁ。天才の子が天才なわけないか」


硝子細工は、辛いことから意識を逸らさせるため、父さんからやってみないかと言われて始めた事だった。

目標は母さん。母さんのような作品を作りたい。

そう願って、腕を高めたけれど…現実は酷く重くって。

今では、工房に通う頻度もかなり減っている。


僕には才能も無い。

あるものの方を探した方がマシなぐらい、なにもかも持っていなくって。

周辺にいる人へ優しくするぐらいしか能が無い。


どうしてと、疑問だけが渦巻く。

どうして、新菜さんは僕に関わり続けるのだろう。

僕にそんな価値は、一切ないのに。


◇◇


目が覚める。

現実を見せられた後は、いつも濡れっぱなしで寝たのかと思うぐらい…汗だくになっている。

汗をかいても暑さは感じない。むしろ、この気候でも寒さを感じる。

具合が悪いわけではない。

ただ、満たされていないから…全身が冷える。


だけど、一つだけ…暖かな感触が手に残っている。

背中に沿うように腕を伸ばし、片方の手は僕の手のひらに。

制服のまま、何故か隣で眠っている新菜さんを一瞥した僕は、ぼんやりとした頭で考える。


どうしてここにいるのだろう。


時刻は午後四時。

下手に動けないベッドの上で、この状況をどうしたものか…静かに思案した。

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