表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/213

32:距離は変わらず、すぐそこに

十二半時を迎え、少し遅めの昼休憩に。

自宅冷蔵庫に保管していた作り置きを食べる前に、休憩室の方へ向かった。

新菜さんと、室橋先輩が昼休憩を取っている頃だと思うから。


工房から見ていた程度だが、今日は人の入りが多かった様に見受けられた。

初日から大変だっただろう。困ったことは無かったか。

力になれることは、あるだろうか。


包装紙のような理由で、ただただ話したいだけの気持ちを包み込み、扉をノックしようとすると…その中から、談笑の声が聞こえてきた。


何を話しているかはわからない。

けれど、声は明るくて…困っている様子なんて微塵も感じられなくて。


「…そうだよな、新菜さんって元々こんな」


誰隔てなく、関わることができて。

皆と仲良しで、決して遠野新菜と話すことは…僕にとって特別でも、周囲からしたら普通のことだ。


すぐに誰でも仲良くなれるのは才能だ。

同級生でも、先輩でも…きっと、後輩でも。

僕は関わらずとも、新菜さんはどこでも上手くやれる。

初めてのアルバイトも、先輩と姉さんと協力しながらやり遂げてみせるだろう。

僕の手助けは、必要ないだろう。


別世界の入口に背を向けて、一番落ち着ける場所に戻る。

大丈夫。新菜さんは、問題ない。

問題があるのは、ちっぽけな理由で関わろうとした…どこにでもいるその他大勢の分際で、彼女の心配をしていた僕ぐらいだ。


やっぱり、僕にはあの舞台が遠い。

華やかな世界。物語の主人公の様に真ん中へ立つ彼女と、舞台上の木程度の僕では…住んでいる世界が違いすぎた。

…同じ舞台に立とうとした事すら、おこがましく感じてしまう。


それでも、この気持ちは捨てられない。

好きな気持ちには、変えられない。


でも、側にいることには、躊躇をし始めた。

…背景は主役と並んで引き立つけれど、背景と主役は一緒に歩けないのだから。


◇◇


昼食を摂り終え、楠原家の自宅スペースへ向かう。


工房にいた職人さんに成海君の居場所を尋ねると、家に昼を食べに行ったらしいから。

楠原家の自宅スペースに繋がる廊下を歩き、リビングへ。


「あれ、新菜さん?」

「美海ちゃん、朝ぶりだね。成海君は、その…」

「お兄ちゃん?んー…戻ってきたのかな」


美海ちゃんは成海君がいた形跡を探してくれる。

机の上、台所…食器籠。

そこにあったのは、成海君が普段使っているお茶碗とお箸だった。


「ご飯は食べ終えてるっぽいから部屋じゃないかな」

「…お部屋」

「案内しようか?」

「是非」


美海ちゃんに案内されて、行ったことがなかった二階へ。

三つの扉が並んだ廊下には、それぞれ手作りのルームプレートがかけられていた。


「私達の部屋にかけられてるこれ、お父さんの手作り」

「いいねぇ」

「…均一ショップで買ってきたパーツをボンドで貼り付けただけだよ」

「それでもだよ〜」


それぞれが好きそうな色のプレートに、木製のひらがなパーツをくっつけただけの代物。

誰でも簡単に作れると言ってしまえばそれまでだ。

けれど、あの忙しそうなお父さんが三人分手作りしているところが…なんだかいいなと思えた。


「家族みんな、互いが大好きなんだね」

「…かも。新菜さんのところは違うの?」

「私はお父さんもお母さんも大好きだし、二人とも同じ気持ちだと思っているけれど、毎日会えるわけじゃ無いからさ。忙しすぎて、こういう手作りとかもして貰ったことないし…羨ましいなって思えるよ」

「そっか…色々な家があるんだね」

「そういうこと〜」


階段に一番近いのが一海さん、真ん中が美海ちゃん。

そして廊下の奥にあるのが成海君の部屋。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。少しいい?」


美海ちゃんが何回かノックをして、成海君へ声をかける。

しかし返事はない。


「…工房に入った後、よく寝るんだよね。疲れるみたいで」

「体力的な問題?」

「集中力的な問題。とりあえずドア開けるねお兄ちゃん」

「えっ」


家族らしい距離感のなさと共に、容赦なく開けられた成海君の部屋の先。

部屋は洋室。机の上は片付いておらず、デザイン画らしき物が置かれていた。

所々に鳥のスケッチも置かれている。うわ…上手い…。本物みたい。


冷房がうっすらと効いた部屋の中、足がないベッドの上で寝息を立てている成海君。

やっぱり、お疲れだったらしい。


「…あ」


ベッドサイドにある、横にカラーボックス

サイドテーブルとして使っているのだろう。その上にも筆記具とデザイン画が散らばっていた。

そして、端の方にはケースに飾られた小鳥の置物。

楠原硝子工房のロゴ…その元になった小鳥が、成海君が将来作り出す作品と彼自身を見守るように置かれていた。


「ここ、いて良いから。休憩終わり、一時半だよね。終わる前には戻ってね」

「ありがとう」


部屋には二人きり。

少しだけ暑さを感じる部屋の中。

それは冷房が成海君仕様だからなのか。

好きな人の部屋に、二人きりの現状に自分が熱を帯びるほど喜んでいるのかは、定かでは無かった。

そんな中、成海君の顔が顰められる。

起きるかと思いきや、顔は険しくなって…辛そうに唸り出す。


「…魘されてる?」


ベッドサイドはカラーボックスが邪魔して座れないので、ベッドに乗り上がり…彼の手を握り締めながら、背中を撫でる。

…大丈夫だと、怖くないよとあやすように。

彼が目覚めるまで、ずっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ