31:恋愛小説家と悩める少女
休憩時間。
私は室橋先輩と話してみようと思い、一海さんと共に休憩室へ向かう。
「…一応、ついておくわね」
「助かります」
お昼を片手に、扉を開いた。
そこには…。
「…ドラマ化効果でさらに積んでも、奴には届かないんですか」
『…仕方ないよ。あの人は運に恵まれて』
「そうですよね。すみません…」
『先生が野坂陽彦を目標に書いてきたのは知っています。高校生の間に、追い抜きたいと目標を立てていたのも、一緒に作品作りをしていた身として痛いほどに』
「…」
『まだ、半年以上ある。どう転ぶかはまだ分からない。ドラマの出来はとてもいい。コミカライズだって順調だ。冬からはアニメも始まる。まだ、彩工房は止まりません』
『そうですね。止まらないように、俺が駆けないと。まだ、追いつけると信じて』
「サポートは任せてください、先生」
『お願いします』
電話を終えて、小さくため息を吐く。
状況が上手く理解できず、ふと、一海さんの方を見えると…一海さんは無言でスマホを私に渡してきた。
『室橋浩樹は小説家。七月から始まった「彩工房のオーダーメイド」を初めとして、色々と書いてるのよ』
スマホのメモで、簡潔に。
室橋浩樹という青年が置かれている状況と、抱えているものを伝えられる。
軽く会釈した後、私は自分のスマホで小説のタイトルで検索をかけた。
「彩工房のオーダーメイド」
ヒロインを神格化している主人公。
主人公に対しては全く素直じゃ無いけれど、デレるときは滅茶苦茶可愛いと評判のヒロイン。
本作はヒロインが連れてきたお客さんの依頼を受け、主人公が「その人の為だけの硝子作品」を作る話だそうだ。
高校生作家としては歴代二位の売上を叩きだし、数多のメディアミックスにも恵まれている。
しかし、どうやら本人は全く納得いっていない様子。
高校最後の年、やっと「歴代二位」の座を得ることは出来た。
でも、越えられない。
うっすらと聞こえた名前は、二十年前以上に活躍した小説家。
私でも名前を知っている。児童小説や絵本の原案までしていた人だから。
「あ、ごめんね。入りにくかったよね」
「いえ…」
「…何かあったの?」
「少しだけ、付き合ってくれる?」
食事を摂りながら、少しだけ話をしてくれる。
話せることは少ないけれど、それでも分かるように。
「俺には、憧れの小説家がいる。それが野坂陽彦。二十年前以上に活躍した小説家で、書いた小説が現実の事件になって…それを解決するために、本人が奔走した「現実作家」」
「読んだことあります」
「あの人は色々なところに出没していた。絵本、児童小説…どのジャンルでも、その名前は現れる。小さい頃から俺はこの人を越えたいと目標を立てて、俺は書き続けた」
「歴代二位の売上じゃ、満足いかないの?」
「…一番の椅子が欲しいんだ。二十年近く破られなかった記録を、俺が破る。格好良いと思わない?」
「…でも、二番で十分だったり」
「んー。確かに実績を考えたら「十分」かもね。でも、君はそれ、恋愛面でもいえる?」
「それ、は」
「見ているだけでわかるから、ストレートに言わせて貰うけど…君は成海君の二番でいいのかい?一番がよくても、彼には好きな人が隣にいて、君は「二番目でいいから彼女にして」なんて言えないだろう?」
「そんなの、浮気の誘導みたいな…」
「社会常識は、横にしてくれる?」
室橋先輩の、真っ赤な目が鋭く私を覗き込む。
心の奥底を抉るように、目を細めて、言葉で切り裂いてくる。
「もしもの話さ。複数の人間と付き合うことが認められている世界があったとして、君は彼の二番でいいかという話」
「…それは、嫌、です」
想像しただけでも嫌だった。
私以外の誰かが、彼の隣にいて…一番の表情は、別の誰かが引き出してくる。
家族でもない、親戚でもない。同じ「他人」から始めた存在なのに、彼との距離は、他の誰かの方が近いなんて…絶対に嫌。
その位置は、私でいたい。
「君が思った事は聞かない。けれど、嫌だという気持ちは同じだ」
「すみません、軽々しくそれでいいんじゃないかと…」
「いいんだよ。俺も少しいじめすぎたね。ごめんね」
「…あんた、言葉で金を稼ぐ仕事してるんだから、言い方とか少しは気を遣いなさいよ。切れ味強すぎるのよ」
「ごめんごめん。でも、止めなかったね。なんで?」
「さあ…なんでかしらね。あ、新菜ちゃんの気持ちをちゃんと確認したかっただけじゃないわよ」
「分かっているよ。姉としての心配もあっただろう?」
「ないようなものよ。あったら、背中は押さないわ。ごめんね、新菜ちゃん。居づらかったら、うちで…」
「いえ、このままで大丈夫です」
この嫌な気持ちを改めて再認識させられた。
特別に———一番でありたい気持ちを再度確認させられた。
話して得られる事はあるだろう。
言葉は強いけれど、頼れない人ではない。
それに気付かれているのなら…一海さんを含め、相談に乗ってくれるかもしれない。
そう期待して、ここに居ることを決める。
別世界に生きている人。本来なら関わることすら難しい人。
関われた運を、物にしない他はない。




