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30:二人の頼れる人と

その後、開店前に売店のレジ操作、硝子の取り扱い方…陳列方法に渡るまで、色々な事を一海さんは教えてくれた。


「まあ、慣れよね」

「ですね」

「だね〜」


教えて貰った事をメモに取り、軽く纏めておく。

後で見返せるように。困った時に、頼れるように。


「あれ、これ…売約済になってる。いつの間に…」

「あ、バイト代が入ったら私が買わせていただこうと…」

「あら〜」

「こんな大きなランプを?」

「は、はい」

「何か特別なものなのかい?他の同製品と比べたら、安いようだけど…」

「それは…」


成海君の作品だから、なんて…流石に言えない。

室橋先輩がどんな人物か分からない今、自分の気持ちを曝け出すことは…恐怖の方が勝る。

彼がそれを受け取って、どう扱うか、分かりかねるから。


「「素人」の作品だからよ」

「素人…ああ、そういうこと」

「…揶揄ったら追い出す」

「そんな野暮な事はしないよ。堪能はさせて貰うけど」

「堪能はするんかい」

「俺は鈍感で躊躇しがちなラブコメ主人公ではなく、自信と理性に満ちあふれている語り部だからね。これぐらい初歩中の初歩。黙って見守ることはできないけれど、シナリオ進行妨害という禁忌は犯すことはないよ」


「何を言っているかさっぱりわからないけれど…」

「いつも通り、物陰から見守るだけさ」

「そ」


私も何を言っているかわからなかったけれど…とりあえず、一海さんの不安は解消されたらしい。

本当に、楽しそうに会話をする二人…。


「…お二人は仲良し、なのでしょうか?」

「いや、ただのクラスメイト」

「仲良しではないね」

「でも、息がぴったりなような…」

「なぜか一緒にいてしっくりきて困るのよ…。誰かに似ているのかしら…」

「さぁ…」


言えない。室橋先輩の空気感が海人さんそっくりだなんて。

普段はほわほわしているけれど、きちんと真面目さを見せてくる仕様とか。

一海さんの前では絶対に言えない。


「とにかく、初日の数回はレジ対応をこなしていきましょう。八月に突入したら、夏休み体験プログラムが組まれるから、午前中はレジ、午後はプログラムのサポートが出来るようにしていくわよ」

「「体験プログラム?」」

「夏休みに小学生向けにやってるのよ。ほら、作品も作れるし、自由研究で「硝子のことを纏めました〜」とかやれば、夏休みの宿題に困らないでしょ?」

「ああ…なるほど」


「応募、結構多いから…大変よ」

「「…」」

「去年は成海が全員相手してくれていたんだけど…」

「普段は成海君がプログラムの方を?」

「ええ」


「なんだか意外だね。俺の印象だと、人見知り激しそうだったんだけど…」

「同世代相手だとね。ちびっ子相手だとまた違うわよ。ほら、今日も来た」


開店に合わせて、一海さんが店の鍵を開けに行く。


「今日は工房にいるから。窓からね。走ったら怒るからね」

「はーい」

「はやくいこ!」


十歳ぐらいの女の子二人と、男の子が一人。開店と同時に店の中へやってくる。

その子達は硝子製品を割らないように歩きながら工房が見える窓に近づき、その奥を眺める。

三人の視線の先にいるのは、成海君らしい。


「成海兄ちゃんいた!」

「今年は工房なんだぁ…」

「何作るんだろ…」


「あの子達は…?」

「近所の子。夕方、晩ご飯の買い出し前に近所のちびっ子の遊び相手をしているのよ。その影響か、子供の相手が得意でね。夏休みだから遊んで貰おうと来る子は多いのよ」

「へぇ…」


やっぱり優しい人なんだよなぁ。

子供に好かれるのも納得な部分しかない。


「なんなら「成海兄ちゃんがいるから」「成海兄ちゃんが一緒なら」って理由で、応募してくる子もいるし…」

「「安心できる近所のお兄さん」がいるおかげで、体験プログラムの応募は毎年良好」

「だけど人手が少ない工房的にはちょっと大変な部分もある…って感じですかね」

「そんな感じ。成海目当ての子は一纏めにして、本人に相手して貰う予定なんだけどね。回数を減らそうとしたら、一回で面倒を見る子が結構多いから、成海のサポートもお願いしたいの」


「ほうほう。でも僕は楠原さんと一緒にコンビを組みたいな」

「そうね。あんたは放逐できないもんね」

「そこまでいう?」

「と言うわけだから。できれば、新菜ちゃんが成海のサポートへ入ってくれると、成海も安心だろうし…任せるためにも、早く覚えてね。私もできる限り練習付き合うから」

「勿論です!頑張ります!」


意気込む後ろで、室橋先輩はひそひそと一海さんへ声をかけに行く。


「…大体の事はわかったよ。遠野さんは成海君狙いなんだね」

「狙いってね、あんた…。ま、成海の方も脈ありだから、できればってところ」

「余計なお世話にはなっていないんだよね?」

「…多分ね」

「そっか。こちらはできるだけ動向を報告するよ。君が望むようにね」

「ほんと、あんたが来てくれて助かるわね、浩樹…やって欲しいことがすぐにわかってくれる」

「…え、今名前呼んでくれた?」

「あんたも名前で良いわよ。うち、楠原四人いるんだから」

「いちかさん…!」


…内容は全然聞こえなかったが、室橋先輩は何故か飛ぶ勢いで喜んでいるし…悪いことではないのかな。

そうこうしているうちに、お客さんがやってくる。

学生らしく過ごす時間はおしまい。

ここから先は、労働の時間だ。

一瞬で普段の調子に戻っていた室橋先輩と一海さんの三人で並び、笑みを浮かべながら接客モードへ切り替える。


「「「いらっしゃいませ」」」


はじめてのアルバイト、肩の力を適度に抜かれつつ挑むことが出来そうだ。


「新菜ちゃん、レジやってみようか」

「はい!」

「新人さん?」

「はい、近隣の高校からやってきてくれた子で…今日が初めてなんですよ」

「そうなの?頑張ってね」

「ありがとうございます」


頼りになる先輩に支えられながら、時間を過ごす。


「…ううっ、包装上手くいかない」

「先に重ねるのは左だよ」

「え」

「右から重ねていたよ。後は折り目、恐れずにもっと強めに。一海さんは包装紙を無駄にして怒るような人じゃないから、練習、頑張ってね」

「ありがとうございます、室橋先輩」


「浩樹、商品運ぶの手伝ってくれる?」

「まかせていちかさぁ〜ん!」

「…」


もう一人の先輩も、警戒すべきか、信頼すべきか…まだ迷うけれど、いい人なのは確かなのかもしれない。

二人となら、最終日まで頑張れる。

そう確信しながら、包装紙を手に取る。


出来ることを増やして、多くの仕事を任されて…。

窓の先にいる彼が、硝子と向き合う時間を多く取れるように…頑張ろう。

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