28:私が見つけた、私だけの
新菜さんが距離を取り、いつも通りの笑みを浮かべる。
優しげに。けれど今は、とても意地悪。
でも、決して嫌いじゃなくて。
しかし、その顔だけは絶対にしてほしくなくて。
見せるのは、僕だけであって欲しいと…思ってしまう。
独占欲か何かなのだろうか。
新菜さんは、誰のものでもないのに。
彼女の誰にも見たことのない一面を、僕だけが見たいと思ってしまうのは…おこがましいことだ。
「…」
耳に残る吐息の熱が、自分の熱と混ざるまで、静かに目を伏せる。
水族館には誘えた。
ただ、意識が少し違っていて。
僕は普通に出かけるだけだと思っていたのだが、新菜さんはそれを———デートだと言ってくれた。
確かに、デートの定義を考えたら、デートなんだろうけど。
…それ、誰彼構わず言っているわけではないよな。
「はぁ…」
さっきから、変な事ばかり考えてしまう。
熱が混ざった頃、息の調子を整えて…普段通りに。
変な事は、何も考えないようにしなければ。
「成海君、成海君」
聞くだけで安心感を覚える声で、名前が呼ばれる。
この声が好き。何度でも、聞いていたい。
だからできるだけ、会話を引き延ばしたくなる。
「なに、新菜さん」
「あのランプ、まだあるんだね」
「あっ…」
春先。新菜さんが教科書を届けにうちまで来てくれた時に褒めてくれたランプ。
それはまだ、売れ残ったまま。買い手を探し続けている。
———姉さんの分は既に全部売れて、第三弾に入っているのに。
僕はまだ、最初で止まっている。
なんで売れないんだろう。高いから。置き場所に困るから。
新菜さんから、次に紡がれる言葉が怖くって…目を伏せる。
飛んでくる言葉に、耐えられるように。
「よかったぁ。まだ待っていてくれたんだ〜!」
「…へ」
「お小遣いは貯めていて、このペースだと十月には買えるかな〜って思っていたんだけど、商品自体がないと、買えないもんね!あって良かったぁ〜」
「…それは、その」
「それにバイト代も入るでしょう?夏休みが終わる前には買えちゃうね!」
「それって」
「私が絶対に買うってこと!この子は絶対に欲しかったの!」
「どうして、そこまで」
言ってくれるのだろうか。
姉さんのアクセサリーのように実用性があるわけではないし。
大きくて、場所は取るし。
それに重いし、飾るにも場所を選ぶし。普段使いはしにくいし。
色合いも、よく見たら微妙じゃないか?
売れない理由はいくらだって探せるのに、買いたいと思われる理由がどこにも見つけられない。
「———好きだからだよ」
「…」
「その…成海君の、作品が…好きだから」
一瞬、心臓が跳ねる。
話の流れから、そうじゃないとわかっていても…好きだと言われたら、誤解してしまう。
誤解したくなる。
「最初から目を惹かれて、見れば見るほどいいなって思えて…私の側に置きたくて…出来ることは色々したくって…」
「うん」
「だからね!こうして売れ残っているのは成海君的には不安だろうけど、私にとっては嬉しいの!」
言葉が貫いてくる。
まっすぐに、どこまでも、嬉しい言葉が心を占める。
「いや、ね…この作品の良いところに気がつかない人ばかりでむかつくと言えばむかつくよ。でも、見つけられなくて良かったとも同時に思ってしまう。ごめんね、成海君からしたら、見つけて欲しいのに」
「…いや、そこまで言われるなら。僕は、新菜さんだけに見つかってくれて良かったと思うよ」
「そうだね。私だけが見つけた、私の欲しい一番…誰かに見つけられる前に、私が見つけられて本当によかった」
ランプではなく、僕の方を見ながら…そう告げる。
これは、ランプの話なんだよな。
決して、それ以外の話では…ないんだよな。
「絶対買わせてね。成海君。私のものにさせて」
「…取り置きは」
「今回はさせていただこうかな。絶対に、手に入れるから」
「ありがとう、ございます」
どこまでも、言葉で僕を動かしてくる。
心も、意識も、感情も…今は全て、遠野新菜を中心に動いている気さえする。
ランプに取り置きの札を貼ると同時に、姉さんが室橋先輩をつれて戻ってきた。
新菜さんもそちらに合流し、バイトの準備をはじめるそうだ。
彼女を見送り、僕は工房へ。
浮ついた心を律し、窯へと向き合った。




