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27:二人の約束

しかし、その…なんだ。

さりげなく背中に触れているけれど、成海君が何も言ってこない。

それほどまでに動揺が強いのだろうか。


「…」


同い年。中学生から高校生になった狭間の時間。

それでも背中は大きく見えて、筋肉がちゃんとあって…ちゃんと男の人。

自分とは、全然違う。


「あ、その…新菜さん」

「なあに、成海君」

「その、背中を撫で回して…どうした?」

「へ?」


無意識に背中の至る所へ手を伸ばしていたらしい。

恥ずかしさと疑問が入り交じった表情をこちらに向けながら、成海君は問う。

なんだか、凄いことをしてしまっていたらしい。


「ご、ごめんね…!落ち込んでいたみたいだったから、背中…さすっていただけなんだけど」

「だけど?」

「…つい、色んなところに触れちゃった。ごめんね」


「大丈夫。だけどそういうの、他の人にしたら絶対ダメ…」

「わかって…他の人?」

「うん。怒られるよ、絶対」

「…成海君はいいの?」

「僕は、まあ、新菜さん相手なら…ちゃんと、声をかけて貰えば、いくらでも…」

「なんでそんな大判振る舞いを…?」

「減るものじゃないし、新菜さんの好奇心がそれで満たされるのであればそれはそれで有かなと…」


「…私に触れられて、どうとも思わないの?」

「なんか緊張はするけど…嫌な感じはしないし…」

「むぅ…」


もしかしなくても、一海さんや美海ちゃんに触れられている感じと同じ扱いなのかな。

家族のような安心感があるのは、嬉しい。

けれど、家族扱いされるのは嫌。


「…新菜さん?」

「家族扱いは、されたくないなぁ…」

「え、そんなことしたことないけど…」

「でも、触れられて別に何も思わないって」

「嫌じゃないだけで、緊張するとは言った…。家族に触れられても、こんな風には思わない…」

「そっか…」


ゆっくり手を離す。

名残惜しさはあるけれど、これ以上触れていられる理由がない。

理由もなく、触れていられる間柄では…ないのだから。

手が離れた瞬間、彼は名残惜しそうに眉を下げる。

どうしてそんな顔をしてしまうのだろう。

期待、してしまうじゃないか。


「…手、離されたくなかった?」

「あ、いや…まあ、別に。好きなだけどうぞとは…思って」

「成海君が「どうされたいか」聞きたいんだけどなぁ…?」

「…それは」


「朝から意地悪しすぎちゃったね。ごめんね、忘れ…」

「…名残、惜しかった、ので」

「…へ」


稼動を始めた工房の騒音にかき消されるかのように告げられた本音。

聞き間違いではない。

名残惜しかった。確かに、そう言った。

けれど、途中で恥ずかしくなったらしく…顔を伏せて、片手で顔を覆っていた。

誰もいない、朝日が差し込む硝子の空間。

そっと手を伸ばして、再び背中に触れた。

眩しい光の中で、嬉しそうに目を細め…片手に力を入れていた。

その手に握られていたのは…。


「ね、成海君」

「え、あ…はい」

「急に敬語」

「…ごめん」

「も〜。謝ることはないでしょ〜?」

「そうだけど…。ええっと、あの、さ」

「なぁに?」


その先の言葉を期待しながら、続きが紡がれる瞬間を待つ。

視線を右往左往させて。手に力を込めすぎて、チケットがくしゃくしゃになっていないか焦りだして…なっていないことに、安堵して。

見ているだけで、十分だと思いそうになる。


成海君らしいといえばらしいかもしれない。

それほど彼を知っているわけでは無いけれど、私が知る範囲の成海君なら…こうなりそう。

たった一言「一緒に行かない?」が言えなくて、しどろもどろになっていそう。

事実、なっている。


言葉には決してしない。正直言えば、格好悪い。

だけど、それはきっと「特別」だから。もっと見せて欲しい。

いくら格好悪くたって構わない。

こんな姿は、私だけに見せていて欲しい。

私なら、そんな格好悪いところも含めて…受け入れていられるから。


「に、新菜さん」

「なんでしょう?」

「…休日、その」

「うん」

「水族館、一緒に行きませんか!?」

「いいよ〜。いつ行く〜?」

「いいの?」

「勿論。断る理由なんてないし…」


流石に聞こえていないと分かっていても、他の人には聞かれたくなくて。

彼の耳へ、そっと呟く。


「…成海君となら、どこへだって行きたいな」

「そういうのは、誤解を生むから」

「誤解するような事は一切無いのに」

「それって」

「どういうことでしょう。予定、後で決めようね」

「う、うん」

「楽しみに、してるからね」


「…期待に添えるように、頑張ります」

「も〜。また敬語。もっと肩の力抜かないと〜」

「そうも言える状況じゃないだろ!?」

「そうだね。だって…」


———今したのは、デートの約束だもんね。

再び耳打ちを一回。

そっと吹きかけられた息に、成海君は耳を押さえながら距離を取る。


私はそれを笑うだけ。

余裕のなさを隠すように、笑うだけ。


舞台は整った。

勝負をするなら、ここにしよう。

出来るかどうかわからないけれど…告白をするなら、ここを逃すわけにはいかない。

意を決した夏休み初日。

彼と過ごす、初めての夏が幕を開ける。

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