7:遠野さんは知りたい
クラスでは物静かで、一ヶ月経っても誰にも認識されていないような男の子。
そんな楠原君の声は、家族の前だとよく弾む。
お姉さんの一海さん。妹の美海ちゃん。
凄く仲がいい姉弟なのだろう。私は一人っ子だから、凄く羨ましい。
食事の時間ももうすぐ終わり。
お皿に盛り付けられたご飯がなくなり、食器を片付けて…お茶を飲みながら四人で話を続ける。
「ごめんね、遠野さん。二人が無理矢理付き合わせている上に…残り物をご馳走だなんて」
「いやいや、急にお邪魔しちゃった上にご飯まで頂いているんだから気にしないで…って、これ残り物だったの?」
「…ごめん」
「凄く美味しかったよ。一海さんの手作りですか?」
「いや、成海。超悔しいけど成海」
「全部お兄ちゃんが作ったの。うちの食事番はお兄ちゃんだから」
わざわざ用意して貰ったと思っていた食事は残り物。
少しだけ心が安堵する。急に現れたのに、厚意に甘えてご飯まで頂いたのだ。
わざわざ私の分まで用意してくれたと思っていたから…昨日の残り物。
ご迷惑が少しだけ軽減された気がして、ほっとしてしまう。
でも、残り物でこの旨さ…。
「お店で食べるご飯みたい。ここまで料理が上手とか、ずるくない?」
「…毎日作っていたら、自然と出来ると思うよ」
「お姉ちゃんはできませんが?」
「お兄ちゃんはさぁ、素直に褒め言葉を受け取るぐらいの気概見せようよ…」
照れながらうつむき、いつも通り顔を横に向ける。
誰にでもできる事じゃないと思うけどな。美味しいご飯を作るのって。
いつも通りの光景に笑みを浮かべながら、他愛ない話を続けていく。
そしてふと“それ”が目に入る。
光に反射して中は見えないけれど、写真立てに飾られた何か。
横に置いてある花瓶には花を生け、小さなお茶碗にはご飯が盛られている。
それだけで、あの写真立ての中にいる人はここにいないことが分かってしまう。
四つの席のダイニングテーブル。
三人の子供とお父さんの席。だから、いないのは…。
…流石にこれは聞いていい話ではないだろう。
ただ、わかるのは…失ったからこその距離感なのだろう。
一海さんと楠原君、美海ちゃんが仲良し姉弟はきっと…ずっと互いを支えて、一緒に歩いてきた。
写真に写るその人の代わりを、互いにやりながら。
写真の方へ軽く会釈し、話に戻っていく。
けれど…そろそろ楽しい時間も終わらせないと行けない。
「そういえば、遠野さん。帰りの時間って大丈夫なの?」
「あ、そうだね。そろそろ帰らなきゃ。今日はお母さんが夜いる日だから、遅くなると心配かけちゃうかも」
時計を一瞥する。午後三時。思っていたよりも話し込んでいたらしい
「今日はありがとうございました。洗い物だけでも」
「「「お客様にそんなことさせられないって…」」」
「…」
「これは、教科書を届けに来てくれたお礼ってことで…。ちゃんとしたものじゃ、ないけどさ」
「じゃあ、そうさせて貰うね。でも、教科書を届けにきただけなのに、貰い過ぎちゃった気がするけど…」
「そういうのは、気にしなくていいから…」
美味しいご飯。休日の君。今日だけで色々なものを見せて貰った。
窓越しでしか見る事ができていなかった、気になっている人。
今日だけで沢山貰ったのに、私は欲張りだから。まだまだ求めてしまう。
「お兄ちゃん、食器は私が洗っておくから…駅まで送ってあげたら?」
「そうそう。慣れない土地だろうしさ」
一海さんと美海ちゃんが、によっと笑いながらウインクをしてくる。
そうだよね。こういう機会だもの。
少しでも、長く。一緒にいられたら。
楠原君の友達を名乗れるかな。
連絡先だって、聞けるかな。
「…実のところ、スマホのマップ見ながらでも迷いかけたんだよね。お願いしてもいいかな?」
「確かにこの辺、道は細いし入り組んでいるから…僕でよければ」
「助かるよ」
「出かける準備してくるから、遠野さんも」
「うん」
荷物を纏め、一海ちゃんと美海ちゃんにもお礼を述べておく。
「今日はありがとうございました」
「いいっていいって。今後とも弟をよろしくね。困った事があれば、三年二組に来て貰えれば、私いるから」
「助かります」
「私個人ともよろしくしようねぇ〜」
「私もお願いします」
「またおいで、新菜ちゃん」
「うん。またね、美海ちゃん」
「あ、そういえばメッセやってる?連絡先交換しておこうよ」
「あ、お願いします!」
一海さんとはあっさり連絡先が交換できてしまう。
楠原君ともこう…あっさり…連絡先交換できたらなぁ…。
それにしても一海さん、凄く優しいなぁ。お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。
流れで美海ちゃんとも連絡先を交換したいなと思い、視線を向ける。
けれど美海ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せたまま。
「ごめんよ…。私はまだ小学生…。スマホは持たされていないんだ…」
「せめて高校生からって約束だから。美海の連絡も私から!」
「ごめんよぉ。ケチなお姉ちゃんで…」
「ケチちゃうわ」
仲良しな空気に自然と笑みが零れる。
こういうの、久しぶり。
家族って、こういうのが普通だと思うから。
「ごめん、待たせた?」
「大丈夫。準備、できたかな?」
「ああ。じゃあ、行こうか」
「お邪魔しました」
「またいつでもおいで」
「また遊ぼ」
一海さんと美海ちゃんに見送られながら、暖かな楠原家の外に出ていく。
少しだけ冷えた潮風が、全身に吹き渡った。
暖かな空気を求めても、前を歩かなければいけない。
果たすべきことを、果たさなければならない。