25:遠野新菜の朝
鳩が特徴的な声で鳴き、蝉が本格始動する前の静かな朝。
いつもの時間に目が覚めて、朝ご飯をちゃちゃっと用意して…制服に着替える。
半袖のブラウス。水色と紺のラインが可愛いスカート。
青色の指定ネクタイを結び…それからを思案する。
いつもなら、ベスト型のセーターなのだが…。
「…今日は、こっち」
中間服で着用する事になる指定のベスト。
夏服のスカートとも馴染み、なんなら夏服でも着用が認められているそれの方が真面目そうに見られるかなって。
着慣れないそれを着用し、鏡の前でおかしなところが無いか再確認。
身なりは大事。これで第一印象が決まるもの
。
「よし」
夏休みに入っても制服というのは、変な感じ。
でも、これが今年の基本。
「…でも、成海君とこっそりお揃い作戦が潰えてしまうような」
成海君の夏服もベストセーター。ちなみに色は紺色。
流石に同じ紺色だと露骨かなと思ったので、同じ会社の同じセーターの色違いを選んでいる。
男女共用で助かったかな!
「…そもそも、成海君は制服で参戦するのかな」
成海君はバイト関係無しに家の手伝いをする。
つまり、つまりだ。
「私服、かな…」
これから毎日私服の成海君が拝める。
毎週土曜日の料理教室では、寒がりの影響か七分袖ばかりだったけど…もしかしたら半袖を拝める日が来るかもしれない。
「…ふふっ」
顔のニヤけが止まらない。
夏休みでも、また明日が言える。
「…よし」
動きやすいように髪を纏めて、準備万端。
風通しが良くなった首筋に心地よさを覚えながら、昨日のうちに準備しておいた荷物を手に、家を出る。
目的地は学校ではない。
楠原硝子工房。成海君のお家だ。
勿論、遊びに行く訳ではない。
今日から、夏休みの間…働きに行くのだ。
ただ、一緒にいたいから始めたバイトだけど…お金が出るんだよね。
初めてのバイトで得た給料。何に使うかは、何となく決まっている。
「…あのランプ、まだ残っているかな」
成海君の作品。
学生のお小遣いではちょっと手が出しにくい代物だけど…バイトのお金が入れば、手が届きやすくなる。
まあ、流石にあれから三ヶ月ちょい経過している訳だし、流石に買い手がついているよね。
いい作品だったし…大人からしたら、綺麗な上に手頃な価格なんだろうし。
…でも、もしも。
「まだ、あったら…私が」
買って、喜ばせてあげたい。
作品に買い手がつけば…成海君の自信にも繋がるだろう。
あんな良い作品を作れるのだ。ちゃんと自信をつけて、次の作品に繋げて欲しい。
きっと、次の作品も…素敵な物になるだろうから。
いつもの電車に乗って一時間。
期待と不安を抱きつつ、電車に揺られるが…。
冷静に考えたら、いつもの登校時間の電車に乗ったら…二時間ぐらい待ちぼうけになるのでは?
「…」
仕事の開始は二時間後の十時。
時刻は八時。どうしたものか…私は流れる景色を眺めつつ、思案した。
◇◇
夏休み初日。
もう少しだけゆっくりしたい気持ちもある。
しかし、気持ちの高鳴りで、これ以上は眠れない。
…本当に、新菜さんは僕の心を動かしてくる。
様々な感情が混ざりつつ、僕は朝ご飯の準備を進める。
そろそろ、帰ってくる時間だろうから。
「ただいま〜」
「ただいま」
「おかえり、美海。姉さん」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ん〜?」
「見て。お姉ちゃん判子押すの下手くそでしょ?」
「さかさまな上に模様が半分…」
「いいでしょ!たまには失敗するから…」
「全員これだったよ」
「嘘…」
「…気付いていたのなら、早く指摘しなさいよ」
「いやぁ…お姉ちゃん、早起きして不機嫌そうだったし」
「姉さんは朝、ゆっくりしたいタイプだから。仕方ないさ」
「それはあんたもでしょ、成海…」
「まあ、私も同じ気持ち」
姉さんは席に腰掛け、美海は用意していた朝ご飯をテーブルに運んでくれる。
僕は出来る範囲の後片付けを終えた後、同じように席に着いた。
「皆でさ、ラジオ体操の担当お兄ちゃんがいいねって話していたんだ。お兄ちゃん、スタンプ綺麗に押してくれるから」
「行ってももいいけど」
「でもね、私は朝からフレンチトーストとか手が込んだの食べたいの。スタンプと朝ご飯を天秤にかけた時、どちらに傾くかなんて明白だよ。朝ご飯だよ」
「左様で」
用意したフレンチトーストを美味しそうにかぶり付く姿を眺めつつ、朝を過ごす。
ラジオ体操の話題が来ると、本当に夏休みが始まったんだなって感じさせられる。
朝ご飯を終え、朝の涼しさを感じつつ、家事をこなす。
学校がないから余裕があるわけではない。
代わりに家の事が入ってくる。忙しさは学校がある日と大差は無い。
それに、変わらないことは他にもある。
夏休みだけど、日曜日以は新菜さんと会える。
次に会えるのは夏休み明けだと思っていた時期もあった。
だけど、こうして毎日会えるのならば…もう少しだけ近づきたい気持ちも、あったりするのだ。




